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2021.7.9
TEPCO発の水素サプライチェーンでカーボンニュートラルの実現へ! プロジェクト「H2-YES」のビジョン
水素から生まれる「効用」に価値を見つけたTEPCOの野心的な水素製造・利用プロジェクト
菅義偉首相は2021年4月、2030年に向けた二酸化炭素などの温室効果ガスの削減目標を、2013年度と比べて46%減にすると表明。従来の目標より大幅にハードルを引き上げた。この課題をクリアするために期待されるものの一つが「水素」である。東京電力ホールディングス(以下、TEPCO)も水素に着目し、山梨県、東レ株式会社、株式会社東光高岳と協働して、山梨県の米倉山(こめくらやま)で水素製造・利用を目指すプロジェクト「H2-YES」(エイチ・ツー・イエス)におけるP2G(パワー・ツー・ガス)システムの試運転をスタートさせた。水素をエネルギーにする真の価値とは何か。そして、この実証実験がもたらすものとは?
27%しか電化されていない日本で二酸化炭素排出量を削減するには?
菅義偉首相が2020年10月の臨時国会冒頭の所信表明演説で、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「2050年カーボンニュートラル」を宣言したことは、記憶に新しい。日本が排出している温室効果ガスの多くは二酸化炭素(以下、CO2)であるため、この削減目標は事実上、CO2排出量の削減を求めるものとなっている。
では、どのようにしてCO2排出量を減らしたらよいのか。真っ先に思い浮かぶのが石炭や天然ガスを活用する火力発電所の存在だが、仮に全て太陽光発電をはじめとした非化石エネルギーに置き換えて、発電から排出されるCO2を大幅に削減したとしても、実は菅首相が表明した削減目標には遠く及ばない。
「意外に思われるかもしれませんが、日本国内の電化率(最終エネルギー消費量全体に占める電力消費量の比率)は、工場や住宅など全部門で実は27%しかありません。残りの73%は、天然ガスや石油を燃やした熱で製品を作ったり、石炭から作ったコークスを製鉄に用いたりするなど、化石燃料を電気に変換することなく直接消費しているのです」
そう語るのは、TEPCO 技術戦略ユニット 技術統括室 プロデューサーの矢田部隆志氏と、同室の額賀佐知子氏、湊川聡子氏だ。
「つまり、CO2の排出量をゼロにするためには、電気以外の領域でどれだけCO2フリーを実現できるかということにかかってきます」(矢田部氏)
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プロジェクト「H2-YES」で社内を統括する矢田部氏
もちろんTEPCOでは太陽光や水力、洋上風力などといった、CO2を排出しない再生可能エネルギーによる発電にも注力している。しかし、前述の通り日本の電化率は27%。残りの73%にアプローチしていかないと、「2050年カーボンニュートラル」は到底実現できないというのだ。
73%を構成する中で、代表的なのが「熱」だ。前にも述べた通り、食品工場や化学工場では製品を作るうえで加熱することが必須であり、工場には熱を生み出すボイラーが設置されている。
「電気は電気のまま使うのが一番効率的です。われわれは電化を推進していくことが最も重要だと考えています。ただし、電気は100℃を超えるような高温を大量に発生させるのは不向きです。かといって、これまで通りガスや石油などを燃やして熱を作ると、CO2排出量の削減目標はとてもクリアできません」(矢田部氏)
この問題を解決するためには新たなサプライチェーンの構築が求められる。そのために、今実証実験を行っているのが水素の製造と利用だ。
燃料電池自動車(FCV)の燃料として一般に浸透した水素は、CO2を排出しないエネルギーとして注目を集めているが、実は水素そのものには現状それほどの需要がない。多様な使い道が確立されていないからだ。そんな水素のサプライチェーンを構築していくためには、どうしたらよいのか。矢田部氏たちは、ある仮説を立てた。
「水素自体には今のところ需要が少ないのかもしれませんが、ボイラーの燃料として用い蒸気を発生させることで、工場での需要が見込めるのではないかと考えました」(矢田部氏)
この仮説を実証するための実験が、山梨県で行われているのだという。
