2018.12.7
業績ではなく経営を見る!ESG投資が社会にもたらす益と害
エネルキーワード 第38回「ESG投資」
「エネルギーにまつわるキーワード」を、ジャーナリスト・安倍宏行さんの解説でお届けする連載の第38回は「ESG投資」。世界経済を揺るがしたカルロス・ゴーン容疑者の逮捕で、あらためて注目されている企業統治。関連各社の株価が下落する中、それを左右しているのがESG要素を重視するという投資観点だ。今、ビジネスパーソンが知っておくべき、世界経済の動向について考えてみよう。
ESG投資の意味
今、企業統治=コーポレートガバナンスが大きく注目されています。震源地は日産自動車。「ゴーン・ショック」がまさに世界を揺るがしているのです。事件が表面化した直後から、親会社の仏ルノー、日産自動車本体、そしてアライアンスの一角を占める三菱自動車工業、全ての株価が下落しています(2018年11月24日現在)。企業統治に対する信頼が毀損(きそん)すると、株価は瞬時に値を下げます。市場は企業の業績だけを見ているのではなく、経営そのものを厳しくチェックしていることが分かるでしょう。
企業は優れて社会的な存在であり、全てのステークホルダー(株主、従業員、消費者などからなる利害関係者)に対して責任を持っています。そして、世界規模で地球温暖化防止への取り組みが求められている中では、環境に配慮しない企業に対する投資も市場においては問題視されることになるのです。
このような、企業統治、環境、社会を重視した投資のことを、「ESG投資」といいます。「E」はEnvironment(環境)、「S」はSocial(社会)、「G」はGovernance(企業統治)の頭文字です。これらの要素に配慮する企業は将来的に企業価値が高まると予測されるため、長期的なリターンの追求という観点から有益な投資手法だと考えられているわけです。
ESG投資の始まりと世界の現状
ESG投資は、国際連合が2006年に責任投資原則(機関投資家の意思決定プロセスにESG課題を反映させるべきだとするイニシアティブ)を提唱したことに始まります。これを受け、環境問題などに対する国民の意識が高い欧州を中心に、ESG投資が盛んになりました。
世界持続可能投資連合(GSIA)によると、世界のESG投資額は2016年に22兆8,900億米ドル(約2,590兆円:1ドル=113円で計算)となっており、2014年からは25.2%成長しました。これは世界の総投資額の約26%に当たり、ESG投資が盛んな欧州に至っては投資額の約53%に当たるなど勢いが加速しています。また日本も規模はまだまだ小さいながら、2014年から2016年の2年間で投資額がなんと約68倍に増えています。
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世界のESG投資額(2014年~2016年)※米ドルの単位は10億
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ESG投資が全体の投資額に占める割合
企業の能力を示すESG評価
さて、ESG投資をする時、ESG項目に力を入れている企業をどのように調べればよいのでしょうか。ここで用いられるのが、「ESG評価」です。複数のESG評価専門機関が、世界の企業のESG項目への取り組みを評価しており、その指数を見ることで、各社の取り組み具合を知ることができるのです。
主なESG評価専門機関には、「FTSE ESG Ratings」「MSCI ESG Ratings」「Sustainalytics Company ESG Reports」などがあります。例えば、世界最大の指数提供会社の一つであり、世界4500社以上の会社を評価対象としている「FTSE ESG Ratings」の評価手法が次の図。環境、社会、ガバナンスの3つの分野を、さらに細分化して潜在的なリスクへの対応力を評価しています。
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事業活動における潜在的ESGリスクへの対応を評価
ESGにおける企業側のメリット
では、ESG項目に力を入れていくことは企業にとってどんなメリットがあるのでしょうか。
まず、企業イメージやブランド価値の向上が挙げられます。さらに、実際の投資額が増える、株価が上がるなど、経済面でのメリットもあると言えるでしょう。ファイナンシャルサービス企業であるフィデリティ・インターナショナルの調査によると、業界ごとのばらつきが大きいものの、ESGの評価が高い企業が、そうでない企業より株式のリターンが向上し、全体的なボラティリティ(価格の変動性)が低いことが明らかになりました。
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セクター別ESGと株式のリターンの関係
例えば、日本経済新聞社の2018年7月4日付の記事でまとめられた2018年上期の「ESG銘柄の株価上昇率」ランキングによると、1位は76.3%で太陽誘電です。同社は、環境への負荷に配慮し、低消費電力を意識した事業を展開しているそうで、同社HPでも、ESG項目に該当するさまざまな取り組みが紹介されています。
また、前回取り上げた「RE100」についても同様のことが言えます。国際NGOのThe Climate Groupが、9月25日に同団体HP上に公開した報告書(Capgemini社が作成)によると、2016~17年、3500社を対象としたデータで、RE100加盟社は、純利益率とEBITマージン(借入コストの影響を除いた利益と売上高の比率)の2つの重要な財務指標で一貫して優れていたと示しています。
一方で、先に述べた日産・ルノー・三菱自動車の例のように、ESG評価の下落が、株価にマイナスに働く例も数多くあります。2018年3月にfacebookの株価が15%以上下落した一因は、個人情報の不正流出によって、ESG評価を投資基準に組み込む投資家が株を売却したためだと見られます。また、神戸製鋼は品質データ改ざんによってESG評価が下がった結果、株価も下落しました。
日本のESG投資の現状
ESGに取り組むことは、企業にとってメリットが多いと考えられますが、日本では欧州と比較するとESG投資の普及が遅れていました。しかし、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がESG指数を採用したことなどさまざまな要因から、最近になって急拡大しており、今後さらなる拡大が期待されています。
具体的な日本企業の取り組みを見てみましょう。ソニーは、2018年9月10日に開催したESG説明会で、世界の全拠点で使用する電力を2040年度までに100%再生可能エネルギーにすると発表しました。世界的なESG投資の広がりを背景に、同社は「長期視点では事業の付加価値になる」とし、「経済価値と社会価値を両立させていく」と説明。これにより、国内の再生可能エネルギー市場が活発化する可能性も広がりました。
もちろん、ESG評価には課題もあります。各ESG評価専門機関それぞれの基準に基づいて評価が定められているため、現時点では各社によってばらつきがあることです。今後、評価基準を明確化・統一していくことができれば、投資家や評価される側の企業にとって活用しやすいものになるでしょう。
電力会社とESG投資の関係
ESG投資が進むことで、世界では脱炭素化の動きが加速しています。二酸化炭素(CO2)を多く出す産業から投資を引き揚げる、いわゆる「ダイベストメント(投資撤退)」の動きが欧州を中心に台頭しているのです。これは各産業自体を支える電力会社への影響も無視できません。CO2排出量の多い石炭火力への風当たりは強まる一方で、実際にノルウェー政府年金基金などの機関投資家が化石燃料関連からの投資撤退を相次いで表明しています。
こうした中、現在の日本は原子力発電の再稼働に課題があるため、電力供給を火力発電に大きく依存している状況です。ESG観点で見ると、石炭以外の化石燃料であるLNG(液化天然ガス)火力発電にも厳しい目が向けられるでしょう。当然、電力会社は再生可能エネルギーへのシフトを進めることになりますが、その効率性を考えると、社会的なコストは膨らむ可能性があります。
ESG投資を考慮した経営は、産業の種類によっては必ずしも国や消費者の利益につながるとは言えないのです。電力事業は、その公共性から安定的かつ廉価な電気の供給が至上命題。日本のエネルギーミックスを考えるとき、こうした「合成の誤謬(ごびゅう)」についても私たちは考えねばならない時期に差し掛かっていると言えます。
※全体参考:PRI
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