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空想未来研究所2.0

踏み込む足で巨岩も粉砕!? 飛天御剣流が放つ膨大なエネルギー

『るろうに剣心』で描かれたエネルギーについて考えてみた

マンガやアニメの世界を研究する空想未来研究所が、今回取り上げるテーマは「速度」。2017年から続編連載が開始、今年、主演・佐藤健の映画最終章も公開され話題を集めるマンガ『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』(1994~1999年)。主人公・緋村剣心が繰り出す飛天御剣流の技には、どれほどのエネルギーが込められているのか考えてみました。

飛天御剣流の神速は科学的

体の小さなヒーローが、技とスピードで巨漢を翻弄(ほんろう)し、倒す。

そんなシーンに、われわれは惜しみない拍手を送ってきた。牛若丸しかり、歴代の小兵力士しかりである。

その系譜を受け継ぐのが、明治初期を舞台にした『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-』の主人公・緋村剣心(抜刀斎)であろう。

身長158cm、体重48kgと小柄ながら、倒幕の戦で「人斬り抜刀斎」の名をはせた元長州志士。今は「不殺(ころさず)」の誓いを立て、刃と峰が逆になった「逆刃刀(さかばとう)」を腰に、ひょうひょうと当てのない旅を続けている。

だが、かつて名をとどろかせた飛天御剣流の腕は衰えておらず、弱い者に理不尽な暴力を働く者があれば、容赦なく打ち倒す。その飛天御剣流について、剣心はこんなふうに言っている。

「逆刃刀でない限り、確実に人を斬殺する神速の殺人剣」

神速――。飛天御剣流の威力の源は「速度」だというのだ。剣の運動エネルギーは質量と速度の2乗に比例するし、相手より先に打ち込めば勝利は決まるから、なるほど速度は大きな決め手となる。

極めて科学的な飛天御剣流。その数々の技が持つエネルギーに注目しよう。

巨漢を床にメリ込ませる龍槌閃のエネルギー

劇中、剣心が初めて飛天御剣流のすさまじさを見せつけたのは、自分の名をかたって辻斬りを繰り返す比留間伍兵衛という悪漢に対してであった。その身長は劇中で6尺5寸(約195cm)と言われ、肉づきから体重は150kgほどありそうだ。

この巨漢に、剣心は高く跳躍して、右手一本で上段から逆刃刀を打ち込む。直後、伍兵衛は床板を突き破り、床下までめり込んでいた。これぞ、飛天御剣流・龍槌閃(りゅうついせん)!

床の壊れ方は「乗用車が時速60kmで突っ込めばこうなるか」と思えるほどの惨状だった。破壊力の源となる運動エネルギーは、次の式で求められる。

【 運動エネルギー[J](ジュール)=1/2×質量[kg]×速度[m/秒]2 】

速度の単位は[m/秒]で、[km/時]をこれに直すには、3.6で割ればいい。すると、時速60kmで走る重量1tの乗用車が持つエネルギーはこうなる。

 【 運動エネルギー=1/2×1000×(60/3.6)2=14万[J] 】

体重150kgの伍兵衛がこれと同じエネルギーを持つには、秒速43m=時速155kmが必要になる。剣心は逆刃刀の打ち込みで、伍兵衛の巨体にこのスピードを与えたわけだ。

だが、それを与えた逆刃刀のエネルギーは14万Jどころではない。

打撃などの衝突現象は、エネルギーではなく「運動量=質量×速度」が保存する(衝突の前後で同じになる)からだ。打突の直後、逆刃刀は伍兵衛の体と一緒に運動するから、衝突の前後で運動量はこうなる。

【 衝突前の運動量=逆刃刀の質量×逆刃刀の速度 】
【 衝突後の運動量=(伍兵衛の体重+逆刃刀の質量)×伍兵衛の速度 】

逆刃刀の質量を通常の日本刀と同じ1kgとすると、「伍兵衛の体重+逆刃刀の質量」=151kgで、逆刃刀の質量の151倍になる。すると、運動量が保存するには、逆刃刀の速度が伍兵衛の速度の151倍でなければならない。すなわち…

秒速43m×151=秒速6493m=時速2万3375km=マッハ19.1!

