2019.1.7
“街を森にかえる”シンボルに!東京都心に350mの木造超高層ビル計画
住友林業が目指す「環境木化都市」構想と木造ビル技術
2018年に創業327年、会社設立70周年の節目を迎えた住友林業株式会社が、極めて壮大な構想を発表して注目を集めている。なんと、同社の創業350周年である2041年を目標に、都市部に高さ350m・70階建ての“木造”超高層建築物の実現を目指すという研究技術開発構想だ。将来的に街を森にかえる「環境木化都市」というビジョンについて、同社理事 筑波研究所所長の中嶋一郎氏に話を聞いた。
東京のど真ん中に“里山”が出現する?
現在、混構造であるが主要構造に木材を多用した高さ世界一のビルは、2017年にカナダに建てられたブリティッシュコロンビア大学の学生寮だ。18階建てで、約58mの高さを誇る。
つまり、住友林業が350mの木造ビルを実現させたら、世界記録をぶっちぎりで追い抜くことになる。同時に、鉄骨鉄筋コンクリートで造られた「あべのハルカス」(300m/大阪市阿倍野区)を超えて“日本一高いビル”の称号を得る可能性もある。
実際には、東京駅前の再開発プロジェクトの一つに390mのビルが建てられる計画(2027年度竣工予定)も存在するが、いずれにせよ木造ビルとしては類を見ない規模であることは間違いない。
目標とする高さを350mに設定したのは、住友林業が2041年に350周年を迎えるから。極めてシンプルな理由だが、背景には「W350計画」という夢物語のようなプロジェクトに踏み切る意義があった。住友林業の理事であり、研究開発機関の筑波研究所所長も務める中嶋一郎氏が語る。
「銅山開発の事業からスタートした弊社は、1691年(元禄4年)の創業から300年以上も森林と密接に関わってきました。森林を育成する技術があるだけでなく、当社研究所ではそれらを材料として昇華させ、建築としてアウトプットするグループもあります。そのバックグラウンドを生かしながら、再生可能な循環型の材料である木を扱って社会に貢献することを理念として掲げてきました」
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中嶋一郎氏は筑波研究所の所長としてW350計画の技術開発を担っている
「街を森にかえる」というキャッチコピーで、これまでも住友林業は都市のオフィス街や商業施設などの緑化事業に力を入れてきた。そんな中で、木造超高層建築の計画が生まれたのも自然なことだったのだ。
「350mの木造ビルができれば、東京の真ん中に里山が出現するようなものです。人間にとって快適な環境が生まれますし、都会で登山のようなレクリエーションをやっていただけるかもしれません。W350がフラッグシップとなり、木造建築物が街中に増えて、コンクリートジャングルが森となっていくような街づくりの構想をわれわれは『環境木化都市』と呼んでいます」
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地上70階建てで、高さ350m。木材比率9割の木鋼ハイブリッド構造。建物の一番外側は四周をぐるりと回るバルコニー状のデザインとしている。設計は株式会社日建設計の協力でまとめている
CO2削減、林業の再生にも貢献!
実際に、W350計画が環境に与えるインパクトは多岐にわたる。まずは「CO2の固定化」だ。聞き慣れない言葉かもしれないが、考え方はシンプル。
そもそも木は、建築用材になるまでに何十年もCO2を吸収しているわけで、そのCO2は炭素として建築用材の中に閉じ込められているということ。そして、住友林業によると、W350計画における木材使用量は18万5000m3。同社の木造住宅の約8000棟分に相当(構造材のみで試算)しており、10万トン強のCO2を固定できるという。
「木は再生可能な資源ですから、木造の建築物が増えて木材の使用量が増えれば、自然と森林が循環してCO2の固定化を促進することにもなります。一方で、国内の森林資源は年々蓄積が進んでおり、人手不足もあって国産材の供給量は木の年間成長量の1/4~1/5程度にとどまっています。将来的に木材の利用量を森林の成長量と同等にすることができれば、間伐や植林に必要なリソースを整えやすくなり、森を健全な状態に維持しやすくなります。
つまりW350計画は、林業の再生にも貢献できるプロジェクトだと考えています」
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W350の建物内部は純木造。活用する木材は、一定期間使用したのち一部を取り替えてメンテナンスを行う。使用していた木材は住宅用の柱・はりなどに再加工・利用するなど、都市の中で循環させることができる。そして、最終的な廃材はバイオマス発電の燃料とするなど、木材のカスケード利用が可能となる
日本は国土に占める森林面積が約2/3(68.5%)で、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中でフィンランドに次いで世界第2位とされている。だが、世界有数の森林大国にもかかわらず、国産材の自給率は約3割前後にとどまっているのが現状だ。
そして、戦後に植えられた大量のスギやヒノキは、ちょうど伐採期を迎えているものの手入れが行き届かないまま放置されているエリアが多い。国内森林の荒廃が進んでいるということだ。山を循環させて森林環境を守っていくためにも、木材を活用していくことは日本の重要な課題といっている。
