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空想未来研究所2.0

毎秒795回転!飛雄馬を引退に追い込んだ魔球の仕組み

大リーグボール1・2・3号の原理を考察してみた

マンガやアニメの世界を研究する空想未来研究所が、今回取り上げるテーマは「魔球」。超名作野球マンガ『巨人の星』で星飛雄馬が投げていたあの球が、どんな原理で投げられていたのかを考えてみました。

魔球の仕組みを解説する珠玉の名作

かつて野球マンガには、驚くような「魔球」が次々に登場した。

ボールがコンニャクのようにぐにゃぐにゃ曲がったり、3つに増えたり、巨大化したり、光ったり、消えたり。中には、ボールからチョウのような羽が出て、パタパタ羽ばたくという仰天の魔球もあった。

なぜそうなるのか不明のまま話が進む作品が多い中、魔球の理由づけに挑んだ作品があった。有名な『巨人の星』(1966~71年)である。

努力を重ねる主人公・星飛雄馬の人生観や、ライバル花形 満、左門豊作らとの勝負が注目され、大ヒットした作品だが、魅力の一つに「魔球」があったことは間違いない。

打者が構えたバットにボールを命中させ、凡打に打ち取る大リーグボール1号!

打者の目の前でボールが消える大リーグボール2号!

ボールがバットをよける大リーグボール3号!

そして、これらはいずれも、なぜそうなるのかという「理論」が明示されていた。

それらを荒唐無稽と片付けるのは簡単だが、「実現できるかも!」と期待させる怪しい説得力があったのも事実である。

これら星飛雄馬の大リーグボール1~3号について考えてみよう。

肩にも試合的にもエコな1号

星飛雄馬は、幼いころから元巨人軍三塁手の父・一徹に鍛えられ、本格派の左腕に成長した。

高校を1年で中退し、巨人の入団テストにも合格したが、恵まれない体格ゆえに、球質が軽いという致命的な欠点を抱えていた。実際、開幕戦で大洋ホエールズの左門にホームランを打たれてしまう。

そこで編み出したのが、相手のバットにボールを当てる大リーグボール1号。

打者が「ストライクゾーンを大きく外れたボールだ」と思っていると、構えているバットにガツンと命中。バッターが体勢を崩しても、バットが動いても、なぜか命中。バッターが意図的にバットを動かしても必ず命中!

結果、ボールは内野ゴロや凡フライになってアウトになる、というものだ。魔球というには、あまりにも奇想天外である。

この大リーグボール1号、コントロールが精妙で、相手の動きを予測できるのであれば、理屈の上では不可能ではないだろう。

飛雄馬は剣道の道場やボクシングジムに通って、相手の次の動きを読む特訓を積んでいた。その上、「飛雄馬が幼いころから、針の穴を通すほどのコントロールを磨き抜いてきたからこそ可能」とも説明されていた。

うーん…そう言われると、飛雄馬にならできそうな気もしてくる。

大リーグボール1号は、エネルギー効率の面でも特筆すべき魔球であった。

2号や3号が、決まっても「1ストライク」しか取れないのに対し、1号は決まれば「1アウト」なのだ。さらに、ここで「飛雄馬の球質が軽い」という欠点が生きてきて、打者のバットに当たった打球の多くは内野ゴロになる。ランナーがいればゲッツーも取れるし、ますます効率のよい魔球だったのだ。

こんな魔球が、なぜ打たれたのだろう?

初めて打ったのは、ライバル・花形満である。彼は巨大な鉄球を鉄バットで打つ特訓を重ね、バットにボールが当たった瞬間に、全力で振り切ってスタンドまで飛ばした。その代償に、花形の上半身の筋肉はボロボロになってしまう。

現実にこれを実践したら、確かにそうなるだろう。

1号の球速が時速150kmだったとすると、ボールは時速62kmで跳ね返る。ボールがバットに当たっている時間は0.001秒でしかない。花形は、この一瞬で、止めたバットを時速62km以上に加速したとみられる。

花形が850g(プロ打者の平均)のバットを使っていたとすると、これに必要な力は8.6tなのだ。荷物を満載した4tトラック(合計8t)を0.001秒で持ち上げるも同然。

花形はその後、しばらく入院していたが、よく入院レベルで済んだものである。

落ちてからボールをホップさせるには

続いて、大リーグボール2号。その別名は「消える魔球」だ。

この魔球が出現してからは、「なぜ消えるのか?」の謎を、花形や左門たちが解き明かしていくというスリリングな展開を見せた。

その結果、分かったことは、次の通り。

(1)ボールは打者の手前で急激に沈み土煙を上げ、ホームベース上で、急角度で上昇する
(2)投球時に飛雄馬が足を高く上げることで、ボールに落下した泥が付着するため、土煙に紛れて見えなくなる

この魔球の最大の謎は、(1)の軌道だろう。沈んだボールが上昇することがあるのだろうか。

変化球には、カーブやスライダーのように、ボールの回転で起きるものと、フォークやナックルのように、縫い目に当たる風の力で起きるものがある。

ボールが回転しながら飛ぶと、【図A】のように、ボールには前方から風が当たると同時に、周囲には回転による空気流が発生する。

両者が同じ向きになるところでは、空気の流速が速くなり、逆向きになるところでは遅くなる。速い流れには、周囲のものを引き付ける力があるので、ボールはそちらに曲がる。こうして発生する力を「マグナス力」という。

もし、大リーグボール2号が、マグナス力によって変化しているとしたら、飛んでいる途中で回転の向きが変わっているはずである。

打者の前で落ちるときには、ボールの上が前方に、下が後方に回転する「トップスピン」で、ホームベース上でホップするときには、逆向きの「バックスピン」で。こんなことができるのだろうか!?

