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2018.7.19
女子サッカー界のパイオニアが実践する「自主性を育てる」メソッド
女子サッカー監督 高倉麻子【後編】
選手として、監督として、日本の女子サッカー界を長らくけん引してきた高倉麻子氏。指導者としては、「勝ちたければ私に従え!」的なスパルタ指導は好まず、選手たちの個性を生かした柔軟な指導法を志すという。常に勝利を期待される重責をはねのけながら、前に進むためのエネルギーとは何か。監督・高倉麻子を作り上げた原点に迫る。
コーチは馬車、道を歩むのは選手自身
15歳で日本女子代表に初選出され、国際Aマッチに79試合出場して30得点。選手時代から、女子サッカー界のパイオニアとして活躍していた高倉麻子氏。2013年以降、監督として活動を開始し、数々の輝かしい実績を上げている。
前編では、来るべきW杯に向けたビジョンや、選手自身に「気付かせる」ことを重んじる指導法について語ってもらった。
※【前編】の記事はこちら
「この練習をしなさい」「この技術を磨きなさい」と、型にはめるような指示を出して選手を管理するタイプではない。それは、高倉氏自身が現役時代から「自分で考える」ことで道を切り開いてきたからだ。
「バレーボールやバスケットボールに比べると、女子サッカーは歴史が浅いスポーツです。私がサッカーを始めたころは、学校に部活動はなかったし、女子に対する指導法も確立されていなかった。ほとんどの選手がクラブチームで男子に交ざって練習をして、上達する練習法や、女子サッカーの環境を良くするための手段を自分たちで模索していました。私は、そういった“自主性”が強い選手を作ることが大事だと思っています」
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高倉氏が小学生時代、周りにサッカーをやっている女子は皆無。それでも続けられたのは、「好きなことを自由にやりなさい」という親の後押しもあったのだとか
「自分たちでやらなければならない」という心構えは、今の選手たちにも受け継がれているという。当然、監督としてチーム全体の方向や規律は示し、壁に直面している選手にアドバイスを提供する。ただ、最終的には「監督なんていなくてもいい」と思えるほど自立した選手を育てるのが高倉氏の理想だ。
「型にはめた指導で伸びる選手もいる一方で、そこから抜け出せなくなって伸び悩む選手もいます。だから私は、選手は自分で育っていかなければならないと思っているのです。もちろん、選手が成長できるようにレールは敷きますし、何とか試合で勝てるように知恵は絞ります。ただ、そこから可能性を広げていくのは選手自身。そういうふうに思いながら、いつも選手には接しています」
ビジネスの世界でも、短期的な結果を求めるなら部下に細かく指示を与えて仕事を「やらせる」方が効率が良い。しかし、その結果「指示待ち人間」を量産してしまう可能性もある。時間がかかっても、部下が自分で課題を解決していけるように導くのがリーダーのあるべき姿だ。
「現役時代に考える能力を鍛えておかないと、引退してから『これから何をすればいいか教えてください』という困ったことを言い出しかねない。そんなん、知るかと(笑)。英語で指導者を意味する『コーチ(Coach)』には、『馬車』という意味もあるそうです。だから私は自分のことを誘導係だと思っていて、選手たちをある地点からある地点に連れていくことはできますが、そこから先のサッカー人生は自分で歩んでいくもの。試合に勝つだけじゃなくて、それぞれが自分なりのキャリアを積んでいけるように誘導できたら本望です」
世界一に向かう原動力はサッカーへの愛情
高倉氏は、人生を通して先駆者だった。小学生時代に男子に交じってサッカーを始め、中学生時代には日本初の女子サッカークラブチームに入部。以降、現役時代の戦績から監督としての戦歴に至るまで、日本女子サッカー界の進歩に大きく貢献している。
何をエネルギーにして、道なき道を歩んでいるのか? そんな質問を投げかけてみると、非常にシンプルな回答が返ってきた。