ただしこれは、刀が直線運動すると考えた場合の速度で、実際には上段からの打ち込みでは刀は回転運動をする。その場合、同じ運動量を持つには、刀の先端はさらに速く動く必要がある。詳細は省くが、秒速1万5734m=マッハ46.3だ。大変な技ですなあ。

この速度で振り下ろされる逆刃刀のエネルギーは、3906万J。

モノスゴイ値だが、すると不思議である。これで打たれた伍兵衛のエネルギーは14万J。その差の3892万Jはどこへ行ったのか。

衝突によって失われるエネルギーは、ごく一部が音や熱に変わり、大半は衝突した物体のダメージになる。逆刃刀がダメージを受けた様子はないから、3892万Jは、ほぼ全て伍兵衛のダメージに!

これは、高度2万6500mから、空気抵抗による減速を受けずに落下したのと同じ! いくら逆刃刀でも、死ぬって!

床の破壊状況から、とてつもないダメージを受けたことが一目瞭然の伍兵衛だが、実はその直前に、はるかにヒドイ目に遭っていたのだ。一撃で2度もダメージを与える剣技。それが飛天御剣流・龍槌閃なのである。

0.01秒で9カ所を攻撃する九頭龍閃!

飛天御剣流には、さらに恐るべき技があった。その名は九頭龍閃(くずりゅうせん)。

強敵・志々雄真実との戦いを前に、かつてケンカ別れした師・比古清十郎に再び頭を下げ、伝授してもらった技だ。

清十郎は「脳天、左肩、右肩、左胴、右胴、左腰、右腰、股、刺突(※作品中では斬撃名が示されているが、著者が刺突を除いて攻撃箇所に置き換えた)」を示して、このように説明する。

「どの流派でも斬撃はこの9つ、防御の型もこの9つに対応して展開される。だが、飛天御剣流の神速を最大発動し、この9つの斬撃を同時に撃ち込めば、防ぎ切ることは絶対不可能」

なんと9カ所を同時に! それは絶対に防げません! しかし、そんなことが可能なのか。

文字通りの意味で「同時」だとしたら、剣速は「無限大」となり、この宇宙ではあらゆるものは光の速度を超えられないから、いくら飛天御剣流でもそれは無理だろう。実際には「同時と思えるほどの短時間」という意味ではないだろうか。

人間には「時間分解能」というものがある。それより短い時間は認識できない限界で、具体的には0.1秒と言われる。例えば、照明を消して0.1秒以内に再点灯すると、多くの人は消えたことに気付かない。

だが、九頭龍閃が発動される時間は、0.1秒などというナマヌルさではないようだ。清十郎はこんなことも言っている。

「突進術でもあるため、回避も絶対不可能」

なんと突進しながら放つ技なのだ。剣心が100mを10秒で走れるとしたら、0.1秒で1mも進み、1撃目と9撃目では間合いが大きく変わってしまう。0.01秒なら間合いの変化は10cmに留まるから、なんとかなるのではないだろうか。

九頭龍閃は、脳天→左肩→左胴→左腰→股→右腰→右胴→右肩→刺突と、円を描くように斬りつけていく。この斬り方では、1回斬るごとに刀を引かねばならないから、1回の斬撃で、逆刃刀の切先は平均2mほど動くことになるだろう。すると、全9撃で18m。

これを0.01秒でやるとしたら、平均速度は秒速1800m=マッハ5.3!

そして、このような往復運動では、最大速度は平均速度の2倍になる。マッハ10.6!

龍槌閃(マッハ46.3)には及ばないが、それは龍槌閃が一撃に全力を込める技だからであろう。0.01秒で9カ所を攻撃するなど、信じがたい剣技だ。

エネルギーを比べると(回転運動なので、上の式は使えない)、九頭龍閃は3110万Jで、龍槌閃(3906万J)に近づく。まあ、どっちも食らいたくありませんが。

天翔龍閃の超神速は0.0002秒!

