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2022.10.27
ラケットを振る速さは時速480km!? 超絶プレーに必要なエネルギー/テニスの王子様
『テニスの王子様』で描かれたエネルギーについて考えてみた
マンガやアニメの世界を研究する空想未来研究所が、今回取り上げるテーマは「テニス」。今年7月、10年ぶりにTVアニメ『新テニスの王子様』がスタートした大人気マンガ『テニスの王子様』(1999〜2008年)。同作といえば、しばしば話題になるのが、超絶プレーの数々。今回はさまざまな名シーンをエネルギーの観点から考察します。
INDEX
中学生はおろか、人間の枠を超えた超絶プレーの数々
スポーツマンガでは、しばしば目を疑うプレーが登場する。
野球マンガでは、捕球したキャッチャーが後方へぶっ飛ぶ!
サッカーマンガでは、シュートでゴールネットが破れる!
ボクシングマンガでは、打たれた選手が何mも飛ぶ!
いずれも現実のスポーツでは見たこともないシーンなのに、読者は直ちに何が起こったのかを理解して、「すごいプレーだ!」と絶賛し、ページをめくる手が止まらなくなる。考えてみれば、不思議な現象だ。
そんなマンガの一つに、『テニスの王子様』がある。主人公は、青春学園中学1年の越前リョーマ。米国のジュニア大会4連続優勝の天才少年で、ツイストサーブや、片足スプリットステップなどプロ並みのテクニックを繰り出し、いきなり青春学園のレギュラーを取る。
だが、物語が進むにつれて、単なる「テニスの天才」の物語ではないことが明らかになっていく。青春学園の先輩たちも、他校の選手も、人知を超えた技を繰り出すのだ。ボールがコートの外を通って相手コートに突き刺さる! バウンドするはずのボールが全く跳ねない! 打球が相手のラケットのガットを破る! 打球で相手を何mも飛ばす! 常識も科学もどこ吹く風で、普通にテニスをするヒトが1人もいない! しかも全員、中学生!
当然、そこでは莫大なエネルギーが発揮されているだろう。この驚異に満ちたテニスマンガで飛び交うエネルギーに注目しよう。
誰もが挑んだあの魔球。必要な回転数は毎秒652回転!
青春学園2年の海堂薫は、相手をジワジワいたぶるテニスをする選手で、ついたあだ名が「マムシ」。そんな彼が得意とするのが、ブーメラン・スネイクだ。
ボールに激しい横回転を加えて打つと、ボールはネットを支えているポールの外側を通り、ブーメランのように相手コートに突き刺さる!
その軌道が最も鮮明に描かれたのが、都大会の聖ルドルフ学院戦、ダブルスの試合だった。海堂がコートの後方から打ったボールは、ベンチに座ったルドルフ学院の先生の目前を通過し、審判が座った高い椅子の下をくぐって、青春学園の竜崎スミレ先生の前をも通り、相手コートに入った。
いくらなんでも、曲がりすぎではないだろうか?