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工場でのCO2排出量を削減する水素製造・利用のモデル
資料:TEPCO
水素製造から蒸気までをパッケージ化
山梨県甲府市の南部、人里からは少し離れた丘陵地域にある米倉山。山梨県とTEPCOはここに、内陸型メガソーラー発電所である米倉山太陽光発電所を2012年に建設した。この発電所に隣接する形で、電気から水素を製造し、化石燃料の利用を低減させることを目的としたプロジェクト「H2-YES」が2021年6月から実施されている。
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山梨県・米倉山にある太陽光発電所でプロジェクト「H2-YES」は進められている
写真:山梨県企業局
プロジェクト「H2-YES」は、以下のような流れで実証を目指す。
(1)電気を用いて水素を作る。
(2)作った水素をトレーラーに積み込んで、近くの工場などに運ぶ。
(3)工場内に設置した水素ボイラーでCO2フリーの蒸気を発生させる。
(4)工場はその蒸気の熱を利用して製品の洗浄や加熱などを行う。
「つまり、水素でエネルギーの地産地消を行おうとしているのです」と、矢田部氏。
水素の作り方にはいくつかの種類があるが、ここで採用されたのは水を電気分解して水素を取り出すという方法だ。そして、水素を作るための電気はCO2フリーであることが望まれる。
「やはり電力会社が水素を作るからには、電気を利用するのが一番よいだろう、と。今後も太陽光発電は増えていくと思いますが、それと共に余剰の再生可能エネルギーによる電気が発生することが見込まれます。余剰電力の有効活用も見据えて、太陽光発電所のあるここで実証実験を行うことにしたのです」(矢田部氏)
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米倉山に設置されている水素製造用の500kW大型水電解槽
写真:山梨県企業局
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安全な水素貯蔵を実現するMHタンクシステム
写真:山梨県企業局
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工場などに設置した純水素ボイラー
写真:TEPCO
その地域の再生可能エネルギーで生まれた電気を用い、水素を作る。そしてその水素を地域の中の工場で活用してもらう、という流れになる。地域でのエネルギー循環も大きな意味をもたらすが、もう一つこれまでにない変化がある。それは、本来なら化石燃料が用いられていた燃料が、電気で作った水素に置き換わるということ。電気が不得意としていた製造工場などの領域を、間接的に電化できることを意味する。
「水素を提供して終わりではなく、水素ボイラーを設置して蒸気を作り、ユーザーにとって使い勝手のよいものにパッケージ化すれば、燃料を水素化するきっかけとなるのではないでしょうか」と、矢田部氏は続ける。
水素自体の需要がなくとも、水素による「効用」の需要はある。発想の転換だろう。また、パッケージ化により、別のメリットも生まれる。
「水素自体の需要が少ないのは、用途が少ないことに加え、安全面への不安視が理由に挙げられます。でも、このやり方なら水素はわれわれが管理しますし、水素ボイラーもわれわれが設置して運用します。工場側で新たに水素やボイラーを管理する方を雇用する必要もありません」(矢田部氏)
「また、日本は災害が多い国なので、地域でエネルギーを作って地域で消費するというサイクルができると、海外から燃料輸入を行う必要がなくなります。エネルギーセキュリティーの観点からも、安心につながっていくと思います」(湊川氏)
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洋上風力のプロジェクトに関わっている湊川氏。サプライチェーンの流れを一緒に推進していくために、プロジェクト「H2-YES」にも入っている
このように工場側にとってもメリットのある話だが、実際にはどこまで実証実験は進んでいるのだろうか。
「今はまだ太陽光発電の電気で水素を作っているわけではなく、他の電気を使って水素を安全に作れるのか、というところから実証しています。ただし、再生可能エネルギーは変動するという前提の下、その変動に耐えながら水素を安定して作れるのかどうかはきちんと確認しています」(矢田部氏)
