2021.8.13
超巨大電力で魚からアニサキスを撃退! パルスパワーを用いた新たな殺虫装置が完成
熊本大学らの研究グループが、瞬間的に大電流を流すことで品質を保持したまま身の処理を可能に
伝統的に生魚を食してきた日本人──。しかし、近年は魚に寄生するアニサキスによる被害報告が急増し、生魚を食べることに抵抗を持つ人も少なくない。そうした中、電気を使って魚の品質を落とすことなくアニサキスを殺虫するシステムが完成したという。今回は日本の文化と食卓の安全を守る画期的な研究の詳細をお届けする。
日本人の大敵・アニサキスに有効な第3の殺虫方法が完成
梅雨から夏にかけて増える食中毒。その多くが細菌やウイルスに原因があるとされてきたが、近年ではアニサキスによる事例が急増している。
アニサキスとは、アジやサバをはじめとした多くの海産魚に寄生している寄生虫の一種。通常は魚の内臓に寄生しているため、内臓を取り出すなど適切な処理を施せば安全性に問題はない。
しかし、寄生主である魚の死後、魚の体温の上昇によってアニサキスは内臓から筋肉(魚身)へと移動。ヒトが刺し身などで生きたアニサキスを摂取してしまうと、まれにヒトの胃壁や腸壁に刺入(しにゅう/潜り込むこと)し、食中毒を引き起こすのだという。
症状は強い腹痛を伴う劇症型(急性)と、軽症や自覚症状のない緩和型(慢性)が知られているが、呼吸困難や血圧低下などのアレルギー症状を示した場合には命の危険もある。
そんなアニサキスは70度以上の過熱で瞬時に死滅する(もしくは60度で約1分間の過熱でも同様)が、生食用の魚の場合は魚身をマイナス20度で24時間以上冷凍させる方法に限られるのが現状だという。
ところが、冷凍処理では魚身のドリップ流出(解凍時に赤くて透明な液体が染み出てくること)や退色、食感の軟化といった品質劣化を引き起こし、また販売する際は解凍表示が必要になるなど、商品価値が下がってしまうという問題がある。
そのため、水産業界ではこうした課題を解決し、安心して魚を生で食すための新たなアニサキス殺虫方法が求められていた。
そうした中、熊本大学 産業ナノマテリアル研究所の浪平隆男准教授をはじめ、王斗艶准教授や松田樹也技術専門職員、刺し身の加工メーカーである株式会社 ジャパン・シーフーズらの共同研究グループは、パルスパワー技術を活用して瞬間的に魚身に大電流を流し、内部にいるアニサキスの殺虫に成功したことを6月下旬に発表した。
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パルス処理をしたアジの魚身は、未処理の魚身と比べても見た目に大きな違いはなく、品質が保たれていることが分かる
加えて、魚身にアニサキスを入れて殺虫試験を行った結果、アニサキスが全て死滅する条件も判明したという。
ためた電気を巨大電力で放出するパルスパワー
熊本大学ではこれまでにもパルスパワーの産業応用化を推進しており、排ガス処理やオゾン生成、廃水浄化、コンクリート廃棄物の減容化、リチウムイオン電池リサイクル、生体内物質の活性・不活化、殺菌など、幅広い分野への適用を進めてきた。
一方、ジャパン・シーフーズもアニサキス殺虫方法の開発に取り組む中で、パルスパワーの技術に着目。2018年から経済産業省「戦略的基盤技術高度化支援事業(サポイン事業)」の補助を受けて、パルテック電子株式会社、福岡県工業技術センター生物食品研究所と共同で、パルスパワーを用いたアニサキス殺虫装置の開発にチャレンジしていた。
そんな両者が完成させた新たな殺虫装置の核となるパルスパワーとは、200V(もしくは100V)の電源から電気エネルギーをいったんコンデンサーへ蓄積し、これらをマイクロ~ナノ秒レベルで取り出すことで得られる瞬間的超巨大電力のこと。
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パルス処理の模式図(左)とパルス処理により死滅したアニサキス(右)。パルス大電流を流すことで死滅した魚身中のアニサキスは白濁している
この大電流による殺虫装置を使った実験では、アニサキスの完全な死滅と通常のチルドに近い魚身の品質が保たれることが確認されたという。
現在はジャパン・シーフーズ工場で使用するアニサキス殺虫装置のプロトタイプ機を作製・設置した段階で、今秋にも実際に処理した生食用刺身のサンプル出荷を予定しているという。
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アニサキス殺虫装置のプロトタイプ機(左)と処理槽に魚身を入れた状態(右)。プロトタイプ機は冷塩水生成装置、パルス電源、処理槽からなり、処理槽に魚身を入れてアニサキスの処理を行う
早期実用化に期待したいところだが、共同研究グループによればコスト面でまだ改善の余地があり、より低コスト、省エネルギーで殺虫処理できる条件を検証し、大量処理可能な装置開発を目指すとしている。
今回誕生した冷凍や加熱に頼らないアニサキスを殺虫する世界初の新技術。
そう遠くない未来に、アニサキス殺虫の中心技術となって新鮮で安全な魚が私たち消費者の元へと届くに違いない。
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text:安藤康之