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空想未来研究所2.0

マッハ20で空を飛び、月の7割を破壊!?/暗殺教室

『暗殺教室』で描かれたエネルギーについて考えてみた

マンガやアニメの世界を研究する空想未来研究所が、今回取り上げるのは『暗殺教室』。戦闘機もミサイルも通用しない! マッハ20の速さで空を飛ぶ「殺せんせー」こと謎の生物の強さを、エネルギーの観点から考察しました。

『暗殺教室』の連載が終わったのは2016年。えっ、そんなに昔!? と驚くほど、鮮烈な印象を残したマンガだった。

始まりは衝撃的だった。教室の教卓で球形の頭をした謎の生物が「HRを始めます」と言うと、生徒たちが銃を乱射! さらに仰天のニュース。「月が!! 爆発して7割方蒸発しました!」。

事態がのみ込めたのは20ページを過ぎたあたりだった。月を破壊したのはこの謎の生物。1年後には地球も破壊すると言う! 当然、各国政府は攻撃を試みたが、飛行速度はマッハ20! 戦闘機もミサイルも、全く通用しない。

その一方で、謎の生物は「椚ヶ丘(くぬぎがおか)中3-Eの担任なら引き受けてもいい」と言う。そこで日本政府は、同中学校3年E組の生徒たちにこの生物にのみ効果のある武器を渡し、暗殺を依頼した。成功報酬は100億円!(後に300億円に増額!)

一体、どんな殺伐とした物語が始まるのかと思っていたら、謎の生物は「暗殺にも知識が必要」と説いて、生徒たち一人一人の長所や短所に合わせて、丁寧な指導を始めたのである。それは、生徒たちに生きる勇気をも与えていく。意外や意外、ハートフルな方向へ!

指導力も半端ではなく、全ての教科を高3レベルまで教えられるばかりか、「落ちこぼれ」と言われていた3-Eの生徒たちに理解させる! 陰の努力も半端ではなく、日本全国全ての問題集をおぼえている!

この先生に対し、生徒たちは冒頭のように日常的に暗殺を試みる。しかし、どうしても殺せない。そこでついたあだ名が「殺せんせー」。先生は高らかに呼びかける。「人に笑顔で胸を張れる暗殺をしましょう」。

もちろん、「先生が月を破壊した」のにも、3年E組の担任になったのにも理由があって、それは物語の終わりの方で明かされる。だが全編を通じて、殺せんせーが生徒たちを守り、育てようとした点は揺るがなかった。30代まで学習塾の講師をやっていた筆者など、胸を揺さぶられると同時に、自分の能力の足りなさと、覚悟の甘さを痛感したものである。

この名作に敬意を送りつつ、考えてみたい。マッハ20で飛び、月の7割を蒸発させるためのエネルギーとは、どれほどか!?

マッハ20とは、どんな速度?

マッハとは「音速の何倍か」を表す単位だ。

音速は気温が高いほど速くなるが、通常は気温15℃のときの秒速340mが基準にされる。つまり、マッハ20とは秒速6.8km=時速2万4480km。新幹線最速の「はやぶさ」(時速320km)の77倍、ジェット旅客機(時速900km前後)の27倍!

ジェット戦闘機の最高速度がマッハ2.5、発射する短距離空対空ミサイルがマッハ1.7。地上から発射されるミサイルも、ジェットエンジンと翼で飛ぶ巡航ミサイルがマッハ3。ロケットエンジンで飛ぶ弾道ミサイルでさえ、短・中距離のものはマッハ10以下。ICBM(大陸間弾道弾)になるとマッハ20を超えるが、そもそも弾道ミサイルは標的を追尾できないので、素早く動き回る殺せんせーには当たらない! ピストルの弾丸はマッハ1前後、ライフル弾は最速でマッハ3。つまり、あらゆる武器・兵器が殺せんせーには無力なのである。

この驚異の速度で、殺せんせーは優雅な教師ライフを満喫していた。

昼休みには、中国の四川に麻婆豆腐を食べに行く。椚ヶ丘中学が東京にあるとすれば、省都・成都まで3400km。マッハ20なら片道8分20秒!
朝のホームルームの前に、ハワイで英字新聞と飲み物を買ってきて、校舎裏でくつろぎタイム。ホノルルまでの6200kmが片道15分12秒!
放課後にはニューヨークで大リーグ観戦。1万870kmを片道26分39秒! たとえ自宅が地球の裏側(距離2万km)にあったとしても片道49分1秒で、十分に通勤圏内なのである。

マッハ20で飛ぶには?

