特集
ビッグデータ・オブ・サッカー

“スカウター”がサッカー選手のフィジカル管理法を変える!

選手の体調・身体・トレーニング数値がチームの資産になるデータベース

現在開催中の「2018 FIFAワールドカップ ロシア」。6月24日深夜に日本代表が引き分けたセネガルは、その当たりの強さに注目が集まっていた。点の取り合いとなった好ゲームだったが、試合展開を見るとサッカーにおいては、やはり“フィジカルの強さ”が戦況を左右するのは間違いない。では、この“強さ”を数値化し、対戦相手に合わせて勝てる選手をぶつけることはできないのだろうか。実は、そのヒントになるかもしれないツールがある。コンディション、ケガ、トレーニング状況など選手のエネルギーといえる情報を数値化、データベース化できる身体データ管理プラットフォーム「ONE TAP SPORTS」の可能性に迫った。

スポーツ界の“スカウター”を作る

ロシアで開催されている2018FIFAワールドカップでは、世界屈指のスター選手たちがしのぎを削っている。今大会のような大規模なスポーツイベントの舞台で、選手たちが普段通り、もしくは普段以上の能力を発揮するためにはどうすればよいか。スポーツマネジメントの世界では、そんな問いに答えるためのさまざまな試行錯誤が続けられている。

東京・丸の内に拠点を構える日本のベンチャー・ユーフォリアも、そんな課題に挑戦する企業の一つだ。同社では、アスリート専用の身体データ管理プラットフォーム「ONE TAP SPORTS(ワンタップスポーツ)」を運営している。ユーフォリアの代表取締役/Co-Founderを務める宮田誠氏はこのプラットフォームをこう表現する。

「僕たちは、アスリートの体に関するデータを集め、その選手の状態を数値で“見える化”するためのシステムを作りました。言ってみれば、漫画『ドラゴンボール』に登場する“スカウター”のようなものでしょうか。データは専用アプリを使って集めていきます。選手には自身が感じている体調や疲労度などを、コーチ・トレーナー陣には選手のさまざまな測定データや、トレーニング内容、ケガの状態などを入力してもらいます。これらを蓄積していくことで、成長度やコンディション、ケガとパフォーマンスの関係など、多くのものを数値化・定量化していくんです。さらに言えば、コーチやトレーナーといったマネジメント担当者が選手の状況を把握し、チームを運営する上で採用できる“客観的な評価基準づくり”をサポートするのが、ONE TAP SPORTSの狙いです」

ユーフォリアの宮田誠代表。自身も小・中学生時代は、地域のクラブに所属してサッカーをしていたのだという

ONE TAP SPORTSは、選手自らが入力する「主観データ」と、計測した数値やトレーナーらの判断に基づく「客観データ」という双方の情報を整理して、項目ごとに数値化してくれる。それによってコーチやトレーナーなどの指導者陣がより細かく選手の身体的・精神的コンディションを把握できるようになっている。宮田氏は続ける。

「2008年の設立当時、ユーフォリアは顧客企業に対して業務効率化などの知見を提供する、一般的なコンサルティング企業でした。転機となったのは、2012年。当時、2015年のラグビーワールドカップ自国開催(※2015年はイングランドで開催、日本では2019年開催が決定)を見据えてチーム強化に取り組んでいた日本ラグビーフットボール協会から、選手の体調・身体能力・ケガの状況を一括で管理し、“見える化”できるプラットフォームを作れないかと相談を受けたんです。そこから、ONE TAP SPORTSの開発が始まりました」

客観データであるトレーニング状況を記録していくONE TAP SPORTSの管理画面(デモ画面)

主観データである個人のコンディションを記録していくONE TAP SPORTSのアプリ画面(デモ画面)

エディー・ジョーンズとハリルホジッチが目指したもの

それまでのラグビーワールドカップでは、開催国チームはすべからくベスト8に進出するという結果を残していた。しかし2008年当時、日本の世界ランクは13位。ラグビー協会としては、歴史の“例外”になるわけにはいかない。名誉を守るためにも、あらゆる手段を総動員してチーム強化を図っていた。

