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2020.2.18
5Gを支える通信インフラ技術! 縁の下の力持ち、海底ケーブルの現在と未来とは
KDDI株式会社 グローバル技術・運用本部 グローバルネットワーク・オペレーションマネジメント部部長 原田 健
現代において、インターネットから隔絶された生活などはもはや考えられない。5G時代の到来など通信技術が日々進化する中で、国内のトラフィック(インターネットやLANといったコンピューターにおける通信回線で、一定時間内にネットワーク上において転送されるデータ量)はもちろん、国際間でやりとりされる情報量も激増している。しかし、海外からの情報がどんな経路をたどってやってくるのかを意識している人は少ないだろう。今回はそんなインターネット社会を縁の下で支える海底ケーブルの現在と未来について、KDDIの原田 健氏に話を聞いた。
TOP画像提供:KDDI
実は170年もの歴史がある海底ケーブル
約120万km、地球およそ30周分──。
これは現在、世界中に張り巡らされた海底ケーブルの距離をすべて合計した数値だが、そんな途轍(とてつ)もない長さのケーブルによって世界はつながっている。
海底ケーブルとは文字通り、海で隔てられている地域間をケーブルで直接つなぎ、情報をやりとりするための設備だ。
1850年にドーバー海峡に通され、イギリスとフランスを結んだものが最初と言われ、その後、大西洋間、太平洋間と急速に普及していった。
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2005年より海底ケーブルなどの通信インフラを担当しているKDDIグローバル技術・運用本部の原田 健氏。かつて日本と米国をつないだ海底ケーブルは大きな変化をもたらしたと語る
「日本でも19世紀から海底ケーブルは存在しましたが、一つの大きな契機となったのが今から56年前に敷設された『TPC-1』です。初めてアメリカと日本を結び、開通式では池田首相とジョンソン大統領が通話しました。その後、同軸ケーブルから光ファイバーになるなど大きな技術革新はありましたが、海底ケーブルの基本的な構造自体は実はあまり変わっていません」
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TPC-1の開通式で、池田首相とジョンソン大統領が通話する様子を伝えた当時の新聞記事。通話品質の向上は画期的だったという
TPC-1はKDDIの前身の一つである国際電信電話(KDD)が1964(昭和39)年に米AT&T、ハワイ電話会社と共に建設した太平洋横断海底ケーブル。
それまでの雑音が多かった短波無線方式の国際通話とは全く異なり、国内電話に近い品質で会話できる衝撃は大きかった。その後、新たな国際間海底ケーブルが続々と新設され、国際電話の利用数も飛躍的に増えていくことになる。
ただ、戦後全ての時代において、海底ケーブルが国際間通信の中心だったわけではない。TPC-1の開通とほぼ同時期にスタートしたのが、人工衛星を使った衛星通信だ。
当時は米国とソ連が宇宙開発に乗り出していた時期でもあり、衛星通信の整備も進められた結果、「一時期は海底ケーブルと衛星通信の利用率が50対50くらいになったこともあった」という。直接、回線を引かなくとも世界中とつながる利便性、メンテナンスのしやすさなどが利点だった。しかし、インターネット時代の到来と共に再び海底ケーブルが主役に躍り出ることとなる。
「現在では、日本における国際間トラフィックの99%を海底ケーブルが担っています。なぜならインターネットのような大容量の通信の場合、衛星通信に比べて海底ケーブルが圧倒的に優位になります。ただ、トラフィックが少ない離島や山岳地帯との通信、中継など限られた用途では衛星通信が優位であり、相互を補完しながらそれぞれの役割を担っているのが現状です」
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「海底ケーブルにも衛星通信にも一長一短あるが、高速、大容量化が求められる通常の通信事情には海底ケーブルがうまくマッチした」と語る原田氏
人工衛星を経由する衛星通信と比べて、海底ケーブルは伝達距離が短く済むため高速で通信でき、加えて直接ケーブルでやりとりするため大容量の伝送も可能だ。
そして、同軸ケーブルから光ファイバーへの変化、信号を多重化する端局や信号のエネルギーを増幅する中継器の技術革新が一気に進んだことも、海底ケーブルの役割を大きくした要因といえる。
「99%という数字はまさに、大容量インターネットが主流となる現代の通信に対する要求を象徴したものでしょう」と原田氏は言う。
現代のネットワークは職人技で維持されている?
