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遺伝子解析技術の発展が人類の未来を切り開く

ジーンクエスト代表取締役/高橋祥子

遺伝子解析により、人々の眠った個性を解き明かす――。小説やSFのような話だが、実はすでに遺伝子解析技術はわれわれの手に届くところまできている。個人向けの遺伝子解析ビジネスを扱うジーンクエストの代表取締役、高橋祥子さんに、遺伝子解析技術の革新が今後もたらしてくれる可能性について聞いた。

「遺伝子解析」が未来を変える

遺伝子とは一体何だろう?親から受け継いだ、人間の体をつくり上げる情報、それが遺伝子だ。「うちの家系は高血圧だからなあ」「親父が髪の毛薄いから将来不安だよ」。そんな、これまでの漠然としたイメージは、今や遺伝子の解析によって少しずつ科学的に証明され始めている。

女優、アンジェリーナ・ジョリーの乳房切除手術のニュースを覚えているだろうか。彼女は遺伝子解析の結果、将来乳がんになる可能性が87%と判定され、予防手術として健康な乳房を切除したことが話題となった。このように、これまで研究室の中だけの話だった遺伝子解析が一般的に知られるようになり、個人向けの遺伝子解析サービスとして実用化されるまでになっている。

ジーンクエストが提供しているサービスは、自分の唾液を専用キットに入れて返送すると利用でき、疾病リスクなどに関わる約300項目についての遺伝情報を解析してくれるというもの。2014年のサービス開始当時、競合他社は数十項目程度の解析しか行えなかったため、国内初の個人向け大規模遺伝子解析サービスとして話題になった。

株式会社ジーンクエスト代表取締役を務める高橋祥子さん

高橋さんが起業したのは、東京大学大学院在学中。大規模な遺伝子解析を活用して生活習慣病、特に糖尿病の予防のメカニズムについて研究後、仲間と遺伝子解析ビジネスを立ち上げた。「研究成果を社会に持続可能な形で発展させられるような仕組みをつくりたい」との思いからだったという。

「遺伝子情報は膨大ですが、その99.9%は人類同一のもの。つまり、1000個に1個ある個人ごとに違う部分を調べています。このキットでは30万カ所の遺伝子情報を調べていますが、その全てが疾病リスクや体質などに関係しているのかは、まだ解明されているわけではありません。分からない部分に、重要な情報が隠されている可能性もあるんです」

遺伝子研究は世界中で日々、進歩している。そのため、新しい研究成果が論文として発表されると、それをデータベースに組み込み、ユーザーの解析結果が自動更新され続けていく仕組みになっているそうだ。つまり、一度受ければ、常に最新の研究に基づいた解析情報が得られるということになる。サービスを受けた時点ではまだ分かっていなかった重大な疾病リスクなども、遺伝子情報との関係性さえ解明されれば、その段階で知ることができる。

この解析結果だが、がんや糖尿病、緑内障、アトピーなど疾病リスクだけでなく、アルコール赤面反応や記憶力、腰のくびれ、エネルギー摂取効率などの遺伝的な体質についても知ることができる。また、自分の母親の祖先が日本の北の方から来たのか、あるいは大陸から来たのか、なども分かる「祖先解析」も行えるという。

ジーンクエストが販売している遺伝子解析キット「ジーンクエスト ALL」

©ジーンクエスト

究極の個人情報を運用する難しさ

ただし、遺伝子解析の結果は、言ってみれば生涯変わることのない究極の個人情報だけに、取り扱いは難しい。例えばこの遺伝子解析は18歳未満を対象から外している。

「今のところ18歳未満の遺伝子解析については、日本ではまだ慎重になっています。遺伝子情報は一生変わらないものですから、知ることのメリットとデメリットをしっかり判断できる年齢でないといけない、ということですね。また年齢にかかわらず、人によっては、知ることでショックを受けることがあるかもしれません。たとえばアルツハイマーなどは、今のところ確実な予防法も治療法もありませんから、リスクが高いと知ったところでどうしようもない部分がありますよね」