一体どうすれば、大気中でマッハ20が出せるのか。
まず明らかにすべきは空気抵抗だ。これは次の式で求められる。

空気抵抗=1/2×抵抗係数×投影断面積×空気密度×速度2

「抵抗係数」とは物体の形状によって決まる値、「投影断面積」とは進行方向から見たときの断面積だが、一筋縄ではいかない。どちらも、殺せんせーのような複雑な形をした物体については、計算では求められないからだ。

こういうケースでは、模型やシミュレーションで実測するか、それができなければ作業仮説(話を前に進めるための仮定)を立てるしかない。ここでは、あの大きな球形の頭にかかる空気抵抗を求め、「全身にはその2倍がかかる」と仮定しよう。

球の抵抗係数は0.5。殺せんせーの頭は直径40cmほど。殺せんせーがジェット旅客機と同じ高度1万mを飛ぶとしたら、その高度での空気の密度は0.261[kg/㎥]。

以上から、殺せんせーの全身にかかる空気抵抗は、次の式で求められる。

空気抵抗=1/2×0.5×0.22×3.14×0.261×68002×2=75万8000[N]

[N]とは、力学で使われる力の単位で、日常で使われる[kg重](通常は「重」が省略される)に直すには、地球の重力加速度=9.8[m/秒2]で割ればよい。

空気抵抗=75万8000[N]÷9.8[m/秒2]=77万3000[kg重]=77.3[t重]

殺せんせーは、77.3tの空気抵抗に耐えていた!? と思いきや、『暗殺教室 公式キャラクターブック 名簿の時間』(松井優征/集英社)の「図解 殺せんせーのひみつ大百科」に、こんな記述がある。「粘液 超速度の空気抵抗軽減を担う」。なんと、殺せんせーの体には超高速飛行に耐える仕組みが備わっていたのである。

もし、粘液が空気抵抗を10分の1に軽減するとしたら、7万5800[N]=7.73t。それでも、殺せんせーの体重を300kgとすると、その26倍。ヒジョーに大変そうだ。

では、この空気抵抗に耐えながら飛び続けるためのエネルギーは?

実は、空気抵抗から求められるのは、「エネルギー」ではなく、「1秒あたりのエネルギー」=「仕事率」だ。聞き慣れない言葉だが、工学の「出力」、英語の「パワー」と同じもので、「電力」に置き換えられる。単位はもちろん[W]や「kW」だ。

「仕事率=力×速度」の関係があり、このケースでは、「力」に「空気抵抗」を[N]の単位で代入することになる。

仕事率=7万5800[N]×6800[m/秒]=5億1500万[W]=51万5000[kW]

なんと、中規模の火力発電所なみである!

月の7割を蒸発させる!

最後に、これだけはどうしても求めておきたい。そう、月の7割を蒸発させたエネルギーだ!

月の質量は7.35×1022 [kg]=7350京t(京は兆の1万倍)、その7割とは5.14×1022[kg]=5140京t。これを蒸発させるとは、どれほどのエネルギーが必要なのか。

固体を蒸発させるには、通常は次のような段階を踏まねばならない。

①固体の温度を融点(溶ける温度)まで上昇させる
②固体を液体に変えるエネルギー(融解熱)を与える
③液体の温度を沸点(沸騰する温度)まで上昇させる
④液体を気体に変えるエネルギー(気化熱)を与える

ところが、月の表面温度は太陽光の当たっている部分が110℃、当たっていない部分がマイナス170℃と差が大きい。内部は温度が高く、中心部は地球と同じようにドロドロに溶けている。このため、①~③の詳細な計算は極めて困難だ。また、①~④の中では、④が突出して大きい。よってここでは、④のみを考えよう。

月の岩石の主成分である二酸化ケイ素の気化熱は、1kgあたり999万[J]。5.14×1022[kg]を気化させるとなると、必要な総エネルギーは5.13×1029[J]。全世界で1年間に消費されるエネルギーは6.3×1020[J]だから、8億1500万年分である!

殺せんせーは地球も破壊すると予告していたが、もしこれほどのエネルギーを地球の表面で放ったら、どうなるのか? おそらく半分が宇宙に逃げていき、残りの半分が地球を蒸発させて、巨大なクレーターを発生させるだろう。計算すると直径は3200km、深さは1600km。東京で爆発したら、日本のほぼ全域、朝鮮半島、およびサハリン南部が消滅! 他の地域も安泰ではない。放たれた熱で気温が急上昇? などという心配をしている場合ではなく、海水も空気もクレーターに流れ込んで、地球全土が真空に!

マッハ20で空を飛び、月の7割を蒸発させた超人が、「落ちこぼれ」の生徒たちを教える。しかも、指導目標は自分の暗殺! 何もかもが常軌を逸した背景の中、描かれたのは心温まる学園青春ドラマだった。改めて思わせてくれる。世界がどんなに不幸でも、子供たちの未来だけは守り抜きたいと。人間の想像力は、本当に素晴らしい!

※記事では数値を四捨五入して表示しています。このため、示している数値を示された通りの方法で計算しても、答えが一致しないことがあります

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