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夢の自律航行へ! ARが航海システムに変革をもたらす

海上交通路(シーレーン)の安全を目指して商船三井と古野電気が共同でシステムを開発

日本を代表するさまざまなジャンルのグローバル企業に理想の未来像や、それに向けた取り組みをインタビューする新連載。第3回は、世界中の海を舞台に、各種資材を運ぶ専用船や原油を運ぶタンカー、自動車船、コンテナ船などを運用し、多彩な分野で活躍する総合輸送グループ、株式会社商船三井だ。今春、マラッカ海峡など難所と呼ばれる海域をより安全に、そして航海士の快適な航行を可能にする「AR(拡張現実)航海情報表示システム」を発表。その仕組みと未来の航海システムについて、同社技術革新本部の友野徳之さんと京田繁樹さん、そして開発を担当した古野電気株式会社の小林秀平さんに話を聞いた。

レーダーから目視まで! 4つのツールを駆使して船は進む

世界中の海には、総トン数100t以上の船が、約11万4000隻あるといわれている。

その中で漁船や作業船を除いた商船は約5万8000隻。うち日本籍の船は約2800隻。つまり、世界の商船の約5%は日本が所有しているということだ。とはいえ、そのほとんどは日本国内を航行する内航船で、外国航路に赴く外航船は約200隻にすぎない。

それでも日本は現在、実質的に世界最大の海運国と呼ばれている。それはパナマなど外国の船を日本の船会社が運航しているから。その数は実に2000隻あまりに及ぶ(データは日本船主協会公式HPより)。

これらの外航船は、ほとんど同じツールを用いて航海をしている。

AR航海情報表示システムのテストを行った「ベルーガエース」の船橋

まずは「レーダー」。これは船から発射された電波が対象物に当たって跳ね返り、その時間から船や陸岸までの距離を計測するものだ。元々は肉眼で見ていたもので、その精度をより高めるためにレーダーが使用されるようになった。

次に「ECDIS(エクディス)」という、かつては紙だった海図を電子海図に変えたもの。正式にはElectronic Chart Display and Information Systemという。

3つ目は「AIS(Automatic Identification System)」。これは船の船舶自動識別装置で、船の名前や行き先を電子情報でやり取りするシステムだ。

これに、航海の基本となる「目視」が加わった4つが、従来の航海システムと言えるものだ。

「昔は見張り役が立って、双眼鏡で目の前の大海原をのぞいているだけでした。しかし、それでは夜間や霧が出ているときなど、どうしても見えにくいシチュエーションがあります。レーダーやECDIS、AISが加わることで安全性はより高まっていったんです」

しかし、便利を得ることで、逆に負担が増えることもある。機材が増え、確認しなければならない情報が増えてしまうのだ。

「さらに、その4つの情報を統合しなければ判断を下すことはできません。結局は航海士が自分の頭の中で4つのデータをまとめるわけですよね」

例えば、年間12万隻以上の船が航行し、世界で最も混雑するといわれているマラッカ・シンガポール海峡を航行しようとすると、どうなるか?

「ここは本当にたくさんの船が行き交います。それらの船舶一隻一隻がどこに向かっていくのかは、目視でもレーダーでも分かりません。AISで一隻ずつ確認し、目線を外に向けて実際の船とひも付けます。そうやって情報を統合し、取捨選択をして安全な航路を見つけるわけです。これは世界中の航海士、船長がやっていることなのです」(以上、友野さん)

「データをチェックするのも大変なんですよ。ECDISは船橋の中でもちょっと後方に備わっているため、移動しなければ見ることができません。その分タイムラグも生じてしまいます」(京田さん)

レーダー、ECDIS、AIS、そして目視。この4つを一元管理できれば…その願いは、国籍を超え、世界中の海をゆくすべての航海士、船長の願いであった。

株式会社商船三井 技術革新本部 スマートシッピング推進部 スマートシップ運航チーム・チームリーダーの友野徳之さん(写真中央)と同チーム・チームエキスパート京田繁樹さん(写真左)、古野電気株式会社 舶用機器事業部 船舶営業部 広島支店営業課の小林秀平さん(写真右)

世界の航海士の願いをついにかなえる時が来た!