そこで白羽の矢が立ったのが宮田氏と共同代表の橋口 寛氏らが設立したユーフォリアであり、「データによるマネジメント」だったというわけだ。

「自分たちの会社がスポーツ選手の強化に関わるなんて、設立当初は思っていませんでした。失礼かもしれませんが、開発依頼を受けるまで、私個人はラグビーのルールもあまり分かっていなかったくらいです」

ONE TAP SPORTSは2012年からラグビー日本代表に正式採用され、選手らのフィジカルコントロールに大きな変化をもたらした。結果、2015年のラグビーワールドカップでは、強豪・南アフリカ共和国を倒すほどの快進撃を見せたのである。

ラグビーとサッカーでは、ルールなど大きな違いがあり、同じ土俵で語れるものではない。だが、ONE TAP SPORTSの開発を依頼した元ラグビー日本代表ヘッドコーチ(以下、HC)、エディー・ジョーンズ氏と、前サッカー日本代表監督ヴァイッド・ハリルホジッチ氏には、日本代表における共通の問題意識があったと言われている。両者が過去に対談した際の話題の一つが、日本代表選手の「フィジカル強化の必要性」だったそうだ。

ハリルホジッチ氏は「体脂肪指標」など、当時の日本代表選手たちに厳しいフィジカル調整を課したことがあった。彼が口を酸っぱくして強調した「デュエル(決闘)」という言葉の中にも、「競り負けない体」という意味合いが多分に含まれていた。

2015年のラグビーワールドカップで日本代表の快進撃をけん引したエディー・ジョーンズHCも、当時、選手たちにフィジカル面の能力強化を強く求めていた。世界屈指の強豪と対決するためには、日本人が得意とする“器用さ”や“スキル”だけでは足りない。身体面でのディスアドバンテージを詰めないことには、勝機がないと踏んだのだ。

ハリルホジッチ前サッカー日本代表監督は、競り負けない、戦うためにフィジカル強化の必要性を説いていた

©msv PIXTA(ピクスタ)

ただラグビーはボディコンタクトが多く、他の球技に比べてケガをするリスクが圧倒的に高いスポーツである。当時のラグビー日本代表にとっても、体を極限まで追い込んでパワーアップさせるトレーニングと、ケガをしてしまうリスクは常に紙一重だった。前述のドラゴンボールに例えるなら、「仙豆」を摂取してパワー回復を図るべきタイミングを見定める必要があったのだ。そこで、各選手の体調や状態、ケガの状況を細かくマネジメントできる、ONE TAP SPORTSというデータ・プラットフォームが開発されることになった。

両監督は、競技は違えど、日本代表が世界で勝つための方法として、同じ方向性を見いだしていたのだろう。

「実際にトップクラスのスポーツに関わってみて気付いたこともたくさんあります。僕たちの仕事は、企業に関連するデータを収集・解析して、そこに流れる気付きやインサイト(潜在的欲求のスイッチ)を伝えるというものでした。そこは、スポーツも全く同じなんです。選手個々の体および体調に関するデータからは、いろいろなインサイトを引き出すことができますが、それらは監督やコーチがチームという組織をマネジメントする上で非常に有用になることもあると思います」

サッカーのトッププロ選手も活用するシステムに

2015年のラグビーワールドカップを前後して、ONE TAP SPORTSはさまざまなスポーツ関係者に重宝されるデータ・プラットフォームになっていく。現在では、ラグビー以外にも、野球、テニス、陸上、ゴルフ、ボクシングなど、団体・個人問わず、多くのスポーツ選手やマネジメント担当者に利用されているという。サッカーに関しては、Jリーグのチームをはじめ、国内・海外で活躍する選手も活用している状況だ。

