2021.4.21
海洋観測フロートのエネルギー問題を解決! 深海からの浮上で自家発電する新技術の実用化目前
国際プロジェクトへの搭載なるか? クリーンエネルギーで世界の海を観測へ
陸地の約2.5倍という広大な面積を持ち、将来的には再生可能エネルギーの主戦場と見込まれる海。日本でも2019年に「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律」が施行され、洋上風力発電の本格運用への期待が高まっている。そしてまた、海から得られるデータは膨大であり、それらを地球温暖化対策や気象予測などに役立てるには継続的な観測が必要で、運用するためのエネルギー確保も課題の一つだ。そこで、観測機器への搭載を目指した画期的な発電方法の研究が進められているという。将来的に海洋ゴミの削減にもつながる新たな取り組みを紹介する。
慢性的な海洋ゴミの削減を目指して
日米をはじめとする関係諸国、世界気象機関(WMO)、ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)などが協力して行っている「アルゴ計画」というものをご存じだろうか──。
3000個を超える海洋観測機器(以下、フロート)を世界中の海に展開し、水温や塩分濃度などを常時監視・把握するための国際的なプロジェクトのことだ。
通常、フロートは水深1000m付近を漂流しており、10日に1度ほど2000mまで下降。その後、海面まで上昇しながらデータを収集し、衛星を通じて陸上と通信を行っている。
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モーターやポンプを使って機器最下部に設置された油室へオイルを出し入れし、フロートの体積を変化させることで沈降や浮上する仕組み
出典:(C)JAMSTEC
地球温暖化対策や海の気象予測などに役立てられているアルゴ計画。今後も継続して行うことが決まっているが、長年にわたって解決できていない課題がある。
それが、フロートの寿命だ。
機器内部のリチウムイオン電池が4~6年で切れてしまうことが主な原因とされる。であれば、電池を交換して再利用すればいいのではと安易に考えがちだが、フロートの回収には膨大なコストがかかる。そのため、そのまま海洋ゴミとして処理されているのだという。
現状では、年間約800本の新たなフロートを導入することで継続的な観測を行っているものの、その費用は1機約200万円とこれもまた安いものではない。
この問題を解決に導くかもしれないアイデアが、海水の温度差によって電力を得る研究だ。
エネルギー源は海水温の違い
ここでいう海水の温度差とは、季節ではなく水深によって変動する温度差のこと。
海は深さ0~200mの表層とそれ以深の深海に区分されており、地域や深さによって海水温が異なっている。
例えば、太陽光や海流の影響を受けやすい表層の海水温は、緯度によって非常に差が大きい。高緯度地域は年間を通して2℃程度だが、赤道直下の海域では30℃に及ぶ場合もある。
一方、水深が200mを超えると太陽光がほとんど届かなくなるため、緯度による海水温の差異が減少。深度を増すごとに、差異は小さくなっていく。
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日本近海の水深50m(上)と400m(下)における同日の海水温の計測結果。高緯度だと水深による水温の変化が小さく、低緯度だと大きいことが分かる
出典:気象庁
そして、水深2000m地点になると、緯度にかかわらず海水温は2℃程度に安定する。
つまり、高緯度エリア以外では海の深さによって最大20℃を超える海水温の変動が生まれることになり、その温度差を利用してエネルギーを得ようという算段だ。
仮に、この技術をフロートに搭載できれば半永久的に駆動できるため、海洋ゴミや費用の削減につながるのは間違いないといえる。
ワックスの相変化で発電する仕組み
このアイデアの研究を進めるのは、アメリカに本社を構えるSeatrec(シートレック)。NASA出身の創業者が2016年に立ち上げたスタートアップ企業だ。
Seatrecが開発しているのは、SL1と呼ばれる海洋発電機。H149×W15.3(cm)、重さ約25kgの円筒形をしており、フロートに取り付けての使用を想定している。
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SL1の作動実験。中央に見えるのがフロートで、両脇にSL1が取り付けられている
筒の中には、周囲の海水温に応じて固体と液体に相変化する特殊配合ワックスが充てんされており、これこそが発電のカギとなる。
フロートと共に深海に沈められたSL1内のワックスは、海水温の低下に伴って凝固。浮上時は海水温が上昇し液体に戻っていくのだが、その過程で生じる体積の増加によってチューブ内の圧力が上昇する。
この圧力により発電機内部を作動油が勢いよく流れて電気を生み出す仕組みだ。
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加温段階 (右) では、ワックスが固体から液体に相変化。膨張して圧力を発生させ、作動油を発電機に通して電気エネルギーを発生させる。冷却段階 (左) では、ワックスが凝固し収縮する
基本的な設定では10℃以下でワックスが凝固、10℃以上で融解するが、反応温度はワックスの調合を変えることで-10~+20℃間で調整可能。
1個あたりの発電量は約8kJと大きくないものの、フロートに搭載されている低電力型センサーを動かすには十分な量だという。より大きな電力を要するケースでは、複数を連結して使用したり、機器の大型化による対応を想定しているとのこと。
現在は水深1000mまでの実験が完了しており、今後は2000mに向けたテストを実施していく予定になっている。
また、高緯度エリアでは水深による海水温の変化が小さくこのシステムが使えないため、海水温(約2℃)と地上温度(約-20℃)の差を生かした発電方法についても並行して研究開発を進めているという。
地球環境により優しいサステイナブルな計測機誕生の日は近い。
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text:佐藤和紀