日本有数の海事都市・愛媛県今治市で2009年から行われている「国際海事展 バリシップ」。その2017年開催時に世界的な船舶電気機器メーカーである古野電気が、画期的なシステムを公開した。

「AR航海情報表示システム」だ。

「レーダー、ECDIS、AIS、目視をなんとか一元管理できないかという思いは以前からありました。そこにわれわれのエンジニアがAR技術によってそれらを結び付けることを考案し、2015年ごろから研究をスタート。弊社所有の船舶でテストなどを繰り返し、なんとか形になったものをコンセプトモデルとして2017年の『バリシップ』に出展したんです」(小林さん)

これを目にし、すぐに共同開発を提案したのが商船三井だった。両者はすぐに動き始め、2018年2月からテストを繰り返すことになる。実際に「BELUGA ACE(ベルーガエース)」という最新の自動車運搬船のテスト航海時にシステムを搭載し、航海士からのフィードバックを得るようにしていった。そのテストは1年余り続いたという。

「ベルーガエース」に搭載されたAR航海情報表示システムのモニター

「例えば、当初のディスプレイの表示方法は今とは全く違っていました。今は画面に映る船から引き出し線を下ろし、そこに各種情報を映し出しています。しかし、当初は船の映っているところに情報を載せていたため、周辺に船が多数いる場合は情報が重なり合って見えにくいという問題が生じました。先ほど話したマラッカ・シンガポール海峡などでは、船が多過ぎて全く情報が分からない、判別できないと航海士からお叱りを受けました」(小林さん)

AR航海情報表示システムの初期画面。中央左側の緑の文字が、その位置にいる船の情報。画面上に船が増えると、文字と重なり、判別しにくくなっていく

そのアドバイスはモニターサイズにも及んだ。AR航海情報表示システムを使用するために艦橋に配置されるモニターは27インチ。これ以上のサイズになると、航海士の目視の邪魔になるそうだ。友野さんは「“見張りは裸眼でする”というのは基本。大きくなり過ぎて、水平線が見えないような状況になると逆に航海の安全を妨げることになります」と言う。

そのモニターには船橋内に設置されたカメラが撮影した、実際の風景の動画が映し出されている。そして自船が進む予定の航路が水色の帯で示される。これはカーナビゲーションの目的地設定後に地図上に映し出される進路のようなものだ。

自船が進んではいけない場所…例えば、浅瀬は赤く表示される。そして目の前を通る中で(マーカーをクリックすることで)選択された船から引き出し線が下ろされ、さまざまな情報が表示される。

テストを受け、改善されたAR航海情報表示システムの画面。引き出し線の先に並ぶ数値が画面に見える船の情報。赤い部分は浅瀬などで近づいてはいけない部分。水色の帯が自船の進むルートだ。黄色い文字は、近づいてくることを示すアラート表示だ

「表示しているのは変針点(進路を変えるポイント)の情報…そこまでの距離、到達までに要する時間、次の進路など。あとは船の情報ですね。距離、スピード、最接近距離、最接近までの時間、船首を横切るまでの時間と距離。あとは船名と船舶固有のID、船種、船の長さと幅、目的地、エンジンを使って走っているか、それとも止まっているかなど。航海士が必要とするさまざまな情報が表示されます」(友野さん)

「さらに画面右上にはAISおよびTT(レーダーによるターゲット追尾)の情報も表示しています。カメラは前方90°くらいの画角しか見ることができません。例えば、後ろから近づいてくる船についてはこちらで見ています。接近してくる船があると、アラートを発するようになっています」

これらモニターに掲載する情報も精査を重ね、最終的にはやはり現場の声が反映された。

「上から順に重要な情報を載せています。その順番も現場の声をかなり取り入れました。また、表示する情報の項目や順番はユーザーの好みで変更も可能です。情報は多ければ良いというものではありませんからね。必要な情報を必要なときに見ることができる。それが一番のポイントです」(以上、小林さん)

AR航海情報表示システムの動画はこちら

AR航海情報表示システムが航海士にもたらしたもの

今までは4つの情報を自ら取りに行き、それを頭の中で統合させていた。それがAR航海情報表示システムでは、統合された情報を一つのモニターで確認することができる。

「航海士の負担はかなり軽減されると思います。まず物理的な移動がなくなりました。それがなくなるということは、タイムラグもなくなります。それだけ判断も早くなるわけですよね。一目ですべての情報が入手できるメリットは大きいです」(友野さん)

今春からAR航海情報表示システムが導入された大型原油タンカー(VLCC)「SUZUKASAN」のモニター。タンカーは船の最後部に船橋があるため目視すると死角が多くなる。だからこそ、このシステムが有用なのだ

