2018.8.22
人気漫画にも登場する“重力部屋”!その効果を中部大学が実験・検証した
地上の重力を上回る過重力環境では運動学習能力が向上する
漫画やアニメでよく描かれる過酷なトレーニングシーン。主人公が強くなる過程において定番ともいえるが、現実世界で行った場合は果たして実際に同様の効果を得ることはできるのだろうか──。この疑問を解き明かすべく、中部大学が行った面白い実験の詳細をご紹介する。
重力が増すと運動効果も比例して増加する?
中部大学工学部ロボット理工学科の平田豊教授らの研究グループは、「地上の重力(1G)を上回る過重力の状態では、人の運動学習能力が高まる」ことを実験で確認したと、7月23日に発表した。
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(C)NASTAR CENTER
一般的な日常環境よりも厳しい状況でトレーニングを行うことにより、短期間で身体能力を高める方法は実際に行われている。
代表的なものが、マラソン選手が一般に行う高地トレーニング。これは酸素濃度が薄く、体内に酸素を取り込みにくい高地の環境に応じて、体内の赤血球やヘモグロビン濃度を増加させる人間の適応能力を生かして、パフォーマンスの向上を狙っているものだ。
今回、同研究グループではこの非日常環境を大胆にアップデート。人気漫画『ドラゴンボール』にも登場する地球の重力とは異なる「重力室」でのトレーニング効果の実証に挑戦した。
なお、同作では主に戦闘能力を高めるための修業の場として、地球と重力が異なる場でのトレーニングシーンが描かれている。
だが、そこはもちろん漫画の世界。その規模も効果も桁違いなのである。
例えば、主人公の孫悟空は強大な敵に立ち向かうため、重力を100倍にまで高められる装置を設置した宇宙船でトレーニングを行っている。
重力が100倍、つまり1Gが100Gになるとどのような変化が起こるのかといえば、あらゆるものの重さが100倍になり、落下スピードは10倍になる。また、10cmジャンプするのにも100倍のエネルギーが必要だ。仮にこのような状況に体が適応できた場合、反応速度は10倍、筋力やジャンプ力は実に100倍に高まると考えられる。
※重力100倍での修業も!あのキャラたちがしていた特訓の効果を考察した空想未来研究所の記事はこちら
さすがにここまでの状況は、肉体に与えるダメージも考慮すると非現実的と言わざるを得ない。しかし、もう少し現実的な数値の「重力室」におけるトレーニングであれば、身体能力を高める効果が期待できるのではないだろうか。
明るさで重力の代替ができる?
同研究グループが行った実験では、遠心力を利用して通常の重力から+1Gとなる2Gの重力加速度を体軸方向に付加できる過重力付加装置を採用。
その中で、視界が左にずれるプリズムゴーグルを装着して、正確に指標(タッチパネル上の赤い円)を指差す試験(プリズム適応実験)・特訓が行われた。
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ヒトで行われた過重力実験環境の概要図。実験では、各被験者が1Gと2G環境での実験をランダムな順番で複数回繰り返し、各環境下での平均特性を比較した
この手法においては、光を屈折・分散させるプリズムの効果により、当初、指差し位置は指標の左側にそれていた。しかし、何度か繰り返すうちに脳が環境に適応し、正確な位置を差せるようになった。つまり、通常の状態と「重力室」の適応までにかかる回数を比較し、運動学習能力に違いが生じるかを見定めるのが実験の狙いなのである。
その結果、1Gでは正確な位置を示すまでに約60回かかったのに対し、2Gでは約20回まで短縮され「重力室」の有効性が確認できた。しかも、同様の効果は実験に参加した被験者4名全員で確認されているため、個人差というわけでもなさそうだ。
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金魚の過重力実験環境の概要図
また、金魚の目の動きを視覚環境に適応させる訓練(眼球運動神経積分器適応実験)を実施したところ、重力加速度を1Gから1.5Gに高めると、視線移動後の目の動きがより速く視覚環境に適応していることが判明した。加えて、過重力をかける代わりに明るい視覚環境下で訓練すると、より速く学習するという興味深い結果が得られた。
この点について同研究グループでは、「重力や視覚などの定常的な環境刺激の増加が、(脳内、特に小脳内神経の)シナプスにおける信号の伝達効率が変化するシナプス可塑(かそ)性を促進している」とみており、引き続きこの考察を確認するための神経生理学実験を進めている。
今回の実験については、11月22日(木)~24日(土)にかけて順天堂大学さくらキャンパス(千葉県印西市)で開かれる「第64回 日本宇宙航空環境医学会」において詳細が発表される予定。
これに先立ち平田教授は、「過重力空間を作り出すには大掛かりな装置が必要ですが、練習環境の明るさは容易に調整できます。運動の学習効率に対する重力と明るさの関係を詳しく調べれば、過重力に相当する環境を明るさで再現できるはず」と今後の研究に期待を寄せている。
漫画やアニメで特異なシチュエーションで行われる修業。日本が世界に誇る文化の中に、新たなトレーニング方法の誕生につながるヒントが隠されているのかもしれない。
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text:安藤康之