飛天御剣流には、この九頭龍閃をも破る技があった。それこそは飛天御剣流奥義・天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)である。

元々九頭龍閃は、師が弟子に天翔龍閃を伝授するために考え出された技で、奥義を極めようとする者は、まず九頭龍閃を習得し、師の放つ九頭龍閃を破れば奥義の伝授は完成する。

それを聞いた剣心は考える。

「九頭龍閃は防御も回避不能な技。破るには抜刀術で技の発生よりも速く斬り込む以外にない」

すると清十郎。

「御名答」

聞こえたんですか!? 考えただけなのに! などという筆者のツッコミが届くはずもなく、清十郎はこのように続ける。

「神速を超える超神速の抜刀術。それが奥義『天翔龍閃』」。

一睡もせず迎えた朝、ついに剣心は清十郎の九頭龍閃を天翔龍閃で破る!

具体的にどんな動きをしたのかは、その場面では描かれなかった。技の実態を見抜いたのは、その後に戦う志々雄の配下最強の瀬田宗次郎である。剣心に天翔龍閃で敗れた直後、宗次郎はこのように言った。

「抜刀術は自分の刀で足を斬らぬよう、必ず右足を前に踏み込むのが定石。ところが、天翔龍閃はさらに左足を踏み込んでいる。その一歩が刀に一瞬の加速と加重を与え、神速の抜刀術を超神速に変える」

なんと、秘密は左足の踏み込みだけ! それで一瞬の加速と加重を与え、神速を超神速に!

物体を加速するには力が必要だから、宗次郎の言う「加重」とは、おそらく「刀を加速するための力」のことだろう。

では、左足の踏み込みで、逆刃刀はどれほど速くなるのだろうか。

科学的な手掛かりはないが、「神速を超神速に」というのだから、1割増しや2割増しではないだろう。少なく見積もっても、2倍ぐらいには加速するのではないだろうか。

でも、どれの2倍? 九頭龍閃(マッハ10.6)の2倍ならマッハ21.2だが、龍槌閃(マッハ46.3)の2倍ならマッハ92.6!

どうせなら景気よく「マッハ46.3→92.6」で考えよう。

天翔龍閃は抜刀術なので、刀をさやに収めた状態から始まる。これで前方の相手を斬るには、逆刃刀を180度動かす必要があるだろう。その間にマッハ92.6に達するとしたら、止まった状態でも2857万G(自由落下の2857万倍)の加速が必要。

その1振りはわずか0.0002秒で完了する。

剣心が左足を1m踏み出すと、体幹はその半分の50cmだけ前に出るが、0.0002秒でその動作を完了するには、0.0001秒でマッハ14.7に加速して、残り0.0001秒でスピードをゼロにしなければならず、これには512万Gの加速&減速が必要だ。

この鋭い踏み込みをしながら逆刃刀をマッハ92.6に加速するには、最大で2857万G+512万G=3369万Gが要求される。

腕に必要な力は、これに逆刃刀の質量1kgを掛けて、3369万kg=3万3690t!

踏み込む脚に必要な力は、512万Gに「体重48kg+逆刃刀1kg」を掛けて、25万1000t!

発揮したエネルギーは、腕が2億6400万J、脚が6億1500万J。それぞれ、直径12.3m、直径16.3mの岩を粉砕できます。剣心も強いけど、これだけのエネルギーを出さないと勝てないとは、相手もなんて強いんだ!

戦国時代に始まり、300年をかけて磨き抜かれてきた殺人剣には驚くべき多数の技があり、それらを超えた超人技があり、それをも凌駕する奥義があった。

しかしその奥義を出すには、腕には数万tの力が、脚には数十万tの力が必要で、エネルギーとなると、どちらも直径十数mの岩を砕くレベル。ああ、剣の道とはなんと険しいのだろう。人間の想像力は、本当に素晴らしい!

※記事では数値を四捨五入して表示しています。このため、示している数値を示された通りの方法で計算しても、答えが一致しないことがあります。

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