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2020.3.18
電柱ヒビ入れ、弾丸よけ、ナイフ折り…最強ヒロイン「毛利蘭」はどれほど強いのか
『名探偵コナン』の毛利蘭の強さについて考えてみた
マンガやアニメの世界を研究する空想未来研究所が、今回取り上げるテーマは「毛利蘭」。多くのファンから支持を集め続ける『名探偵コナン』(1994年~)に登場するヒロインだが、彼女はしばしば衝撃的な身体能力を見せてくれる。その強さがどれほどのエネルギーを発揮しているのか、考えてみました。
INDEX
コナンよりすごい毛利蘭の話
『名探偵コナン』の主人公は江戸川コナンこと工藤新一、ヒロインは毛利蘭ちゃんである。この2人の関係は、非常に変わっている。
マンガでもアニメでもドラマでも映画でもゲームでも、そして神話でも昔話でも、主人公はヒロインをピンチから救うのが世の習い。ところが『コナン』では正反対。ヒロインの方が圧倒的に強く、主人公は、しばしばヒロインにピンチを救われるのだ。
この逆転現象が起きているのは、高校2年生の新一が謎の組織に薬を飲まされて、小学1年生の体にされてしまったから。それ故、真犯人を突き止めても、格闘では全く歯が立たず、東京都大会で優勝した空手部主将の蘭ちゃんに、よく助けてもらうのだ。
その典型例は、新一がコナンになった直後の事件で、早くも描かれた。
コナンは、誘拐犯が潜伏する場所を突き止め、単独で突入。飛び蹴りを見舞うが、蹴り足を簡単につかまれ、金属バットで軽々と殴り飛ばされる。ここで初めて、コナンは自分が著しく弱くなっていることを自覚する。そこからはもうメッタ打ち。10発ほども殴られて、頭に全力の一撃が振り下ろされる!
そこへ蘭ちゃんが飛び込んで来て、前腕でバットを受け止める。これもスゴイけど、続いて犯人の顔をズガッと蹴り上げ、ボディにドドドドと連続パンチを打ち込む。ガクッと膝を突いて前かがみになったところへ、ジャンプして右足で顔面に横蹴り! 犯人は5mほどぶっ飛んで失神した……。
その後も蘭ちゃんは、獅子奮迅。これほど強いとなると、考えてみたくなる。これまでに見せた“プレー”の中で、一番強かったのはどれだろう?
強さを表す尺度には、「力」「速度」「エネルギー」「仕事率(1秒あたりのエネルギー)」とさまざまあるが、ここではやはりエネルギーに注目しよう。さあ、蘭ちゃんランキングの始まりだ!
毛利蘭、電柱にパンチでヒビを入れた!
蘭ちゃんが初めてその強さを見せたのは、コナンがまだ新一だったころ。蘭ちゃん自身が初登場して5コマ目のことだった。
新一との短いやり取りのあと、「だから、怒ってないっていってるでしょー!!」と言いながら、新一の目の前にあった電柱に、左拳をドコッとブチ込む。すると、電柱に放射状の亀裂が走った!
筆者もそうだったけど、おそらく多くの人々が「蘭ちゃんの怒りを表すギャグシーン」と思っただろう。この蘭ちゃんの強さが、物語を大きく動かしていくことを予見できた読者は、果たしていたのだろうか。
今では世界の常識だが、蘭ちゃんが途轍もなく強いのは、物語内の事実。電柱にヒビを入れるとは、どれほど強いのか。
電柱は鉄筋の入ったコンクリートでできている。このような複合材料を破壊するエネルギーを、計算で求めるのは難しい。実際の事例から推測しよう。
交通事故で、電柱が破壊されることがある。体験談などによれば、乗用車が時速40~60kmでぶつかると電柱は折れるようだ。ただし、蘭ちゃんは折ってはおらず、ヒビを入れただけなので、ここでは「車重1tの乗用車が時速30kmで衝突したのと同じエネルギーを与えた」と考えよう。運動エネルギーは、次の式で求められる。
運動エネルギー=1/2×質量×速度2
単位は、エネルギーが[J]、質量が[kg]、速度が[m/秒]。乗用車の車重を1t=1000kgとしよう。時速30kmは、数字を3.6で割って秒速8.33m。これを上の式に代入すると、3万4700Jとなる。
これはどれほどのエネルギーなのか。
探偵物語でもあるし、ピストルの弾丸に置き換えてみよう。『最新ピストル図鑑』(床井雅美/徳間文庫)によれば、ピストルの弾丸は、質量が1.9~16.6g、初速が秒速200~630mと幅広い。ここでは、質量は中間に近い10gで考えよう。また、後述するように、コナンはピストルの弾丸の速度を「秒速350m」と言っているので、これに従おう。これらを上の式に代入すると、弾丸のエネルギーは612.5Jである。
すると、蘭ちゃんのパンチのエネルギーは、ピストルの弾丸57発分! こんなキケンな選手を、空手の都大会に出場させて、大丈夫なの!?
