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2018.7.18
世界と戦うために! 女子サッカー監督が掲げる「日本人らしい」チーム作り
女子サッカー監督 高倉麻子【前編】
現役時代はトッププレイヤーとして日本の女子サッカー黎明期を牽引した高倉麻子氏。引退後は指導者の道に入り、2014年にはU-17世代を世界一に導くなど輝かしい実績を残してきた。現在は初の女性監督としてA代表を指揮している。不撓(ふとう)不屈エネルギーで女子サッカーの未来を切り拓き続ける高倉氏のチームマネジメント術に迫った。
選手が課題に気付くきっかけを作る
どんな質問にも丁寧に答えてくれる上、時折ユーモアも織り交ぜて取材班を和ませる。インタビュー取材に対応する高倉麻子氏に威圧感は全くない。いわゆる“鬼監督”とは真逆の存在感であり、実際に普段から選手たちを「怒る」ことはめったにないという。
「あまり感情的に怒ることはないですね。選手と話すときは、監督対選手である以前に、人間対人間の立場でフラットに話すことを心掛けています。例えば、調子を落としている選手がいたら、性格やプレースタイルを念頭に置きながら『自分では何が原因だと思う?』と聞いてみます。一方的に叱咤激励するのではなく、地道に対話を積み重ねていかないと本当の信頼関係が築けないですから。とはいえ、練習中に選手が怠慢なプレーを見せたら怒鳴りつけますよ。『帰れー!!』って(笑)」
集まれる時間が限られたチームを率いる場合、向上させるべきものは練習の質。そのためには監督と選手が密にコミュニケーションをとることが大切なのだ。ゆえに「シュートを練習しろ」「もっと守備をがんばれ」などと、頭ごなしに指示を出すことはしない。10代が集まる育成年代を指導していたころから、「教える」のではなく「気付かせる」のが高倉氏の基本的なスタイルだ。
「指導者が『こうしなさい』と言ってしまえば簡単ですが、それでは本当の判断力は身に付きません。言われたことだけやっていても、うまくならないのです。それは、育成年代を指導していたときから選手たちに伝えていました。具体的に手取り足取り教えれば、その練習の中ではできるようになっても、再び同じような状況になったときに同じミスをしてしまうものです。これは今でも変わらず、選手が自分自身で課題に気付くきっかけを与えられるような状況をつくることを意識しています」
アメリカや北朝鮮など、大事な大会の前は国内リーグの期間を短縮して、メンバーの招集、チームの強化を優先するライバル国もある中で、日本は国内リーグが整備されており、選手はリーグ戦をベースに日々活動しているため、短期間でチーム力を上げていかなければならない。
「準備期間はとても短いです。ですが、その中でもやれることはある。選手たちが同じ方向を向き、自分の所属するチームに帰ってからも自らの課題と向き合い、少しでも自らレベルを上げる努力をする必要があります。そのためには真剣勝負で戦う一つ一つの試合が大事であり、特に国際舞台で得られる経験は選手を大きく成長させます。厳しい試合に勝つ、優勝することで、チームが一気にまとまっていくのです」
練習の密度を上げるための秘策は「レポート提出」
国際舞台での経験が重要とはいえ、単純に試合数を増やすだけではチームは強くならない。勝っても負けても、選手たちがそれぞれの課題に気付けるように、高倉氏は「レポート提出」を求めることがある。
「時間に余裕があるときなどは、選手が自己評価する機会を設けることがあります。まずはポジション別にグループワークをさせて、克服すべき課題をリストアップさせました。結果、それぞれがしっかりと改善点を示してくれました。次の段階では、挙げられた課題に対して、個々の選手が『自分はどこまでできていると思うか』を評価させる。自分の課題を客観的な言葉にできれば練習にも集中して取り組めるようになりますし、私たち指導者が感じている選手の課題と本人が感じている課題にズレがないかも確認できます。そうやって、限られた時間の中で練習の密度を上げる工夫をすることを常に心掛けています」
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選手が挙げた自分の課題と、高倉氏らコーチ陣が個々の選手に見いだしていた課題は、ほぼ合致していたそう。それだけでも指導者としてのスキルの高さを感じさせる
