2021.6.4
植物を上回る人工光合成技術! トヨタ系研究所が世界最高水準の高効率を達成
さらなる大型化にも期待できる新たなセル構造
4月22日、2030年までに二酸化炭素(CO2)排出量を2013年度比で46%削減するという新たな目標値を発表した日本政府。従来の目標値はパリ協定後に国連に提出した26%(同年度比)であり、大幅に上方修正されたことになる。目標達成にはあらゆる分野で技術革新が必要となるが、その中で社会実装されればCO2削減に大きく貢献すると期待されるのが人工光合成だ。今回は世界をリードする日本の人工光合成技術の詳細をお届けする。
使うのは植物と同じく太陽光と水とCO2
現在、私たちが抱えている環境問題やエネルギー問題の解決策の一つとして、地球で暮らす動植物から学ぶべきことは多い。
その一つが、植物が生きるためのエネルギーを得る方法として広く知られる光合成。太陽光を使って、水と二酸化炭素(CO2)から有機物(デンプン)と酸素を作り出す工程は、まさに今求められているクリーンなエネルギーサイクルといえるだろう。
もし、この光合成を人工的に行う手法が確立できれば、持続可能な社会の実現に向けて大きく前進するに違いない。
しかし、当然ながら水とCO2に太陽光を当てるだけで人工的に光合成を起こせるほど、話は単純ではない。かつては水の代わりとなる有機物(犠牲薬)の添加や電気エネルギーなど、何らかの付加的要素がなければ人工光合成は困難とされていた。
そうした中、水とCO2のみを原料に太陽光エネルギーを活用する原理が世界で初めて実証されたのは2011年のこと。
トヨタグループの一社である株式会社 豊田中央研究所(以下、豊田中研)が、(1)水から電子を抽出する酸化反応と、(2)抽出した電子でCO2を還元して有機物(ギ酸)を合成する還元反応という2つの反応を組み合わせた人工光合成技術を開発したのだ。
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2011年当時の人工光合成の概念図。光触媒に太陽光を照射し、水を分解すると同時に電子を励起。その電子でCO2を還元してギ酸などを合成する仕組み
ここで生成されるギ酸は、水素キャリアの一つとして使用を想定。
同じく水素キャリアとして注目されるアンモニアの沸点が摂氏約マイナス33度の常温常圧で気体になってしまうのに比べて、ギ酸の沸点は摂氏約101度と水に近い。さらに常温常圧で液体という性質から扱いやすさの点でギ酸に軍配が上がる。
画期的なこの手法だが、当時は原理の実証段階にあり、太陽光エネルギーの変換効率はわずか0.04%。
これは植物(スイッチグラス)の変換効率の1/5程度の数値にすぎなかった。
その後、豊田中研は2015年に1cm角サイズの人工光合成セルにおいて植物を超える4.6%の変換効率を達成。社会実装に向けて、大きく期待が高まった。
世界最高の変換効率を実現した新たなセル構造
しかし、ここで再び壁が立ちはだかる。
社会実装のためには、人工光合成セルの変換効率を低下させずに、実用サイズに拡張させなければならない。しかし、単純にセルを拡張しただけでは、電極の電気抵抗が大きく、加えてギ酸合成に必要なCO2の供給不足から太陽光エネルギーの変換効率が低下してしまう。
そこで豊田中研は、新たな人工光合成の方式を模索。
今回開発した技術では、人工光合成のプロセスを(1)光を電子に変化する太陽電池、(2)水を電気分解する酸化電極、(3)水素イオンと電子とCO2でギ酸を生み出す還元電極の3つの装置を組み合わせた方式が採用された。
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新たに開発した人工光合成の概念図。太陽電池で電子を高いエネルギーに励起し、その結果、酸化電極が水を酸素と水素イオンに分解。一方、還元電極では水素イオンと電子とCO2が反応し、常温常圧でギ酸を合成する仕組み
新方式に合わせてセル構造は、太陽電池で生成した電子量に合わせてバランスのいいサイズに電極面積を拡張。
同時に、必要な水素イオンや電子、CO2を電極全面に途切れることなく供給し、ギ酸合成を促進する工夫を施したという。
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新たに開発されたセル構造の概念図。ポイントは、酸化電極と還元電極の組を5組並列に接続したこと。太陽光パネルの変換効率は15%、その発電エネルギーの約1/2をギ酸として貯めておくことが可能
その結果、実用太陽電池サイズ(36cm角)のセルを用いた実証実験で、クラス世界最高となる太陽光エネルギー変換率7.2%の数値を達成した。
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実験に用いられた36cm角の人工光合成セル。セルは太陽電池の構成単位の一つで、セルの集合体をモジュール。そして、モジュール複数枚を組み合わせたものが太陽光パネルと呼ばれる
豊田中研によれば今回開発したセル構造はより大きなサイズにも適用可能で、将来的には工場などから排出されるCO2を人工光合成によって再び資源化するシステムの実現を目指していくという。
飛躍的な進展を見せる人工光合成──。
現在、厄介者扱いされているCO2を原料に、人工的にクリーンエネルギーを生成できる時代が間もなく訪れるのかもしれない。
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text:安藤康之