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2024.3.13
EMIRAビジコン最優秀賞!「通院に特化した相乗りタクシー配車サービス」とは?
安価で手軽な通院手段を用意して、CO2排出と高齢ドライバーの交通事故を減らす
今回で5回目の開催となった、EMIRAと早稲田大学パワー・エネルギー・プロフェッショナル育成プログラム(以下、PEP)による「EMIRAビジコン2024 エネルギー・インカレ」。栄えあるEMIRA最優秀賞に輝いたビジネスアイデアは、自家用車からの二酸化炭素(CO2)排出と高齢ドライバーの交通事故を一度に削減できる通院用相乗りタクシー配車サービスだ。「モビリティ×エネルギー」というテーマに、どのようにアプローチしたのか。受賞した東京大学 工学部の学生チーム「ひかり」に話を聞いた。
自動車からのCO2排出と高齢者ドライバーの交通事故に着目
今回のテーマは「モビリティ×エネルギー」。2023年5月に新型コロナウイルス感染症の位置付けが5類に変わり、それまで約3年にわたって続いた行動の制限がなくなったことで、移動することの「ワクワク感」「ドキドキ感」が改めて見直されつつある中で設定されたテーマだ。
自由に行動する楽しさを味わいながら、結果的にCO2の排出も削減されていくのが今後の理想的な社会。移動する喜びとCO2排出削減をどのように両立していくのかが問われるこのテーマに、全国の学生たちが真っ向から取り組んだ。
その結果集まった142のビジネスアイデアの中から頂点に立ったのは、東京大学 工学部の学生2人によるチーム「ひかり」。高齢者をターゲットにした、手軽で安価な通院用相乗りタクシーの配車サービス「トピタル(Taxi of Hospital)」というビジネスアイデアだ。
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最終審査で「トピタル」についてのプレゼンテーションを行う「ひかり」の2人
国内における1人当たりのCO2排出量の割合の中で、自動車からのCO2排出が約25%にも上ることと、免許を返納していない高齢ドライバーによる交通死亡事故が依然として多いという2つの課題に着目。これらを同時に解決するために考え出したのが「トピタル」だった。
「トピタル」では、医療機関に通院する高齢者から電話で次回通院時の予約を受け付け、同じ日時に通院する複数の高齢者をマッチング。提携する既存のタクシー業者に「トピタル」から予約を入れ、利用者にそれぞれの送迎時間を連絡する。利用当日になれば、予約していたタクシーが各利用者の自宅まで迎えに来てくれるので、自宅から医療機関まで相乗り乗車でき、帰宅時も同様に事前予約が可能。タクシーより安く、バスや電車より便利、電話一本で利用できる手軽さが魅力だ。
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「トピタル」のビジネスモデル。同じ病気の悩みを持つ利用者たちに移動の過程で新しいコミュニティを形成する狙いもある
75歳以上の高齢ドライバーは、通院目的で運転しているという人も多い。「トピタル」はそのような高齢者を減らすことで交通死亡事故も削減することができる。また、運転しなくなった高齢者の一部は免許返納を行うことが考えられるので自家用車の削減にもつながり、CO2排出削減にも寄与できる。
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「トピタル」を利用した際のイメージ。既存のタクシーを個別に利用するより、安く済むことが分かる
これだけでも十分「モビリティ×エネルギー」のテーマに沿っているが、アイデアはまだ尽きない。ターゲットが高齢者のため、スマホアプリの操作が苦手な人が多い。そのために、集客には医療機関内に「トピタル」の広告を表示するデジタルサイネージを設置することを考案。
これにより、設置する医療機関に広告費を支払うことで医療機関側のメリットにもなり、「トピタル」としても通院する高齢者たちに広くサービスを知ってもらうことができる。さらにはアイドルタイムのタクシーに新たな顧客をつなげることもできると、「三方よし」の優れたアイデアも盛り込まれている。
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集客は医療機関に広告費を支払って設置するデジタルサイネージによって行う
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利用者、タクシー業者、医療機関それぞれが納得いくだけのメリットを生み出すことに苦心した
今後の拡張性も、「トピタル」が評価された大きな理由だ。事業が広がっていけば、EV(電気自動車)の導入も視野に入れているため、もし災害に見舞われた際には「トピタル」のEVタクシーを医療機関の非常電源としても利用できる。これは医療機関側としては大きなメリットになる。
また、通院だけではなく、通塾の送迎にも「トピタル」の仕組みは流用できるため、塾通いの子どもの送迎に苦労している親の助けになる。当然、塾の送迎で自家用車を使う家庭も多いので、乗り合いのEVタクシーを利用できればCO2排出削減も実現する。
高齢者の通院だけでも完結するビジネスアイデアだが、そこにEVの導入、災害時のレジリエンス強化、通塾への転用など“これでもか”とアイデアを盛り込んだ発想力が高い評価を受け、EMIRA最優秀賞の受賞に結び付いた。
1週間という短い準備期間で結果を出せたのはなぜ!?
