2018.8.3
市場規模は100兆円超!? バイオエコノミーで日本は勝者になれるか?
エネルキーワード 第34回「バイオエコノミー」
「エネルギーにまつわるキーワード」を、ジャーナリスト・安倍宏行さんの解説でお届けする連載の第34回は「バイオエコノミー」。国際的な市場規模が100兆円を超えると期待されている産業は、果たして日本にどのような恩恵をもたらすのでしょうか。その現状と日本が目指すべき姿について考えてみましょう。
バイオエコノミーの正体
バイオエコノミー(Bioeconomy : 生物経済)とは、バイオテクノロジーが生産などに貢献してできる市場を指します。OECD(経済協力開発機構)はその加盟国における2030年のバイオ産業市場が全GDP(国内総生産)の2.7%になると予測。その規模は約200兆円に上るというから驚きです。その内訳は、健康が25%、農業が36%、工業が39%となっています。
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2030年の世界バイオ市場予測における内訳
バイオテクノロジーとは、「生物の持つ能力や性質を上手に利用し、『生きる(健康・医療)』、『食べる(食料・農林水産)』、『くらす(環境・エネルギー)』といった人間の生活や、環境保全に役立たせる人類に欠かせない技術」(出典:経済産業省、(一社)バイオインダストリー協会)のことを言います。
バイオテクノロジーが貢献して生まれたものは、医療で言えば「バイオ医薬」。農業なら「遺伝子組み換え作物」。環境・エネルギーでは「バイオ燃料」などで一度は耳にしたことがありますよね?
そのバイオテクノロジーが今大きな転機を迎えています。その背景には、ゲノム情報(DNAに含まれる遺伝子情報)の集積、分析、生物機能の改変・発現等に関する技術革新の急速な進展があります。それにより、これまで利用できなかった“潜在的な生物情報”を得ることができるようになったのです。バイオエコノミーが飛躍的に拡大する条件がそろってきました。
生物細胞が産業を生むスマートセルインダストリー
技術革新により、生物情報のデータ化が安価に、そして早くなりました。さらにAI(人工知能)の登場で、生物機能を最大限活用することができるようになったのです。そうした中、高度に機能がデザインされ、機能の発現が制御された生物細胞、「スマートセル」が誕生しました。賢い細胞、という意味ですが、そのスマートセルを使った産業群が「スマートセルインダストリー」です。
健康・医療分野のみならず、工業、農業、エネルギー・環境などの分野で産業構造が大きく変わり、人類が直面する地球規模の課題を解決することが期待されます。
例えば、医療分野では、人の細胞を採取、培養した細胞シートの移植により、心臓移植をしなくても重症心不全を治療できるようになる可能性があります。これは健康長寿社会の実現にもつながります。また、エネルギー分野では、バイオエタノールにより化石燃料依存から脱却でき、世界のエネルギー供給構造を変革することで、地球への環境負荷が低減します。食糧の分野では、害虫や病気に強い作物の耕作を増やすことで世界の飢餓を解決できるようになるでしょう。
さらに実用化されているもので言えば、工業(ものづくり)の分野では、従来石油を原料とし高温高圧プロセスで生産していた高機能プラスチックの原料が、植物の糖(グルコース)を常温・常圧プロセスで発酵させて作ることができるようになったのです。これは、超省エネ生産プロセスによる、資源の枯渇懸念からの脱却をも意味します。
こうしたテクノロジーによって生まれた新たな産業がバイオエコノミーを創造し、拡大していくのは間違いありません。
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スマートセルインダストリーが拓く世界
バイオエコノミーにおける日本の強みと弱み
国際競争の中で日本は勝ち残ることができるのでしょうか? 日本の強みは、伝統的バイオ技術(豊富な微生物菌株、発酵最適化などの工業化技術など)が既にあることでしょう。それにIT・AI技術と新たなバイオ技術(DNA合成、編集技術など)を掛け合わせれば、他国に負けない技術競争力を持てるはずです。
こうした中、国内バイオ産業の市場規模を見てみると、2003年から2015年で90%成長するなど拡大を続けているとはいえ、2015年で約3兆円にとどまっています。また、内訳を見てみると、健康・医療分野が約6割を占め、工業分野は約1割という偏りがあります。
他の国をリードするためには、スマートセルによる生産を目指す製品分野を特定することや、戦略的な異分野技術・産業、新旧技術を融合させることが必要です。さらには、既存制度の運用見直しや手続きの簡素化、新しい技術のリスクに対応したルールの整備(注1)など、新しい技術の産業化を促進するための制度の在り方を構築することも必要でしょう。
産官学がこれまで以上に連携を加速させ、最後のフロンティアともいうべきこのバイオエコノミーで世界を取りにいかなければ、日本経済の持続的な成長は期待できません。
注1) 例えば、遺伝子を自在に改変できる「ゲノム編集」の技術は、それにより誕生した新たな農産物の品種が他の品種に影響を与えるリスクを生じさせる。また、人間の受精卵に「ゲノム編集」して特別な才能を持つ子供を誕生させるような研究には、生命倫理上の問題が立ちはだかる。そうしたさまざまなリスクをどうルール化するのかなどの問題が今後、大きくクローズアップされてくる可能性は高い。
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