テニスコートの図面を参照しながら計算すると、打点から落下点までの距離は16.4mとなる。また、ボールはその2点を結ぶ直線から最大で2.9mも右に離れている。話を複雑化させないために、ボールの軌道が円弧(実際には空気抵抗による減速のために、進むほど大きく曲がる)だとすると、回転半径は13.06mとなる。
ここまでモーレツな変化をするには、どれほどキョーレツな回転が必要なのか。
ボールが鉛直(縦)方向を軸にして回転する場合、上から見たときの曲がり具合と他の要素の間には、次の関係が成り立つ。
曲がり具合(回転半径の小ささ)∝ボールの回転数×断面積÷質量
※∝:「比例する」という意味
注目は、ボールの速度に関係ないこと。つまり同じボールなら、速度が速くても遅くても曲がり方は同じになる。ただし、鉛直方向については、ボールが遅い方が重力の影響を長く受けるので、変化は大きくなる。
上の式から分かるのは、断面積が大きく、ボールが軽いほど大きく変化すること。ここで比較のために、野球を例に挙げよう。テニスボールは、断面積が野球ボールの80%、重さが同じく40%。この結果、テニスボールは、野球ボールの0.8÷0.4=2倍も曲がりやすい。
野球で球が曲がると言えばカーブボールだが、その回転数は毎秒40回転といわれる。ピッチャーが投げたカーブボールが、ストレートとの比較で到達点が40cmズレたとき、その回転半径は425.2m。
対してブーメラン・スネイクの回転半径は13.06mだから、実に32.6倍の鋭さで曲がっていることになる。そのために必要な回転数は、野球ボールの16.3倍。つまり、ブーメラン・スネイクの回転数は毎秒652回転! ボールの周辺部が時速480kmで運動するというとてつもない回転である。
ボールにこんな回転を与えるには、ラケットを遅くとも時速480kmで振らなければならない。テニスラケット(300g前後)をこの速度で振るためのエネルギーは、2660J(ジュール)。
人間が外部に仕事をするとき、体内ではその4.67倍のエネルギーが消費される。それは、1万2400J=2.97kcal(1kca1=4184J)。体脂肪1gは9kcalのエネルギーに変わるから、ブーメラン・スネイクを3回打つと、体重が1g減るということだ。30回で10g、300回で100g。なかなかスゴイ。
4つの力を借りてなお……不二周助の白鯨に必要な回転力
青春学園3年の不二周助は、いつも穏やかな笑顔を絶やさない。後輩たちを見守り、さりげなく的確なアドバイスを与える。先輩にしたい人ナンバーワンである。
不二先輩は「三種の返し球(トリプルカウンター)」を持っている。その1つが「白鯨」で、向かい風という条件が必要だ。初めて見せたのは、関東大会の1回戦、相手は氷帝学園の芥川慈郎選手だった。
芥川はサーブ&ボレーを狙い、サーブと同時にネットにダッシュ。不二先輩がコートの最後方から返したボールは、低い弾道で飛んでいったが、芥川の目前でギュルルッとホップし、5mほども浮き上がる。
芥川がアウトだと判断してボールを追うのをやめると、ボールはコート後方のライン際に真っすぐ落下。その上、強烈なバックスピンのために、ボールは不二先輩のコートまで返ってきた!
ホップしたボールが、なぜ真っすぐ落ちてくるのか? 漫画では、この2つの動きをつなぐ過程が描かれていないが、科学的には次のように考えられる。
ボールにバックスピンをかけると、上向きの力が働く。野球のストレートも、バックスピンのために、直線に近い軌道になる。このように回転によって生まれる力をマグナス力(ブーメラン・スネイクも同じ)といい、回転数が大きければ、ホップすることもあり得る。
ポイントは、マグナス力が進行方向に対して常に垂直に働くこと。飛行機の翼に働く揚力と同じだ。調整の悪い紙飛行機が急上昇して失速し、真っすぐ頭から落ちることがある。これぞまさに白鯨の動き。猛烈なバックスピンをかければ、ボールがそのような運動をすることも、十分に考えられるわけである。
では、具体的にどれほどの回転が必要なのか。これは、重力、空気抵抗、マグナス力、向かい風の力と、4つもの力が働く運動なので、数式で解くことはできない。
こういう場合は、諸条件と回転数を表計算ソフトに入力し、「0.01秒」など細かい時間ごとにボールの動きを追うしかない。ここでは「ボールを地上30cmから水平に打った」「球速は特に速い様子はないので時速100km」「向かい風は風速5m/秒」「ボールの回転数は時間とともに落ちていくが、公式も資料もないので、5秒で半分に落ちる」などとした。
まずは軽く、毎秒500回転。ボールは山なりのカーブを描いて前方64m地点に落下する。テニスコートの縦は23.77mだから、アウト! 毎秒1000回転では、宙返りして前方7m地点に落下。不二先輩はコートの最後方で打ったから、インはインだが自分のコート!