「今後は、選手個人の主観・客観的なデータだけではなく、練習や試合の環境、温度や天気、芝の種類といったさまざまなデータを収集して、パフォーマンスとの因果関係を導き出せるツールにしていきたいと考えています。また選手個人にとって『最適な練習メニューは何か』という問いに接近するためのデータ・プラットフォームに発展させていくのも目標の一つです。

それでも、やはり最終的にはマネジメントサイドの手腕が、選手やチームの能力を左右することは変わりありません。ONE TAP SPORTSは、あくまでも膨大なデータを集めた“箱”に過ぎません。それをどう活用し、どのようにチームの状態を向上させていくかは、最終的に監督、コーチ、トレーナーなどの指導者の方にかかっています。

例えば、選手が『疲れた』とネガティブな発言をしているのはONE TAP SPORTSで把握することができます。しかし、そこで休ませるのか、逆に追い込むのかの判断は、指導者次第です。アナログで難しいことはデジタルを使っても難しいというのが、僕の個人的な感覚ですが、ONE TAP SPORTSは現場でアナログ的に蓄積されてきた知見を、デジタルの力で拡張するためのツールだと考えています」

こうした理由からONE TAP SPORTSは現在、トッププロや強豪大学チームなどがユーザーの多くを占めているという。有用なデータがあっても、それを読み解く専門家がいなければ、宝の持ち腐れになってしまうからだろう。とはいえ、ユーフォリアとしては「たとえチームに知識のある専門家がいなくても使えるものにしたい」、つまり汎用化も目標の一つと掲げている。

AIと連動して精神状態まで“見える化”

身体的データを蓄積し、数値化する“スカウター”は、今後さらなる進化を遂げようとしている。身体的側面のみならず、精神的側面においても客観的データを集め、チーム運営のためのインサイトを提供しようとしているのだ。宮田氏は続ける。

「アスリートのメンタル管理にも、昔から課題があります。例えば、選手がインタビューで『大丈夫』と言葉にしていても、実際はプレッシャーを強く感じているというケースが多々あります。また、選手たち自身が自覚できていない『声なき声』もあるでしょう。それら精神状態を客観的に計測してデータベース化していく必要もあると思っています」

現在、人工知能をはじめとするテクノロジー分野では、動画や音声、体温変化などから対象の精神状態を読み取る技術が発展し始めている。ユーフォリアも、感情解析などの技術を持つAI開発企業・Empath(エンパス)などと協力関係を築き、選手の精神状態を“見える化”するサービスを強化していく方針だ。

Empathは、声だけで気分の状態を可視化できる音声認識AIとして注目を集めている

「米国のプロアメリカンフットボールリーグであるNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)では選手たちに心理テストを受けてもらって、『リーダーに向いているのか』『依存心が強いのか』など、その精神的な性向を把握する試みも始まっています。それらも、精神性を客観化する取り組みの一部でしょう。依存心が強いとケガをする確率が高まるというような研究結果も出てきていますし、そのようなデータの種類が増えれば関連性の研究にも拍車がかかり、スポーツに関する新たな知見が生まれてくると思います」

宮田氏は「データに着目する理由は、チームの資産として蓄積されるから」と強調する。つまり、スポーツ選手や関係者にとって「レガシー」が残るからだ。

サッカーをはじめ日本のスポーツ界では、これまでは選手やチームを担当したコーチ・トレーナー陣が代わってしまうと、過去の体調変化やケガのデータも分からなくなってしまうという状況が多かったという。だが、データの蓄積と管理がシステム化されれば、監督やコーチ、トレーナーが突然代わっても、選手個々のデータはチームに残り、新たな指揮官はその状態をすぐに把握できる。そのようなシステムの構築は、サッカーを含むあらゆるスポーツ界の財産になるだろう。

サッカーには、選手の数、チームの数、そして時を経るほどに、ほぼ無限増殖とも言えるような膨大なデータがまだまだ眠っている。データを駆使することが、どこまでサッカー自体を進化させるのか。その未来に期待したい。

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