これに比べると、可能性がありそうなのは、縫い目による変化だ。野球ボールには、2本の縫い目が狭い幅で平行に走っているところが2カ所ある。これが進行方向に垂直になっていると、ボールはその反対側に押される。

例えば、【図B-1】では縫い目が上にあるので下向きに、【図B-2】では縫い目が下にあるので上向きに。ボールには常に重力が働いているから、図B-2では空気の力で落下が軽減され、図B-1では重力に空気の力が加わってストーンと落ちる。図B-1がフォークだ。

すると、大リーグボール2号は、打者の手前で図B-1の向きになり、ホームプレート上で図B-2の向きになっているのだろうか。

『魔球をつくる 究極の変化球を求めて』(著:姫野龍太郎/岩波書店)によれば、縫い目に働く空気の力は球速の2乗に比例し、縫い目の角度が適切なとき、時速154kmでボールの重さに等しくなるという。

すると、時速154kmのボールが、縫い目を上にして打者の手前に差しかかれば、重力+重力に等しい空気の力=重力の2倍の力が働き、ストーンと落ちるだろう。ホームベース上では、重力の2倍の力が上向きに働けば、同じ勢いでギュルルッと上昇するはずである。

ところが、上昇するときも重力は下向きに働いているから、空気の力は重力の3倍が必要だ。これに求められる球速は、√3=1.732倍の時速276km!

これは大変だ。マグナス力によるのなら、途中で回転を逆向きにせねばならず、縫い目によるのなら、途中でスピードを大幅アップさせねばならない。

どちらも非常に困難で、一朝一夕に解明できる魔球ではなさそうだ。

“ゆる球”を真っすぐ飛ばせる超回転力

大リーグボール3号の原理については、飛雄馬自身が、ライバル・左門豊作への手紙の中で明かしている。要約すると、次の通りだ。

下手投げから親指と人差し指で押し出されたボールは、捕手のミットまでの飛距離力しか与えられず、打者の手元に差しかかった際、ボール自体の重みだけで軽く漂っている。そこへプロ打者の猛スイングがくると、バットの風圧でボールの軌道が変わり、ボールはバットを避ける。

ここでのポイントは、大リーグボール3号は、極めて球速が遅いということだ。

不思議な魔球である。どんなに球速が遅くても、バットの風圧でボールの軌道が変わることは、科学的にはあり得ない。

バットの運動は、前方に風を送るのではなく、後方に空気の渦を作るから、バットの前方にあるボールに影響を与えることはないのである。

また、遅いボールは山なりに飛ぶはずだが、大リーグボール3号はシュルシュルと真っすぐに飛んでいた。

これが起きるとしたら、球に猛烈なバックスピンがかかっている場合だ。

通常のストレートも、バックスピンをかけて投げている。このため、ボールに上向きのマグナス力が働き、重力による落下が軽減される。

例えば、時速135kmのボールは、回転がなければ、18.44mを飛ぶ間に1m32cm落ちるが、毎秒30回転のバックスピンをかけると58cmしか落ちない。

大リーグボール3号も、バックスピンでボールの重さと同じマグナス力が働いていれば、速度が遅くても、シュルシュルと真っすぐ飛んでいくはずだ。

大リーグボール3号が、打者まで2秒かかるとしよう。このときの球速は時速35km。このスピードで、ボールの重さと同じマグナス力を生み出す回転数とは、毎秒795回転。通常のストレートの26倍!

ここまで激しい回転を与えるには、莫大なエネルギーが必要になる。

計算すると、上のようなボールは、時速150kmのストレートの7.5倍のエネルギーを持っている。これは3号を投げると、通常の投球の7.5倍も疲れるということだろう。

飛雄馬はこの大リーグボール3号の投げ過ぎが原因で左腕を壊し、球界を去ることになる。

だが、100球投げて750球分も疲れるほどの魔球だったら、それも仕方がないのかもしれない。……おや、なんだか科学的にもナットクできる引退話になってしまった。

荒唐無稽とも思える魔球だが、それは現実と虚構の入り混じった絶妙に魅力的な存在だった。こういったものを考え出し、それをすごいと受け取ってドラマに酔いしれる人間の想像力は、本当に素晴らしい。

※原稿では数字を四捨五入して表示しています。このため、示している数値を示された通りの方法で計算しても、答えが一致しないことがあります。

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