結局、相手コートに入るための回転数は、毎秒840~940回転。ただし、毎秒940回転のボールはネットの高さギリギリを通過するため、芥川が最初から狙っていたサーブ&ボレーのエジキになる。
毎秒840回転なら、ネット上を4.7mの高さで通過し、宙返りして高度29mに達した後、相手コートの最後方に落下する。この間、5.32秒。毎秒840回転に近づくほど相手コートの後方に落下する。
毎秒840回を決して超えないように、だが可能な限り840回に近づけて打つ。これが白鯨の極意ということになる。
しかし、毎秒840回転とはブーメラン・スネイク(毎秒652回転)を上回り、必要なラケットの速度は時速618km。1振りで4.94kcalを消費する。どちらもかなり効果のあるマグナス力ダイエットである。
菊丸英二の一人ダブルスを可能にする分身の原理
青春学園3年の菊丸英二は、いつも明るい元気者。元々ダブルスが専門だが、全国大会の沖縄代表比嘉中との試合では、シングルスに出場した。パートナーの大石秀一郎がけがで出られなかったためだ。
菊丸はシングルスでも通用することを見せつけ、ゲームカウントは4-0と圧倒する。ところが、相手も必殺技を発動し、たちまち4-4と追いつかれる。
ここで菊丸はどうしたか。「やっぱ駄目かぁ……シングルスじゃ。ならダブルスでいくよ」と言って、2人に分身したのだ!
「会場にいる誰もが目を疑う。そこには信じられない光景があった……」とナレーションも言っていたが、ホントに信じられない光景だ。
太陽光のもとで分身するには、残像を利用するしかない。青空に向かってバイバイをすると、指が何本にも見える。動いている間は指が見えず、左右で折り返す瞬間に静止する指の残像が網膜に残るからだ。その継続時間は0.1秒といわれる。
菊丸も、点Aから点Bへ移動して折り返し、0.1秒以内に点Aへ戻って折り返す動作を繰り返せば、周囲の人々には、AB2つの点に菊丸がいるように見えるはず。
菊丸がこの原理で分身していたとすると、どうなるか。
2つの分身像が10m離れているとしよう。この距離を0.1秒で往復しているということは、菊丸が走っている速度は、秒速200m=時速720km! テニスのサーブやショットは最高でも時速250kmぐらいだから、追いつけないボールはない。
驚異の瞬発力だが、当然、持久力も要求される。試合の展開(4-4から6-6になり、タイブレークで決着)を見ると、菊丸は6ゲームに等しい間、ずっと分身していたと思われる。
プロテニスの試合で測定すると、1ゲームあたりの平均所要時間は5分20秒。それが6ゲーム分だと32分。この間、彼が時速720kmで走り続けたとすれば、走った距離はトータル384km。フルマラソン9レース分である! あまりに過酷な一人ダブルスだ。
人間は1km走ると体重1kgあたり1kcalを消費する。設定体重52kgの菊丸が384km走ると、1万9968kcal! 体脂肪は2.2kg減少!
石田銀の波動球は、参式でライフル弾の5倍を超える
波動球は、大阪の四天宝寺中の石田銀が開発した技である。青春学園3年の河村隆も、銀の弟の鉄から学び「ダッシュ波動球」などへと発展させていた。
ところが全国大会で銀と対戦した河村先輩は、試合前に銀から驚愕の事実を聞かされる。実は、波動球には「佰八式」まであった! そして、ダッシュ波動球さえ、威力の最も低い「壱式」と同等だという!