多人数を率いるサッカーにおいて、一人一人の選手とじっくりと話す時間はなかなか作れないが、レポートを読むことで選手の考えを知ることができる。また、サッカーを客観的に捉えて「考えていることを言葉で伝える」スキルも養われるなど、メリットは多い。
そして、レポート提出は実は高倉氏も監督として行っている作業だ。国際試合の後などに、内部で共有するための報告書を作成しているという。
「どんな目的を持って試合に挑み、今後はどんなビジョンを持っているかなど、細かく書き出しています。なかなか大変な作業ですが、やはり全ての関係者が同じ方向を向いてエネルギーを注いでいかないと組織は強くならないと思います」
レポートは育成年代を指導するスタッフからも提出されることがあり、それぞれが課題を話し合う中で有望選手の情報が共有されることもある。年代を問わず各カテゴリーがつながることで、今後は日本全体のレベルが底上げされていくことも期待できそうだ。
「すでに2年以上書いてますね。これまで積み重ねた報告書は、私の日記のようなもの。いつか一冊にまとめて出版すれば、女子の歴史を振り返ることができると思います」
クリスティアーノ・ロナウドみたいな選手はいらない
今後、世界の強豪国を相手に、日本はどんなサッカーで戦っていくのか? 高倉氏が目指す理想のサッカースタイルやチーム像を聞いてみた。
「サッカーは攻守一体のスポーツですし、戦い方は、その時々でそろえられる選手や相手によって変わってくるものです。だから戦術を聞かれても答えにくいのですが、私が理想とするのはどんな状況でも『負けないチーム』です。その前提があって、日本人プレーヤーの良さを引き出しながら、『日本人らしい戦い』を突き詰めていかないといけないと思っています」
日本人選手のストロングポイントは、勤勉で、戦術理解が高く、規律を守って「フォア・ザ・チーム」を貫くことだという。すなわち、圧倒的な実力を持つ個人に頼るのではなく、試合に出場する11人全員が攻撃にも守備にも奮闘する“全員サッカー”こそ、日本人らしい戦い方なのである。選手選考も、そんなビジョンをベースにして行われている様子だ。
「例えばリオネル・メッシや、クリスティアーノ・ロナウドのように個が突出した選手がいるなら 、その選手をベースにした戦い方も考えることができますが…。日本ではそこまでの選手は、男女共に中々現れていません。今は、テクニックや持久力がありながら、チームが目指すサッカーを理解するクレバーさや、チームのために戦える献身性などを重視し、チームとして戦うことがベースとなります。例えば、クロアチア代表のルカ・モドリッチのような万能型の選手がたくさんいるチームは強くなりますね」
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選手としては日本の女子サッカーの黎明期を支え、指導者としてはAFC(アジアサッカー連盟)女子年間最優秀監督を5回受賞するなど世界的に評価が高い高倉麻子氏
極めてハイレベルな選手名が挙げられものの、日本女子サッカー界にも次世代エースが台頭してきているのは事実。かつて頂点を極めたベテランも健在だ。
「女子サッカー界には、若手にもベテランにもスター性を備えた選手はいますし、特に攻撃的なポジションには強い個性を持った選手たちがそろっていると思います。それでも、世界で勝てる保証はありません。今はしっかりと基盤を作りながら、真剣勝負の舞台に合わせて選手個々の状態をピークに持っていけるようにすることが目標。目の前のことを一つ一つ解決しながら、チームのエネルギーを底上げしていきたいです」
突出した個の力だけで勝てるほどサッカーの世界は甘くない。個々の選手が持つエネルギーを集約、増幅して、チームの強化を図る。確固たるビジョンと入念な準備こそが、高倉氏が世界と渡り合える理由だろう。
<2018年7月19日(木)配信の【後編】に続く>
女子サッカー界のパイオニアが実践する「自主性を育てる」メソッドとは?
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text:浅原 聡 photo:八木竜馬
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