EMIRA最優秀賞を受賞した「ひかり」は、東京大学 工学部 システム創成学科3年生の西村理季(としき)さんと谷口尚紀さんの2人によるチーム。
2人は同じ学科で学ぶ同級生というだけではなく、同じサークルで活動を続けてきた友人同士。これまでもいろいろなビジネスコンテストに参加してきたのかと思いきや、応募するのは今回が初めてで、しかも応募を決めたのは締め切りの1週間前のことだったという。
「校内にいつもは見ない古い掲示板があるんですが、ある日珍しく目を向けてみると、たまたま今回のビジコンのポスターが張られていて。締め切りまで1週間しかなかったのですが、谷口君は電力システムを専攻しようとしていてエネルギーには詳しいし、僕も電気は好きな分野。急げば間に合うと思って、参加を決めました」(西村さん)
「前々からビジコンには参加してみたいと思っていたのですが、しっくりくるテーマがなくて。そんなときに、西村君がいいものを見つけてきてくれたんです。EMIRAのビジコンは、電力業界に興味のある僕にぴったりでした」(谷口さん)
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(写真左から)「ひかり」の西村さんと谷口さん
2人がまず手掛けたのは、「モビリティ」にはどんな課題があるのかを洗い出すこと。思い付く移動手段を挙げていくだけでも、自動車に飛行機、船舶、鉄道、バス、自転車、電動キックボードと多種多様。それぞれの課題も洗い出し、解決への道筋が見えているものを消していって、残ったのが「自動車からのCO2排出」という課題だった。
では、なぜ「自動車からのCO2排出」と「高齢ドライバーによる交通事故」の問題を組み合わせることに思い至ったのか。そこには、西村さんの個人的な体験が影響していた。
「実は昨年の春ごろから月に1度、父を通院のために車で送迎しているんです。父も母も既に免許を返納していて、家族で車を運転できるのが僕しかいないんです。自宅は東京の郊外なのですが、病院まで車で1時間ほどかかるので結構大変で」(西村さん)
この個人的体験から、高齢者向けの通院用相乗りタクシーへの需要があることに気付き、今回のビジネスアイデアへと発展させていったのだそう。
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父親を月1度、通院のため車で送迎していた体験をビジネスアイデアに落とし込んだ西村さん
今回高い評価を受けたEVの導入やそれによる災害時の医療機関のレジリエンス強化、通塾用相乗りタクシーへの展開にも、お互いのこれまでの経験や学びが生かされている。
「EVを最初から導入するのは費用的に難しいとは思っていたのですが、どこかで導入することは前提でビジネスアイデアを考えていました。そのときにふと思ったのが、医療機関側のメリットがやや少ないな、ということ。せっかくEVを使うのなら、災害時のレジリエンスにも生かせれば、医療機関側としても『トピタル』にもっと積極的になってくれると考えました」(谷口さん)
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EVを導入して、災害時における医療機関のレジリエンス強化をアイデアに盛り込んだのは谷口さんの発想
締め切りまで時間がない中で、すぐに災害時のレジリエンス強化という発想が出てきたのは、普段からの電力システムへの学びの成果のたまものだ。一方、通塾向けのサービスは、西村さんの体験が基になっている。
「僕は小学3年生の頃から中学受験のために通塾していたのですが、子どもたちは基本的に親に車や自転車で塾まで送り迎えしてもらっていました。『トピタル』の仕組みを流用すれば、子どもを通塾させる親たちを少しでも楽にさせられるんじゃないかと思ったんです。僕の母も、塾への送迎が大変そうだったので」(西村さん)
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「通院」と「通塾」の利用者の共通点をピックアップすることで、「トピタル」の仕組みが他分野にも流用できる可能性を示した
応募までの準備期間こそ短かったものの、2人がこれまでの人生で得た学びや問題意識が存分に生かされたビジネスアイデアだと言えるだろう。
今回見事EMIRA最優秀賞を勝ち取った「ひかり」の2人だが、手放しに喜んではいない。
「最終審査を見ていると自分の専門分野を生かしたアイデアを発表しているチームもありました。他のチームと比べて、負けたと感じる部分はたくさんあります」(西村さん)
「『自分たちにしかできないこと』にこだわりたかったんですが、今回その答えは結局出せませんでした。自分たちにしかできないことというのは、自分たちの技術を使って作ったものだと思うので」(谷口さん)
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最終審査のプレゼンテーション後、結果発表までの間に他チームとの意見交換を行ったことも、刺激になった
2人は今、3年生。研究室に入ってそれぞれの専門分野を学ぶのはこれからだ。西村さんは街づくりを、谷口さんは電力システムを専攻する予定にしている。専門分野を学びつつ、今回のアイデアをさらに磨き上げ起業するという未来はあるのだろうか。
「電力システムの知識を生かして分散型社会の拡大に貢献して、地方を活気づけていきたいですね。この先、大学院へ進学することは決めているのですが、そうなると少し時間の余裕も生まれます。そうなれば、今回のアイデアをブラッシュアップして将来的に起業することは視野に入れていきたいです。そのときに、西村君が横にいてくれると心強いですね」(谷口さん)
既に将来の展望を描いている谷口さんとは異なり、西村さんはまだ将来を決めかねているようだ。
「今回のアイデアが評価されれば起業も考えたいとは思っていたのですが、実は子どものころからの夢は政治家になること。地元の市長になって、自分の街を良くしたいと思っていました。そのために選挙のボランティアなんかも経験しています。ただ、大学院に進んで国家公務員の試験を受けて官僚になり、その後政治家を目指すのもいいなと思いますし、このまま就職活動をして街づくりができるデベロッパーに入るのでもいいし、起業するのもいいなあ、と。まだ正直迷っています」(西村さん)
では、2人で起業するという道はないのだろうか。この問いについては、2人は「可能性はある」と口をそろえる。
「もし大学院に進めば時間的な余裕ができるので、今回のアイデアで起業するというのも現実的になりますね」(西村さん)
「もし起業することになれば、プログラミングが得意な同級生もメンバーに加えて『トピタル』の乗り合いルートを最適化するなど、より細かい部分を詰めていきたいですね」(谷口さん)
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「お互い大学院に進めば、起業することも。その可能性は40%くらいでしょうか」と、顔を見合わせ笑う西村さんと谷口さん
2人の将来は、まだまっさらな白地図。今後どのようなルートを描いていくのかは西村さん、谷口さん次第。だが、進むその先には無限の可能性が広がっている。
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text:仁井慎治(エイトワークス) photo:野口岳彦
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