ところで、海底ケーブルはどのように敷設されるかご存じだろうか。
原田氏によれば、その技術については昔から大きく変わっておらず、“ケーブルシップ”と呼ばれる船が何千kmもの長さのケーブルを巻いて積載し、そのケーブルを海底に投下しながら進んでいく手法が用いられているそうだ。
また、沿岸部近辺では埋設されるが、海の中では海水にさらされた状態であり、波のエネルギーによって岩礁と擦れたり、時には船のいかりや網に引っ掛かったりすることもあるという。
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KDDI100%出資の子会社「国際ケーブル・シップ」が所有する最新のケーブル敷設船「KDDIケーブルインフィニティ」号。通信ケーブルだけでなく、資源探査ケーブル、電力ケーブル工事への対応も可能となっている
画像提供:KDDI
今回、原田氏は、海底ケーブルのサンプルを5本見せてくれた。いずれも髪の毛のように細い光ファイバーを、鉄線や銅線、樹脂などで何重にも防護した構造が採用されているが、ケーブル径はそれぞれ異なっていた。
「これらは全て同じルートをたどることを前提として作られたものですが、太いものと細いものどちらが深海用か、分かるでしょうか?」
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同じルートをたどるケーブルであっても、海底環境などによってさまざまな太さのものが使い分けられる
画像提供:KDDI
深い海に沈められるものほど水圧に耐える必要があるためケーブル径も太いと思いがちだが、正解は「細い方が深海用、太い方が浅海用」となる。これは、海水の流れが穏やかで安定している深海よりも浅海の方が岩などに擦れたりする頻度が高いため、頑丈に作る必要があるからだ。
また、海底ケーブルは一度敷設したら終わりではなく、当然ながらメンテナンスが必要になる。
例えばトラブルが起きた場合、その場所まで実際に船で行き、ケーブルを船の上に引き上げて修理するというが、太平洋を横断するような海底ケーブルの場合には、航海が数週間に及ぶこともあるのだとか。
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「長距離伝送による減衰を補うために中継器を挟んで信号を増幅するが、その間隔や台数も含めて、全体の最適化を図るのが海底ケーブル設計の妙」と原田氏
「中には水深8000mといった深い場所を通っている海底ケーブルもあります。ルートは海図に記してありますが、波などの影響により深海での正確なケーブル位置までは分かりません。また、その深さだと潜水士はもちろん、最新の水中ロボットですら到達は不可能です。そのため、船上からどの地点にケーブルが通っているのかを探り当て、船上に引き上げるかという技術は、知識と経験が求められる職人芸だと言われています」
こう語る原田氏のことばは、現代のインターネット社会・通信技術を支えているのは人であると読み解くことができる。発展した現代社会においても、その恩恵の陰に人力は欠かすことができないのだ。
アジア各国と日本、アメリカをつなぐ新たなルート
既に世界中の国をつないでいる海底ケーブルだが、ことしまた新たなルートが完成する。
それが、日本とアジア各国を結ぶ「SJC2」で、総延長は約1万1000kmにも及ぶ。
近いルートには2013年に敷設された「SJC」がすでに存在するが、今後、アジア圏でのトラフィックがますます増大することを見越し、KDDIをはじめ、China Mobile International(中国)やChunghwa Telecom(台湾)、Facebook(米国)、SK Broadband(韓国)、Singtel(シンガポール)、VNPT(ベトナム)などが当事者として新設されるという。
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SJC2の海底ケーブル陸揚げの様子
画像提供:KDDI
「トラフィックの多くはアメリカを起点としていますが、SJC2もアジア各国と日本をつなぎ、さらに2016年から運用している日米間光海底ケーブル・FASTERなどの太平洋を横断するケーブルに乗り換えてアメリカとつながることを想定しています」と原田氏。
SJC2は、アジア域のトラフィック増加に対応した大容量ケーブルで、設計容量の最大能力を発揮した場合、4Kの高精細映像を約500万人が同時にストリーミング視聴することができ、「今後、アジア各国で増加する動画視聴やクラウド利用、IoTの活用といった通信需要にも十分応えられる海底ケーブルです」と原田氏は胸を張る。
また、かねて多くの海底ケーブルが存在するにもかかわらず、新たなルートを開設するのには災害対策やダイバーシティの観点もある。
「海底ケーブルを敷設する前には海洋調査を実施し、安全なルートを選定していますが、それでもトラブルは避けられません。多様なルートを開拓しておけば、何らかの障害があった際にも、別のルートを経由することで安定的にサービスを提供し続けることができます」
先日、アラビア半島南端のイエメンで1本の海底ケーブルが切断したため、国全体でインターネットに接続できなくなるトラブルが発生したのだが、インフラ整備が進んでいない地域では、今後も同様のリスクが存在していく。
現在の日本では、仮に太平洋を通る海底ケーブルが全て使えなくなってしまったとしても、日本からロシア、欧州を経由して地球の反対側からアメリカに到達することができる。FASTERとSJC2が共に千葉県南房総市と三重県志摩市の2カ所で陸揚げされているのも、災害時対応という側面がある。物理的損傷を避けられない海底ケーブルだからこそ、万一の事態に対する備えが肝心なのだ。
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ケーブルの先端にブイを結び着け、陸上に引き上げる「陸揚げ」作業の様子。作業工程はTPC-1の時代から大きく変わっていない
また、ことし4月には、鹿児島と沖縄を新たに結ぶ海底ケーブル(沖縄セルラーが建設を進めているOSOK<沖縄セルラー 沖縄~九州海底ケーブル>)の運用開始が予定されている。
災害に備えたバックアップ回線確保の意味合いもあるが、さらに5G時代の到来で予想される通信需要の拡大を見越したものだという。
夢は「距離を感じさせない」世界をつくること
今後のインターネット社会においても、「情報圧縮技術が極端に進化し、情報量そのものを劇的に減らせるような技術が確立されない限り、大容量対応という面における海底ケーブルの優位性は変わらない」と原田氏は見る。
「将来的には、国際間通信における通信障害やタイムラグをなくしていきたいと考えています。例えば、海外にいる人とテレビ会議する、といった場合です。現在でもかなりリアルタイムで通信できるようにはなりましたが、それでも伝送の詰まりによって音声が途切れたり、映像が乱れたりといったことはまだあります。端末の性能なども関わりますから、私たち通信事業者の努力だけでは実現しませんが、そうした未来のサービスを可能にする環境づくりに貢献していきたいですね」
海外の人たちと、まるで隣にいるかのように会話できるような社会が到来したなら、出張や転勤は必要なくなる部分も出てくる。人が移動するために要する時間やエネルギーを大幅に削減することができるだろう。
いよいよことし、日本でも5Gの商用サービスが開始される。
世界では既に次世代の通信技術を研究開発するプロジェクトも立ち上がっており、今後、ネットワーク需要が一層高まっていくのは明らかだ。日本のような海に囲まれた国が地理的条件の有利不利なく、インターネットを使えるのは海底ケーブルのおかげ。
今後も縁の下の力持ちとして、グローバル社会を支え続けてくれることだろう。
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text:田端邦彦 photo:安藤康之
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