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スポーツマネジメントの極意

選手への意識付けがチームを変える!日本ラグビー界の新境地を切り開く名将のチーム構築術

ジャパンラグビートップリーグ(TL) トヨタ自動車 ヴェルブリッツ監督 ジェイク・ホワイト【前編】

監督としてラグビーワールドカップ(以下、RWC)を制した現役の指導者は、世界を見渡しても2人しかいない──。その一人が、現在、ラグビートップリーグに所属するトヨタ自動車 ヴェルブリッツの指揮を執るジェイク・ホワイト氏だ。RWC2007で南アフリカ代表を優勝に導くなど、輝かしい指導経歴を持つ彼は、昨年の監督就任直後から大胆な改革をエネルギッシュに実行し、低迷していたチームを一躍リーグのトップレベルへと導いている。RWC2019日本大会の開催まで1年を切った今、世界的な指揮官に登場してもらう本特集。今回はホワイト氏にインタビューを敢行した。世界を知り尽くす名将のチームマネジメント術やいかに?

気持ちがなければ変えることはできない

アジア初開催となるRWC2019、その翌年、2020年には東京五輪(7人制ラグビー)が行われるなど、ラグビーの国際大会ラッシュが続く日本。世界との激しい戦いを見据え、日本のラグビー界では近年、優秀な指導者を海外から呼び寄せて選手たちの底上げを図ってきた。

中でも、2017年にジェイク・ホワイト氏がトヨタ自動車 ヴェルブリッツの監督に就任したニュースは大きな話題を呼んだ。

ラグビー強豪国として名高い南アフリカのヨハネスブルクで生まれ育ち、高校卒業と同時に指導者の道を歩み始めたホワイト氏。2002年に監督として、U-21南アフリカ代表をU-21ワールドカップ優勝に導くと、その5年後の2007年には南アフリカ代表の監督として、自国開催となったRWC2007を制覇。今やラグビー界では押しも押されもせぬ知将と称されている。

そんなホワイト氏は当初、「自分がトヨタの監督になるとは全く考えていなかった」と振り返る。では、なぜ彼は来日を決意したのだろうか?

IRB(現ワールドラグビー)年間最優秀コーチ賞のタイトルを2度(2004・07年)獲得しているホワイト氏

「私にオファーをくれたマネジメントスタッフは、『トヨタは変革に対応できるチームだ』と話してくれました。さまざまな国でコーチをしていて、チームが本気で変わろうと思わなければ何も変わらないと学びました。トヨタというチームは“本当に変わりたいという思いを強く持っていた”ことが、就任のきっかけですね」

たとえどんな優秀な人物がチームを率いても、選手自身やチーム自体に成長への欲求がなければ変化をもたらすことはできない。

逆にいえば、今の立ち位置に満足せず、常に変わりたいという気持ちをチーム全体が持っていること。それさえあれば、現状、うまくいっていなくてもマネジメントでチームを変えることができるということだ。

これは、スポーツもちろん、ビジネスシーンにおいても、現状を脱却する・より高みを目指すための重要なファクターといえるだろう。

賢く勤勉な日本人に潜む大きな弱点とは?

ホワイト氏がトヨタ自動車の監督に就任する2年前、ラグビー日本代表はRWC2015の大舞台で、ホワイト氏の故郷である南アフリカ代表を撃破。世界中のラグビーファンを驚かせる大番狂わせを演じた。

ホワイト氏が日本ラグビー界に興味を持つ一つの動機となる出来事だったが、実際にチームを率いると日本人のある特性に気が付いたという。

「ご存じの通り、日本人の体つきは海外の選手たちとは全然違います。ですが、日本の選手は賢い人がとても多い。というのも、日本の選手のほとんどは大学の学位を持っている。どの大学だったとしてもある程度勉強しないと学位は取れませんよね?だから海外の選手たちと比べて、指示への理解力が高い。そして人間的にもバランスが取れた人が多いですね」

チームスポーツの代表格ともいえるラグビーは、戦術の理解度がそのままチームの勝敗に直結する。それだけに監督の意を汲(く)み、戦術を理解できる能力を持つ選手たちが多ければ多いほど強くなると考えられる。

だが、実際はそうではなかった。ホワイト氏はさらにこう続ける。

「賢いがゆえに、それが諸刃の剣にもなりうる」とホワイト氏は力説する

トップリーグで活躍する外国人選手を見ても、その体つきの違いは一目瞭然だ

「賢い人たちに教えるわけですから、当然やりやすかったです。そして、努力することに時間を惜しまない選手が多い。やってほしいことを従順にこなしてくれるのは日本人の素晴らしい特性といえます。

でも、それは一方で“最悪”を生みかねない。なぜなら、言ったことしかやらなくなってしまうからです。自分の感覚に頼らず、指示通りの動きしかできなくなる。そうなるとどうなるかといえば、チャレンジをしなくなるのです」