試合が始まると、銀は「壱式」から順に披露していった。その威力は壮絶の一語。「壱式」で河村先輩のラケットを弾き飛ばし、「弐式」でみぞおちに食い込んであおむけに倒し、「参式」で河村先輩を2mほどぶっ飛ばす。「拾弐式」でさらに観客席の最前列に落下させ、「拾六式」で観客席の11段目、「弐拾壱式」で21段目、そして「弐拾参式」で最上段の24段目まで! この上「佰八式」まであるという!
テニスボールで人を飛ばすとは、恐るべき話である。なにせ、テニスボールは人間の体よりはるかに軽いのだ。
硬式テニスボールの重量は56g。河村先輩の設定体重は65kg。実に1160倍もの差があるため、ボールがぶつかったとき、河村先輩の体はボールの速度の1160分の1でしか動かない。
逆に言えば、ぶつかる直前、ボールは河村先輩が飛ぶ速度の1160倍のスピードを持っていなければならない。
ここからは波動球の式数をアラビア数字で表記するが、既に3式の段階で、河村先輩は2mも飛んでいる。彼の身長は180cmだから、尻の高さは地上90cm。ボールがぶつかった瞬間、河村先輩の足の力が抜けたとすると、尻が地面に着くまで0.428秒。
この間に、水平に2m運動したのだから、河村先輩は、秒速4.667m=時速16.8kmで飛んだことになる。すると、ボールの速度は時速16.8km×1160=時速1万9500km=マッハ15.9、ライフル弾(最速でマッハ3)の5倍を超える!
3式でこの威力。12式以降はどうなるのか。
問題は、観客席が階段状になっていることだ。後ろの列ほど高い位置にあるわけで、その分だけ先輩は速いスピードで飛ばされたことになる。マンガを詳細に計測し、各式の波動球を受けた河村先輩が飛んだ距離と高度を計算すると、河村先輩とボールの速度はこうなる。
12式…距離14.4m、高度1.1m→河村 時速38.4km→ボール マッハ36.4!
16式…距離19.1m、高度6.1m→河村 時速51.3km→ボール マッハ48.6!
21式…距離26.8m、高度11.1m→河村 時速71.4km→ボール マッハ67.7!
23式…距離29.6m、高度12.6m→河村 時速75.4km→ボール マッハ71.5!
こうしてみると、「式数」と「ボールのマッハ数」にある傾向があることに気付かないだろうか。そう、ボールのマッハ数は、式数のだいたい3倍になっている! 何の因果か偶然か……!
冷静に振り返ると、3式はマッハ15.9だから5倍になっているが、河村先輩は3式では真後ろに飛び、12式以降では斜め上に飛んでいるから、その飛び方の違いが影響しているのかもしれない。
もし、「ボールのマッハ数=式数×3」の法則がこのまま続くものならば、108式波動球の速度は、マッハ316! ボールのエネルギーは3億4000万Jであり、激突すれば、直径92m、重量3400tの岩が砕け散る!
石田銀の消費エネルギーも恐ろしいものになる。通常のテニスでは、打球の速度はラケットの速度の1.5倍ほどになる。これが波動球でも成り立つなら、ラケットの速度はマッハ216、そのエネルギーは8億600万J。108式波動球を打つために体内で消費するエネルギーは4万1400kcalで、体脂肪は4.6kg減!
こんなモノを食らったら、河村先輩はどうなってしまうのか。時速342kmで打ち出され、最も飛距離が出る仰角45度で飛んだ場合、観客席をはるかに超えて、918m彼方に落下……!
ボールが驚異の変化を見せ、選手が分身し、打球の当たった選手が観客席まで飛ぶ。それでも審判は冷静に判定し、係員はポイントを表示して、われわれ読者も、そこで行われている行為がテニスであることを疑わない。この不思議な空間の中では、選手たちもいよいよ張り切らずにはいられないだろう。人間の想像力は本当に素晴らしい!
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※記事では数値を四捨五入して表示しています。このため、示している数値を示された通りの方法で計算しても、答えが一致しないことがあります
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イラスト:花小金井正幸
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