親からしてみれば子供の体質や疾病リスクを知っておきたいし、さらには遺伝子情報によって、今後わが子に向いている学習分野や仕事などが判断できるかもしれないという希望もある。

「ただ、子供の才能を判断できるような科学的根拠は、まだあるとは言えません。私たちの解析結果にも単純な記憶力の項目はありますが、たとえば音楽や美術で才能を発揮するためには、もっと総合的な能力が必要になりますよね。今のところ、才能についての遺伝子解析に関する論文も出始めてはいますが、やはり多くは疾病リスクに関わるものが圧倒的なんです」

倫理的な問題とは別に、潜在的なニーズに応えるためには、まだ今後の研究を待つ部分も多いということだろう。

遺伝子解析の結果はウェブ上にアップされるので、スマホからでも簡単にアクセスすることができる。「飲酒によって顔が赤くなることはほとんど、あるいは全くないタイプ」ということまで分かるのが面白い

©ジーンクエスト

未来をより良くするための遺伝子解析

「疾病の発症に限っても、遺伝的な要因が高いものと、環境要因が高いものがあります。例えば乳がんなどは遺伝子によって決められている部分が大きい。それに比べて肺がんは遺伝的な要因は10%くらいで、それよりも喫煙などの後天的な影響の方がずっと大きいんです。そういった環境要因で予防ができるものこそ、リスクを指摘するだけでなく、そのリスクを回避するためにはどうすればいいかという情報も含めて解析結果としています」

アンジェリーナ・ジョリーのような予防手術は医療機関の中で行われた極端な例。遺伝子解析は自分の運命に一喜一憂するためのものではなく、自分の未来をより良いものにするきっかけなのだ。

「遺伝子データ自体、これまでは特定の疾病などに対する分析だけに使われておしまいでした。研究結果もバラバラなんです。もったいないですよね。だから、それを総合的に生かす仕組みを作っていきたいと思って始めた事業なんです。ただ遺伝子情報自体、慎重に扱わないと、それが差別などにも結びつきかねませんし、人それぞれの理解もいろいろです。理解が広まっていないから怖い、ということもあります」

現在、食品などで遺伝子組み換え品種に対する拒絶反応が大きいのと同様だ。

「義務教育の中でもあまり遺伝子について学ぶ機会がないですよね。技術の発展はものすごく速いのに、リテラシー(理解能力)が追いついていない。ただ、クルマが登場すれば交通事故の問題が大きくなるように、新しいものが出てくると、必ず新しいリスクが出てきますよね。そのとき、だからダメ、っていうんじゃなくて、その問題をどう解決して使うか、きちんと理解して議論がされていくことが大事だと思います」

「遺伝子解析に関するリテラシーはまだ議論が十分されておらず、技術の発展に追いついていないのが現状です」と、高橋さん

では、技術の進歩やリテラシーの問題を踏まえつつ、遺伝子解析はどんな方向に進むのだろう。

「医療機関、製薬会社、さらに化粧品会社や食品会社、フィットネスジムとの連携も進行中です。たとえば伊藤園さんとの共同研究の取り組みは発表しています。お茶に含まれるカテキンの効果は、実は人によってかなり個人差があるんです。そういったカテキンに対する個々人の感受性は遺伝子とどのように関連しているのか、ということも追究していく予定です」

疾病リスク回避だけでなく、人間が活動するためのエネルギーをより有効に生かす方向でも研究が進んでいくわけだ。

「エネルギー摂取効率についてはすでに項目があります。例えばダイエットにしても、炭水化物ダイエットが一番効果的なのか、それとも糖質制限ダイエットが有効なのか、といったアドバイスができるようになるかもしれません」

リスク回避が主体の遺伝子解析から、ベネフィット(利益)追求へ。今後研究がさらに進みデータベースが蓄積されていけば、遺伝子解析にはまだまだ大きな可能性がありそうだ。

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