教えを忠実に守るという国民性を美点としながらも、課題として挙げたホワイト氏。そして、“日本人あるある”ともいうべき、こんな経験を教えてくれた。

「先ほど“チャレンジをしない”と言いましたが、もっと言えば質問もあまりしてきませんでした。みんなが遂行しているシステムに疑問を持っても、質問をすることで反発していると思われるのが怖いのか、チームメイトの前で質問しないというケースがありました。システムを理解し、納得しないことには何も意味をなさない。だから私はチームを強くするために、分からないことはどんどん質問してほしいと言い続けてきました」

“出る杭は打たれる”ではないが、日本人は大衆の中で過度に目立つのを嫌がる傾向があるといえよう。“目上の人が決めたことだから、黙って従っておこう”という、ある種の同調圧力が働きがちともいえるかもしれない。

しかし、ホワイト氏には、それが不思議かつ意味のないものに感じられたのだ。

年功序列とは真逆の異例のキャプテン指名

指示を待ち続ける者、システムを完璧に理解せずにプレーしてしまう者が多くては、決してチームが変わることはない。特に、ラグビーは楕円(だえん)形のボールが弾んでどこに行くか分からないように、状況による変化がとても激しいスポーツだ。

今のままでは、そうした変化が起こるたびに選手たちが戸惑ってしまう──。そう考えたホワイト氏は、意識改革のためにある作戦に打って出た。

「怒鳴り散らして接するのが最良と考える指導者もいると思いますが、それでは選手にとってチームがネガティブな環境になってしまう。それでは選手は変わりません。そこで私は、スポーツ心理学者の力を借りました。

私は、ルーキーなどの若い選手も気兼ねなく意見を出せるようにした方がいいと考えていましたが、それは彼らも同じでした。

ではどうしたかといえば、彼らとリーダーシップグループと呼ばれる人とが協力し合い、リーダーシップグループから選手たちに落とし込むようにしました。こうすることで、みんながコミュニケーションをとるように変えていきました」

従来のような監督直々の指示、いわゆるトップダウンと呼ばれる方式ではなく、複数のリーダーを立てて、そこから指示を出すようにしたことで、日常的に“考える”ことが選手たちのルーティンになっていった。これにより、新人選手であっても先輩に対して、臆することなく自らの意見を言える環境に作り変えたのだ。

年齢の上下に関係なく、意見を言い合えるチーム──。

これこそが、ホワイト氏の考える理想のチームといえるが、その最たる例となったのが、昨年帝京大学を卒業したばかりのルーキー・姫野和樹選手のキャプテン就任だろう。

これについて尋ねるとホワイト氏はこう答えた。

異例に思われたルーキーのキャプテン抜擢。しかし、こう思うことこそホワイト氏にとっては「Why?」なのだ

「私が姫野をキャプテンにした理由は3つあります。まずは彼がプレーヤーとしても優秀で、チームのために尽くせる人間だと感じたこと。次に自分が監督に就任した際に、チームを率いている間はキャプテンを変えたりせず一貫してやりたかったこと。そして、最後が一番大事だったのですが、今までのやり方にメスを入れたかったこと。

せっかくチームが変わろうとしているときに、今までと同じようにキャプテンを決めていてはチームが変われないと思ったのです」

長年の経験を基に裏付けられたホワイト氏のメソッドは、日本では時に珍しく映る場合もある。中には、“日本ではこうした方がいい”と思われることもあっただろう。しかし、そのような理由で本意とは異なる旧来のやり方に合わせるという考え方は、ホワイト氏の辞書にはない。

信念を持って動くことにはエネルギーを費やすが、必ずチームはいい方向に変われることを知っているからこそ、“自分が納得するスタイルを貫く”というのがホワイト流のリーダーシップなのだ。

キャプテンに就任した当時、ルーキーだった姫野和樹選手(右)

では、思いもよらずキャプテンという大役に抜擢された姫野選手はどんな反応だったのか?そのときの様子をホワイト氏は次のように振り返る。

「そのときの反応は『僕ですか!?』という、いかにも日本人らしいものでしたね。彼が最初のミーティングで話したことは今でも覚えていますが、彼は『自分がキャプテンなんて信じられませんが、今の自分にできることはベストを尽くすことなので、なんとかしてみんなの前でしゃべります』と言いました。とても日本人らしかったですよ。

でも、今の彼と当時の彼を比較すると全く違う人間です。今の彼ならわがチームはもちろん、日本代表のキャプテンにもなり得ると思います」

まさに立場が人を変えたのだ。かつての日本にも領主として国を背負った若者がたくさんいたように、グループをまとめるのに年齢は関係ないということがよく分かるエピソードだろう。

後編は監督としてホワイト氏が特にエネルギーを注ぐ面、そしてチームにさらなる変貌をもたらした手腕を深く掘り下げていく。



<2018年10月31日(水)配信の【後編】に続く>
コーチングとティーチングの違いとは?ホワイト氏のマネジメント術に迫る

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