さらに飛躍的な負担軽減となるのが、濃霧などの悪天候時や夜間の航海だ。こういったコンディションでは目視できることは限定される。

「視界が制限され肉眼では見ることができなくても、AISの情報を基にARを使ってモニター上に映し出すことができます。夜間の航行でいうと、例えば陸地が近いような場所ですと、陸地と船の明かりが混ざって分かりにくい場合があります。それもARなら問題なく判別することができます」(友野さん)

このAR航海情報表示システムは、今春から商船三井の大型原油タンカー(VLCC)21隻への導入が決定し、順次搭載していく。

AR航海情報表示システムが実践投入されたVLCC「SUZUKASAN」

「やはりマラッカ・シンガポール海峡という難所を通る船ですからね。特にVLCCというのは喫水(船が水に浮かんでいるときの、船の最下面から水面までの距離)が20mほどの深さで、通過できる場所が限られます。それでいて、この海峡は一歩間違えれば座礁する危険性がある場所なので、“危険の見える化”という意味でVLCCに先行搭載することを決めました」(友野さん)

今後は客船を含めて商船三井の所有する船に搭載していくことを検討中だ。さらに古野電気には、世界中の船舶会社から問い合わせが入っているという。

注目を集めるこのAR航海情報表示システム。商船三井はこのシステムで海技力をさらに高めることにより世界最高水準の安全運航を目指しつつ、船の航海技術の新しい未来を広げていく可能性も見据えている。

船が自律航行する時代が近づいてきた!

AR航海情報表示システムがモニターに映すルート通りに航行することができれば、安全な航海につながっていくという。だとするならば、その帯を通るようにプログラムを組めば自律航行も可能ではないか。

「確かに映し出されたルートを走っていけば安全です。そもそもECDISにはルートチェック機能が備わっていて、自分が航行する上で通過することができないような浅いところにこの水色の帯が重なるとアラートが出ます。ですので、ここに表示されるのはルートチェックが終わった“安全に航海できるプラン”なんです」(友野さん)

「すでにECDISを活用し、自分の設定した航路を走るプログラム操船はできています。しかし、その中で障害物を検知し、それを避けていくということがまだできません。それを乗り越えることができれば、自律航行船の実現も近づくと思います。オートマティック(自動操縦)なところまではきていますが、外部の状況と制御装置自身の状況の両方を認知、変化して制御を行うオートノーマス(自律操縦)、つまり船が自分で考えて、障害物を避けて航行するということが課題なんです」(京田さん)

商船三井本社内には、自社の船が世界中のどこにいるかをリアルタイムで管理するシステムが導入されている

船の自律航行について世界を見回してみると先行しているのは北欧だ。2018年12月にはフィンランド国営の輸送船事業会社・フィンフェリーとイギリスの工業メーカー・ロールスロイスが世界初となる完全自律航行フェリーを発表している。

「内航船ではありますが、2020年には完全自律航行船が就航するという話がフィンランドにはあります。ついに世界最初のオートノーマスシップが実用化されるわけです」(京田さん)

では、日本はどうか。3人は「2025年」を一つのターゲットとしているという。

「われわれも国土交通省と一緒になって検討を進めています。どうすればそれができるか、船員の作業から洗い出し、自動化すべきことの調査を始めています。そのターゲットとなっているのが大阪万博が行われる2025年なんです。北欧の動きを考えたときに、そのタイミングを目指さないと世界の流れに乗り遅れてしまいますからね」

このように自律航行を実現するには、まだいくつものハードルがあると同時に、日本だからこそ早急な実用化が求められる事情が存在するという。

「自律航行をする上では通信環境の強化が不可欠でしょう。今、5Gという言葉をよく聞きますが、船には活用しにくいというのが実情です。船と陸を結ぶ通信においてブレイクスルーが必要なんですよ。でも、その一方で自律航行が急務な状況もあります。船員の高齢化が進み、特に内航船においては深刻な人材不足に陥っています。その打開策の一つとして陸上からの遠隔操作も含め、自律航行船の導入が急務。今回われわれがリリースしたAR航海情報表示システムのような仕組みの開発を進めることで、日本の、そしてひいては世界の海運事情を支えていきたいですね」(以上、友野さん)

世界的に見ても、今は船そのものが大型化し、増加傾向にある。かつては数千個程度のコンテナしか積めなかったが、今では2万個も搭載できる船が登場しているという。船が大型化し、数が増えれば、必然的に海も渋滞が発生する。つまり、事故が減る要素は少ない。

そういう状況だからこそ、航海士の負担を減らし、安全性を高めるためのシステムを構築することが急務だ。AR航海情報表示システムは、まさにそんな思いから生まれた。海に生きる彼らの思いが、さらに安全で快適な航海術を生み出していくだろう。

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