毛利蘭、犯人を5mも蹴っ飛ばした!
では、冒頭で紹介した「誘拐犯蹴っ飛ばし事件」はどうだろう。
マンガなどにはよく出てくるが、蹴って人を飛ばすとは、実は恐るべきことだ。だって、見たことないでしょう? 空手やキックボクシングの試合で、蹴られた選手が何mも飛んでいくシーンなんて。
蘭ちゃんの場合を考えよう。犯人は、膝を床に突いた姿勢から蹴られ、5mほど飛んで仰向けに落下した。筆者が同じ姿勢を取ってみると、体の重心の落差は40cmほどになる。
地球上で、物体が40cm落下するのにかかる時間は0.286秒。蘭ちゃんが犯人を水平に蹴ったとすると、犯人が仰向けに倒れるまでの時間も0.286秒。この間に5m飛んだのだから、犯人は、
5m÷0.286秒=秒速17.5m=時速63km
で飛んだことになる。
ここで注目すべきは「運動量=質量×速度」だ。
衝突の前後で運動量の合計は変わらないという「運動量保存の法則」がある。蘭ちゃんの足は、犯人の体重よりずっと軽いから、犯人を時速63kmで飛ばすには、それよりはるかに速いキックが必要になる。
犯人は長身なので、体重を75kgと考えよう。女性の片足の重さは体重の18%を占めるので、蘭ちゃんの体重を50kgとすると9kgになるが、横蹴りのような複雑な動作では、これをそのまま採用することはできない。詳細は省くが、9kgの足で横蹴りするときの運動量や運動エネルギーは、3.5kgの物体が真っすぐ運動する場合と同じになる。
すると、本件における運動量保存の法則は、次の式で表現できる。
3.5kg×足の速度=(75kg+3.5kg)×秒速17.5m(時速63km)
(衝突前の運動量=衝突後の運動量)
右辺の質量が(75kg+3.5kg)になっているのは、蹴った直後は、蘭ちゃんの足も犯人と同じ速度で動くと考えられるからだ。ここから足の速度を求めると、秒速393m=時速1410km=マッハ1.15!
エネルギーを計算すると27万J、ピストルの弾丸440発分。怖ろしすぎるキックである!
毛利蘭、ナイフを蹴り折る!
蘭ちゃんは、アニメでも超人的な強さを見せている。中でも劇場版『名探偵コナン 瞳の中の暗殺者』(2000年公開)で見せたワザはスゴかった。犯人がコナンに突きつけたナイフを、回し蹴りでたたき折った!
これはもう、いくらアキレてもアキレ足りない! ナイフを蹴って折るだけでも驚嘆に値するのに、人間が手で持ったナイフを蹴り折ったのだ!
筆者が何にコーフンしているか、ご用とお急ぎのない方は、実験していただくと分かります。
テーブルの右側から割り箸を3分の2ぐらいはみ出させ、テーブル側の端を左手でしっかり押さえて、右手の手刀で折る。これは誰にでもできるだろう。では、空中に放り上げた割り箸を手刀で折ることは?
もしできたら、よほどの達人だ。このように、棒状の物体を、固定されていない状態で折るのは、固定して折るより格段に難しい。
ナイフを蹴り折るキック力に比べれば、犯人がナイフを握っている力など、物の数ではないだろう。つまり、蘭ちゃんは空中に放り上げたナイフを蹴って折るも同然の芸当をやってのけた!
どうすればこんなことができるのか。
唯一の方法は、ナイフの真ん中を蹴ることだ。これによって、真ん中だけがいきなり高速で動かされ、両端はその動きについていけない結果、折れてしまうことになる。ナイフの厚さを0.5cm、幅を3cm、長さを30cm、材質がバネにも使われるSUP7鋼だとすると、必要なキックの速度は秒速73.6m=時速265kmである。エネルギーは7520J、ピストル弾12発分だ。
えっ、大したことない? そう思うアナタは、頭がすっかり蘭ちゃんワールドに染まっています。現実のキックボクサーの回し蹴りは時速60kmなのだ。その4.4倍も速いという超絶キック。電柱ヒビ入れとか、人間蹴っ飛ばしとかがスゴすぎるんですね。
毛利蘭、ピストルの弾丸をよけた!