こうした実証実験を2022年度まで行う予定。そして、並行して実現しようとしていることがある。工場でのオンサイト製造と利用だ。
「安全面の懸念から、まずは人の住んでいない米倉山で水素を製造し、トレーラーで近くの工場に運ぶ、という実証実験を行っていますが、ゆくゆくは工場の中で水素を製造、利用できるようにしたいと思っています」(矢田部氏)
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工場向けの水素を配送するトレーラー
写真:山梨県企業局
水素サプライチェーンで一番コストがかかるのが、運搬だ。コストの8割が輸送に関する費用だとも言われる。工場に電気を送り、工場敷地内で水素を作れるようになると、大幅なコストダウンが可能になる。
電気を送るのは、TEPCOにとって本業である。今ある送電線設備がそのまま使えるなら、新たな設備投資も抑えられる。水素は放電によるエネルギーの損失はないため、安全な貯蔵タンクにためておくことができれば、実に合理的だ。
この水素のオンサイト製造、貯蔵も、これから約5年をかけて実装を行っていく計画だという。
「導入した工場が、製品の情報発信をしていく際に、『CO2を排出しない電気を使って作った』という事実が一つのメリットになっていくかもしれません」(額賀氏)
うまく進めば、このような新しいブランディングもできるようになりそうだ。
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非化石燃料全般に携わり、プロジェクト「H2-YES」では広報担当との調整役も務める額賀氏
電気と水素が共存する未来とは?
導入メリット以外の側面からも水素を見てみたい。先に矢田部氏が述べた、「電気は電気のまま使うのが一番効率的」という点だ。
電気分解によって水素を作ると、エネルギーの約30%がロスになり、その水素を使って発電しようとすると、さらにその半分くらいをロスしてしまう。貯蔵時のエネルギーロスに比べて、変換時のロスは大きい。
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利用形態別に効率を比較すると、「再エネ発電製水素による火力発電」は当初の約半分のエネルギーに
資料:TEPCO
さらに、工場のボイラーのように高温を発生させるために水素を用いるのは効率的だが、例えば住宅の暖房や給湯のように100℃未満に温めるような場合だと、電気を用いた方がいいのだという。
矢田部氏は、この電気と水素の関係を「適材適所」と表現する。
「電気はエネルギー効率が良くても長期間ためておくのは苦手。水素は逆に、エネルギー効率としては良くなくても、長期間大量にためておくことができます。電気と水素は対立関係ではないのです」(矢田部氏)
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「電気と水素は共存する」と矢田部氏
矢田部氏たちが思い描いているのは、電気と水素が共存してお互いの長所を活かし、その結果カーボンニュートラルを実現できる社会だ。それは電気だけでも、あるいは水素だけでも実現できないものである。
もちろん、課題も少なくない。プロジェクト「H2-YES」で設置予定の水電解装置や水素ボイラーのコストはまだ割高だ。これから関連設備を大幅にコストカットしていかなければ社会に受け入れられることはなく、絵に描いた餅で終わってしまう。
本当に実現できるかどうかはまだ分からない。矢田部氏は、それでも今やらなければならないという。
「正直に言えば、新しい技術というのは一種の賭けのようなところがあり、海の物とも山の物ともつかないということもあります。ただ、それでも今やっておかないと、5年後には間に合わなくなっているかもしれないのです」(矢田部氏)
CO2の排出をどのようにして減らし、地球温暖化に歯止めをかけるか。まだ、日本だけでなく、全世界が知恵を絞って答えを探しているところだ。今後プロジェクト「H2-YES」がその答えの一つになり、「2050年カーボンニュートラル」の実現を後押ししていくことに期待したい。
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text:仁井慎治(エイトワークス) photo:内田龍
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