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2021.7.1
2050年にカーボンニュートラルは実現する? 三菱総研がひも解くエネルギービジョン
株式会社 三菱総合研究所 サステナビリティ本部 脱炭素ソリューショングループ 井上裕史(グループリーダー)/小川崇臣【前編】
エネルギー問題に関連する政策調査などを数多く担う総合シンクタンクの株式会社 三菱総合研究所から昨年7月、「2050年エネルギービジョン」と題された書籍が上梓された。再生可能エネルギーが主力電源となる将来のエネルギー像、そこに至る道のりを分かりやすく描いた一冊だ。脱炭素化が注目される現在、日本のエネルギー界における課題とは何なのか。本の編集・執筆に携わった同社・脱炭素ソリューショングループの2人に話を聞いた。
TOP画像:sh240 / PIXTA(ピクスタ)
一気に引き上げられた温室効果ガス削減目標
菅総理のカーボンニュートラル宣言以降、日本の“脱炭素化”に世界中から大きな関心が集まっている。
昨年10月の所信表明演説において、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにし、カーボンニュートラル=脱炭素社会の実現を目指すことを宣言。さらに、ことし4月の気候変動サミットでは、2030年までに温室効果ガスを2013年比で46%削減し、さらに50%の高みに向けて挑戦を続けていく……と、これまでの目標を大幅に引き上げる、意欲的な目標を表明したのだ。
総理はこの新たな目標について「経済産業省、環境省、政府を挙げて積み重ねてきた結果」とコメントしているが、実際のところ、数字の具体的な根拠、そこに向けたロードマップはまだ示されていない。今から29年後の2050年、化石燃料に依存する現状から脱却し、温室効果ガスを実質ゼロにすることが、果たして現実的に可能なのだろうか?
「2050年エネルギービジョン」執筆者の一人である株式会社 三菱総合研究所 脱炭素ソリューショングループ・グループリーダーの井上裕史氏に、脱炭素社会の実現可能性を聞いてみた。
「一次エネルギーだけ考えても、化石燃料を全て再生可能エネルギーに置き換えるのは、かなり難しいのが現実です。太陽光や風力など、これまでの常識を覆す規模の大量導入が求められるでしょう。技術革新を積極的に支援しつつ、現状でやれることは全てやる、それでもまだ厳しいのが脱炭素社会です」
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サステナビリティ本部 脱炭素ソリューショングループ・グループリーダーの井上氏
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2050年時点での温室効果ガス80%削減を前提としたときのエネルギー構成。最終エネルギー消費・一次エネルギー供給ともに石油、石炭の使用を大きく減らす必要がある
ちなみに「2050年エネルギービジョン」は昨年7月、安倍政権時に発行されたため、従来の目標である「2050年時点で温室効果ガスを80%削減すること」を前提として書かれている。
ただ、目標値は引き上げられてもエネルギー施策の中でやるべきことは変わらず、エネルギー供給者・需要者ともに、よりスピーディーな変化が求められていくことになる。
太陽光発電の今後は「屋根上」がキーワード
日本の再エネ導入量は、他の先進国に対して必ずしも後れを取っているわけではない。
国際機関の分析によると、日本の再エネ導入容量は2018年時点で約114GWとなっており、世界第6位。そのうち太陽光発電は56GWで、世界第3位の実績を誇るのだ。
国土の広さを考慮すると、まずまず健闘していると言っていいだろう。その上でさらに劇的に比率を増やすには、どのような手段があるのだろうか?