さらに驚いたのは劇場版アニメ『名探偵コナン 漆黒の追跡者』(2009年公開)である。悪人が蘭ちゃんの頭にピストルを向ける。彼女の身長を160cmとすると、銃口から顔面までわずかに1.3m!
ところが蘭ちゃんはひるむことなく「ライフルは無理でも拳銃なら……」と独白する。以前、新一が「なあ蘭、知ってるか。ライフル弾の速さはだいたい秒速1000mぐらい。それに比べて、拳銃は約3分の1の秒速350mぐらいしかないんだぜ」と言っていたのを思い出したのだ。
拳銃が火を噴く! 蘭ちゃんは向かって右に頭を振る。弾丸は波打つ黒髪を打ち抜き、まさに顔面がその位置にあった背後の壁に弾痕を空けるのだった……。
これはもう、仰天の一語。気温15℃のとき音速は秒速340mだから、音に反応したのでは間に合わない。おそらく銃口から出た火に反応したのだろう。それでも秒速350mの弾丸が1.3mを飛ぶ時間とは、わずかに0.00371秒!
人間が外界の刺激に反応して行動を起こすには最短でも0.1秒を要するから、普通はいくら速く動けても間に合わない。蘭ちゃんが常人の10倍俊敏でも0.01秒かかるから間に合わない。そこで100倍俊敏だとすれば、火薬の光を見てから頭を動かすまで0.001秒。すると、0.00271秒で頭を動かしたことになる。
弾丸をよけるには、少なくとも20cmは頭を動かさねばならないだろう。この短時間で20cm動く速度とは、時速265km。ただし、これは平均の速度で、止まった状態から動かす場合、最大速度は平均速度の2倍になる。つまり、時速530km!
わずか0.00271秒間で頭を時速530kmに加速するなどという動作をすると、脳に多大な負担がかかる。脳に働く力は、重力の5540倍すなわち5540G! 蘭ちゃんの脳の重さを1.3kgとすると、7.2tである。これに耐えた蘭ちゃんの脳は、驚異的に頑丈だ。
もちろん、本稿は脳の強度ではなく、エネルギーに注目したランキング。頭を振るには上半身も動かさねばならず、エネルギーを計算すると、9万7400J。何かを破壊したわけではないけど、ピストル弾159発分!
弾丸1発をよけるのに、弾丸159発分のエネルギーが必要とは、“防御”というものがいかに難しいかということだ。
ここで一度整理すると、これまでの蘭ちゃんランキングは次の通り。
なんと、あんなに騒いでいたナイフ蹴り折りが最下位! 人を蹴っ飛ばすというのが、いかに大変な行為か、よく分かりますね。
毛利蘭、悪人を壁にめり込ませた!
「蘭ちゃん」「人を蹴っ飛ばす」という2つのキーワードから、筆者の脳裏に浮かんで消えないシーンがある。それはスピンオフマンガ『名探偵コナン 犯人の犯沢さん』(2017年~)。
これは『名探偵コナン』で、全身真っ黒で目だけギョロついていた「正体が分かる前の犯人」が主人公という面白いマンガなのだが、これに出てくる蘭ちゃんが、わが目を疑うほど強いのだ。
その瞬間は描かれていないのだが、殴るか蹴るかしたら、悪人は壁にめり込んだ!
ここでは、暫定1位の蹴っ飛ばし事件と比較するために、蘭ちゃんが悪人を蹴ったと考え、悪人の体重も75kgとしよう。
悪人は、コンクリートの壁に10cmほどめり込んでいた。コンクリートの圧縮に対する強度は1cm2あたり500kgで、人間を正面から見た断面積は0.5m2=5000cm2と言われるから、壁にぶつかった瞬間、犯人の体には500×5000=250万kg=2500tの衝撃がかかったと見られる。
詳細は省くが、ここから犯人は、時速291kmで壁にぶつかったはず。すると、運動量保存の法則から、蘭ちゃんのキックの速度は秒速1810m=時速6530km=マッハ5.33!
エネルギーは576万Jで、ピストルの弾丸9400発分! ランキングでもダントツの1位。こんなキックを食らった直後、時速291kmで壁に激突したのだから、もはや悪人が気の毒にさえなる。
わけあって体力が激減した主人公を、鍛えた空手で献身的にサポートするヒロイン。だが、その破壊力は探偵活動に必要なレベルをはるかに超えている。その過剰なまでの強さが、ヒロインを読者の心に焼きつける魅力になっている。人間の想像力は、本当に素晴らしい!
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※原稿では数値を四捨五入して表示しています。このため、示している数値を示された通りの方法で計算しても、答えが一致しないことがあります。
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イラスト:花小金井正幸
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