そんな背景もあり、2010年には「公共建築物等木材利用促進法」が施行された。非木造建築に限定されてきた公共建築物の木造化が推進されるようになったのだ。国が率先して木材利用に取り組み、地方公共団体や民間事業者にも国の方針に即した主体的な取り組みを促している。その結果、3階建て以下の公共建築物の木造率は、2010年度の17.9%から2015年度には26.0%にアップした。
「弊社も超高層建築物の木造化の技術開発を通じて、資源、材料、建築など各分野での技術開発で世界一を目指します。地球環境に貢献するだけでなく、これまで人々が感覚的に捉えていた木の魅力を“見える化”することにも力を入れていきたいですね」
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店舗・オフィス・ホテル・住宅複合ビルとしての用途を想定している
地震大国の日本より規制が厳しくない海外では、昨今、高層木造建築の建設がブームになりつつある。その中で、木が人間にもたらす影響を示すエビデンスも増えているという。
「例えば、木造の校舎はRC(鉄筋コンクリート造)の校舎よりも、インフルエンザによる学級閉鎖の割合が約半分という研究データもあるんです。また、新たに木造のオフィスを選択した企業にヒアリングすると、従業員の休む比率が少なくなるようです。体調や精神に及ぼす具体的な影響は解明されていませんが、RCから木造に移ったことで生産性が高まっていると言えるのではないかと。そのように、木の魅力を広めていく客観的なデータを収集することも弊社の重要な役割だと思っています」
課題は耐火材の開発とコストダウン
建設技術に関しては、住友林業と日本を代表する総合設計事務所である日建設計が約2年半にわたり詳細な協議を続けてきたという。具体的には企業秘密ということで明かされていないものの、「どの程度の強度を保つ木材で設計すれば耐震性を確保できるのか?」といったプロジェクトに必要な要件は洗い出されているという。
しかし、W350計画はまだ動き始めたばかりであり、今後クリアしていかなければならない課題は多い。
「地震国である日本には、火災に関する厳しい法規制があります。15階建て以上の建物は、木造にしろ鉄骨造にしろ、火災に遭っても3時間のあいだ構造が崩れない仕組みにしなければなりません。ですから今後は、その“3時間耐火”の認定を取れるような部材を開発することが大きな課題です。木材を不燃材料で巻き込んだ部材を作り出して3時間耐火の認定を得ているメーカーさんもありますが、それを弊社は“木だけ”で成し遂げることを理想としています」
そもそも木には「燃えやすい」印象がある。それなのに、他の部材をミックスさせずに“木だけ”で長時間の火災に耐えることは可能なのだろうか?
「無謀なことを言っているようですが、そもそも木には、いったん火がつくと表面が炭化して内部まで火が通りにくくなる性質があります。つまり炭化層が強固であれば、火災に遭っても燃え止まるかもしれません。その理屈を実現させるのが難しいのですが、弊社は少しずつメカニズムの解明に近づいています」
不燃材料を使わずに木だけで課題をクリアできれば、将来的に建物を解体する際の手間も削減できるという。
一方、W350計画の総工費は現在の技術だと従来型超高層建築物のほぼ2倍だと試算されている。コストダウンを実現するための仕組みづくりも必要だ。
「海外は山からの切り出しが容易で、近くの工場で加工して必要な場所に納入する仕組みがあります。しかし、日本は地形的に山が急峻(きゅうしゅん)で、すぐに切り出してタイムリーにマーケットに出していくことが非常に難しい。IoTなどを活用しながら、木材を効率よく活用するプラットフォーム作りをしていかないとコストダウンにはなりません。ただ、日本が一丸となってこういう課題に取り組むことができれば、世界一の木造都市を展開できると思っています」
まずは自社の新研究棟を木造で建築!
住友林業が発表した今後のロードマップでは、まずは高さ30m、6~7階建ての木造ビルを建てる施工計画を策定するという。
その前段階として、W350計画の礎となる技術を2019年に完成予定の同社研究拠点であるつくばの新研究棟に導入した。
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筑波研究所の新研究棟イメージ。木造3階建てで、延床面積は約2500m2。2019年5月の完成を目指している
「内部はすべて木造あらわしで、木材がそのまま見えているデザインです。職員のバイタルなどで身体的な影響を測ったり、いかにオフィス空間で知的生産性が向上させるか検証していきたいですね。居心地が良くなって、帰りたくなくなってしまうかもしれませんが(笑)」
350mの木造ビルを皮切りに、都心に木造ビルが増えてコンクリートジャングルが森へと変わっていったら、サラリーマンの働き方にも大きな影響を与えるはずだ。17時半になったら消灯して、ホタルの光を見ながら公園でビールを飲むのが当たり前になるかもしれない。朝は野鳥のさえずりで目を覚まし、木漏れ日に触れながら一緒に深呼吸できるかもしれない。
都心の中で豊かな自然と共生しながら毎日を過ごせるとしたら、未来の東京は本当の意味でダイバーシティになっているはずだ。
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text:浅原 聡