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日本の太陽光導入容量は中国、アメリカに次いで世界第3位(2018年時点)。固定価格買取制度により急速に普及した
「太陽光発電についてはこの20年で事業用、住宅用とも導入が進みましたが、脱炭素を前提にすると全く足りておらず、今後も大規模、中小規模の太陽光発電所を積極的に導入していく必要があります。一定以上の規模のものについては2017年度から電力買い取り価格を事業者自身が決める入札制度が採用されていますが、現在、応札が少ないことが懸念されています。これは、国が求める落札価格の水準が低すぎることが一因です。そのため2021年度からは入札の上限価格を公開し、事業者が参入しやすくする仕組みが採用されました。決定打とは呼べないかもしれませんが、こうした地道な取り組みをしばらく継続していくべきでしょう」
“どこに建てるか?”に着目すると、大規模な太陽光パネルを設置できる平地は徐々に少なくなっているものの、工場など建物の屋根上にはまだ余地がたくさん残っている。
また、地方では荒廃農地の活用、あるいは農地に太陽光パネルを設置し、農業と発電を同時に行う「ソーラーシェアリング」といった新たな土地の使い方も注目されている。
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未来の農業地域では、農地の一部や荒廃農地を活用して太陽光発電を行い、その電力を周辺地域に供給するエネルギーの地産地消の姿が思い描かれる
「これまで太陽光発電は固定価格買取制度(FIT)の中で普及してきましたが、あくまで導入を促すための優遇措置であり、国民負担などの面で制度自体が曲がり角に差し掛かっています。再エネ主力電源化に向けては、発電した電力を発電した場所で使う『自家消費』をメーンとし、10~15年といった長期的なスパンで採算が取れる、つまり優遇措置がなくても成立する仕組みに変えていかなければなりません。今後、技術開発を通して費用回収にかかる期間が短くなれば、自家消費型も普及すると思います」
導入方法の多様化によって、太陽光パネル設置が一層広がる、と井上氏は予測する。
コストをかけて発電設備を導入することは所有者にとってリスクになり得るが、建物と太陽光発電設備の所有者を切り離し、導入のイニシャルコストを第三者が負担、利用者に売電するといった新たなビジネスモデルも出てきている。
太陽光については、再エネを導入することで、家庭でのエネルギー収支がゼロになるZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の普及を国が推進、補助金を交付するなど、家庭単位の小規模な再エネ市場にもポテンシャルはありそうだ。
今後は風力発電が再エネの主役に
一方で、再エネの次なる柱として期待されている風力発電についてはどうだろうか。
「風力発電はFIT適用後も、太陽光ほど導入ペースが大きく伸びませんでした。ただ、再エネの売電を希望する事業者からの接続契約申込みが2019年度時点で16GW以上もあります。太陽光発電よりも開発のリードタイムが長いため運用開始までに時間がかかっていますが、進行中のプロジェクトが多数存在しているということです。この状況を見ると、今後、中長期的な再エネの主役は太陽光から風力にシフトしていくと予想されます」
陸上風力においては、既に風況が良い場所への導入が進んでいる。国土の多くを占める山林にはまだ余地があるが、近年、大型化している風力発電機を建設するには資材を運ぶ道路や送電線が条件を満たさない地域も少なくない。また、そうした地域の多くは電力需要の大きい都市部から遠く、送電ロスが発生するのも問題だ。
そこで注目されているのが、洋上での風力発電。海の上なら広大な適地がある。さらに電力需要の大きい都市部は多くが海に近く、送電ロスも抑えられるというわけだ。
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洋上風力は臨海部の工業地帯などエネルギー多消費産業の拠点に近い場所に設置できるのが魅力だが、実用化はこれからだ
洋上で風力発電するメリットには「風況のよさ」「土地や道路などへの制約が少なく、大型風車の導入が容易なこと」「景観、騒音への影響が小さいこと」などが挙げられる。国内にも既に準備段階に進んでいる区域がいくつかはある。ただし、導入実績は現時点では皆無に等しく、ポテンシャルは未知数だ。
「洋上風力発電は課題出しも含めて、全てはこれから、というところです。まずは地域と良好な関係を維持しながら、実際の運用を始めることが出発点となるでしょう。日本は海に囲まれていますが、遠浅の海が少なく、風車を建設できる海底地盤の面積は限られています。そのため大規模に導入しようとすると、海上に風車を浮かせる方式=浮体式にせざるを得ませんが、それこそ技術開発が始まったばかりで実用には程遠い段階。まずは小規模の着床式で成功事例を積み上げてから、将来的に浮体式へと舵を切っていく必要があるでしょう」
太陽光発電と風力発電を推進しつつ、波力発電や潮力発電といった分野でも技術開発を進め、ブレークスルーを狙っていくのが、脱炭素化に向けた今後の流れとなるだろう。
現在、日本の最終消費エネルギー全体における電力の割合は4割強程度だが、今後、熱需要の電化シフト、EV(電気自動車)の普及などによって電力の比率を大幅に高めていかなければ、脱炭素化は達成されない。発電における再エネの供給量を増やすことは、温室効果ガス削減施策の中でも極めて重要だ。
しかし、単に再エネ発電設備を増やすだけでは、電力の安定供給を脅かす事態になりかねない。それはなぜなのか…。
後編では、再エネ導入後の需給バランスについて、私たちの行動変容の必要性について聞く。
<2021年7月2日(金)配信の【後編】に続く>
脱炭素社会の実現に向けたキーワードとなり得る「電力の安定性確保」と「人々の行動変容」に迫る
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text:田端邦彦
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