「『サッカーが好き』なんでしょうね。中学生のときは、地元の福島から電車で3時間かけて東京のクラブチームに通っていました。『あのエネルギーは何だったんだろう?』と、自分でも不思議に思うことがありますが、とにかく私は昔からサッカーが好きなだけなんです。時間があるときにママさんサッカーチームの指導をさせてもらっているのですが、たまに選手として試合形式の練習に交じることがあるんです。勝敗とか指示とか、全く考えないこの瞬間がもう、すごい楽しくて! やっぱり、サッカーをプレーするのが本当に好きなんですよ(笑)」
余談だが、高倉氏(1968年4月生まれ)と“キング・カズ”こと三浦知良選手(1967年2月生まれ)は同世代。2人の人生を見れば、共にサッカー界のパイオニアであり、日本屈指のサッカー好きなのは間違いなさそうだ。
「もともと指導者を志していたわけではなく、むしろ現役時代は監督になりたくないと思っていました。私自身が我の強い選手だったし、監督になったら『あいつ分かってねーよ』とか言われそうじゃないですか(笑)。実際にチーム作りは予定通りに物事が進まないのが当たり前ですし、『楽しい』と感じる瞬間は少ないです。ただ、サッカーが好きですし、自分の後輩でもある選手たちが一生懸命戦っている姿と、試合に勝ったときの笑顔を見るのは最高です。その瞬間は、本当に監督になって良かったと思います」
サッカーへの愛情だけでなく、幼いころからの「負けず嫌い」の一面も、“世界一”を目指すための原動力になっている。
「監督を引き受けたからには、絶対負けたくありません。私が世界一になれると本気で思っていないと、選手たちも自信が持てないですし。一度世界一を取ったことで、ファンの皆さんからは圧倒的な勝利を期待されていますが、決して簡単なことではありません。かつての日本代表チームも、泥臭く戦って勝利をつかむことができました。まだまだ課題は多いですが、死に物狂いで戦う覚悟を持っています」
歴史小説に没頭してエネルギーを補給
世界一を期待される立場になれば、誰しも仕事のことで頭がいっぱいになってしまうはず。高倉氏はどうやってオンとオフを切り替えているのだろうか。
「一番の気晴らしは晩酌です(笑)。深酒はしませんが、やっぱり家族や気の合う仲間と集まって食事をするだけでリフレッシュできますよね。サッカーと全く関係ない業界で働く人に会うことも大事にしています。チームをマネジメントするための意外なヒントを得られることも多いので。……というように、気晴らしをしていても、結局サッカーのことを考えてしまうんですよね」
実は、ベストな気分転換はまだまだ模索中。時間が空くとサッカーのことを考えて気疲れしてしまうため、体調管理も兼ねてランニングをしたり、人と会う予定をたくさん入れたりと、気分転換をするために必死になって結果的には疲れてしまうことも。「本末転倒なんですよ!」と、笑顔を見せる高倉氏。この気取らない人柄も、選手たちから支持される魅力である。
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どのような話題を聞いても、笑顔で語る姿が印象に残る。その快活さもチームを率いる上で重要な要素になるのだろう
「サッカー以外の趣味は、本を読むこと。物語に没頭することで、リフレッシュできるんですよ。歴史小説にハマっていて、最近は池波正太郎の作品ばかりを読んでいます。『剣客商売』(新潮社)を読破したので、次は『仕掛人・藤枝梅安』(講談社)を読む予定です。歴史上の人物でお気に入りを挙げるのは難しいですが、明治維新のころに活躍した偉人たちは全員好きですね。激動の時代を切り開いていった人たちって、やっぱりかっこいいじゃないですか。幕末に女子の話が少ないのが寂しいですが(笑)」
人一倍のエネルギーで人生を切り開いてきた高倉氏も、すでに偉人である。いずれ“朝ドラ”の題材として彼女の人生がクローズアップされても不思議ではないだろう。
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text:浅原 聡 photo:八木竜馬
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