2020.6.16
日本初の有人飛行試験に成功! 空飛ぶクルマがもたらす新たな未来
株式会社 SkyDrive 代表取締役 福澤知浩【後編】
世界中でeVTOL(イーブイトール/electric Vertical Take-Off and Landing:電動垂直離着陸機)開発競争が進む中、世界随一のトッププレーヤーであることを自負する日本のスタートアップ企業SkyDrive。前編では代表取締役の福澤知浩氏に空飛ぶクルマの将来性や既存の交通手段との違いについて聞いた。後編ではプロジェクトの具体的な進捗状況と、普及に向けた道のりについて展望を伺った。
将来は自動車並みの価格で買えるように!
夢のある話ではあるが、まだ現実味がない。
空飛ぶクルマと聞いて多くの人はそう考えていることだろう。実際、どのくらい実現可能性のある話なのかは気になるところだ。
※【前編】の記事「一家に一台の時代が到来?「空飛ぶクルマ」が大空を席巻する日」
SkyDriveとその出自となった有志団体CARTIVATOR(カーティベーター)では、これまで試作機を用いた無人飛行試験を100回以上実施してきた。早い段階でトヨタグループから4500万円の支援金を取り付けるなど、当面の資金確保も順調に進み、2019年には愛知県豊田市と「新産業創出へ向けた『空飛ぶクルマ』開発に関する連携協定」を締結。日本最大級の屋内飛行試験場を含む約1万m2の土地を開発拠点として利用できるようになり、開発スピードがぐんと加速したという。
そして昨年12月には念願だった“有人飛行試験”に日本で初めて成功した。
代表の福澤知浩⽒は「人を乗せた機体が初めて浮上したときは、メンバーから“おおっ”と歓声が上がりました。これまで何度も遠隔操縦での無人飛行試験を行い、データを集めてきましたが、実際にパイロットが搭乗してシートから伝わる振動、音などの情報をリアルに感じ取れたことは、大きな前進だったと思います。機体の制御技術については、嵐や突風などの悪天候時でない限り、安定して飛行できるようになってきました。今後も有人、無人の飛行試験を重ね、不測の事態まで想定しながら安全性を高めていく予定です」と、初めての有人初飛行について感想と展望を語る。
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有人試験飛行時の1ショット。試験に使われた機体はSD-02という第2世代の試作機だ
実は重量物運搬用の無人カーゴドローンの予約販売は、2019年12月から既に開始され、有人機でのデモフライトも年内のうちに実施予定。さらに、2023年にタクシー事業向けのサービスを開始し、2028年には本格的な一般販売を始める計画だ。一般販売を山頂とすると、現在はまだ3合目付近とのことだが、有人飛行試験の成功からも分かるように技術的なハードルは着実にクリアしつつある。
となると気になるのが価格だ。発売開始当初、2名乗車モデルで3000~5000万円程度を想定しているという。
現在、市販されている2名乗車の小型ヘリコプターが3500万円程度であることを考えても、「まだ誰も乗ったことのない乗り物に乗ってみたい」というニーズは十分に期待できるのではないだろうか?
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福澤氏はCARTIVATOR共同代表のときから、企画から機体の開発、資金調達など、あらゆる業務をこなしてきた。2020年4月現在、SkyDrive社のスポンサー企業は100社近くにもなる
「市場が成熟し、本格的な量産体制が整ったら、最終的に300万円前後まで価格を落としたい、と考えています。化石燃料をエネルギー源とする既存の飛行機やヘリコプターと比べ、空飛ぶクルマの構造は圧倒的にシンプル。乗用車と同程度の価格帯にできるはずです」と福澤氏は言う。
独立前はあのトヨタ自動車で部品調達の業務を担当していた人物だけに、その言葉には説得力がある。もし想定するような低価格化が実現したら、空飛ぶクルマが現在の自動車に取って代わる、そんな未来が本当にやって来るかもしれない。
空の地盤固めも同時進行中
ただし実用化、普及のためには、技術面以外に数多くの乗り越えるべき課題もある。
その一つに法制度の整備が挙げられる。現在の航空法下で新しい航空機を運用するには、耐空証明や型式証明などを取得することが必須。それらを取得するには製造方法や安全性、耐久性に関する膨大な資料を用意し、数百にも及ぶ試験項目を全てクリアしなければならない。創業間もない企業にとっては、あまりにも荷が重い。
そこでSkyDriveは、三菱航空機で副社長を務めていた岸信夫氏を最高技術責任者に招聘(しょうへい)した。岸氏は三菱航空機で国産初のジェット旅客機「スペースジェット(旧MRJ)」のチーフエンジニアとして活躍し、その後、副社長まで務めた人物。航空機の設計や許認可については日本有数のプロフェッショナルだ。その上で福澤氏は「現状の航空法ではどのジャンルにも属さない乗り物なので、まずは実機をいったん完成させなければ、どのように扱うべきかの議論も進みません。今はとにかく開発を急いでいます」と、航空機を取り巻く現行法規の厳しさも理解している。
現状の打破に向けて奮闘しているのは、彼らだけではない。
経済産業省と国土交通省は合同で、日本における空飛ぶクルマの実現に向けた「空の移動革命に向けた官民協議会」を2018年から開催。これはまさにeVTOL の実用化、普及を官民連携で目指すもので、SkyDriveとCARTIVATORもメンバーとして参加している。航空法を管轄する行政機関がスタートアップ企業の味方についてくれたことは、大きな変化と言えるだろう。
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「空の移動革命に向けた官民協議会」第4回会議で検討された「空の移動革命に向けたロードマップ(案)」。2020年代半ばには事業スタート、2030年代からは実用化の拡大に向けた道筋が示されている。SkyDriveは同協議会に民間のリーディングカンパニーという立場で参加
当然、管制の問題も出てくる。
もし、何の方策もないままeVTOLが自動車のように普及したら、空が大混乱に陥ってしまうのは想像に難くない。空には道路のような導線や標識を描けないからだ。
事故を起こすことなく安全かつ効率的に空を移動するためには、現在とは全く異なる管制システムや誘導システムが必要になる。そうした状況の中、古くから旅客機などの航空管制を手掛けてきたNECが「空の交通整理や機体間・地上との通信などを支える管理基盤の構築を本格的に開始する」と宣言し、先述の協議会にも参加。
機体開発を担うSkyDrive、CARTIVATORとも協力しながら、空の新たなルールづくりに取り組んでいる。
移動の進化がライフスタイルを変える
それら諸問題が全て解決された上で、最後に残る課題。それは人々に受け入れられる存在になれるか否か、だろう。
「いくら安全で飛行能力の高い機体を開発できたとしても、多くの人が乗ってみたい、と思うような乗り物でなくては普及しません。そのためには恐怖心や違和感を抱かせないことが大切。性能だけでなく、外観デザインや乗り心地にも最大限の配慮をしながら開発しています」
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「日常的に空を使って移動することによって、移動自体が楽しく効率良くなった世界をもたらすことがゴール」と語る福澤氏
現代社会において自動車が普及したのは、単に便利だったからだけではないはずだ。
移動すること自体に楽しさがあり、ライフスタイルを豊かにするものだったからこそ、ここまで繁栄してきたに違いない。もしも空飛ぶクルマが実現すれば、そのとき以上に大きな変化を私たちの生活にもたらすことだろう。
最初に空飛ぶクルマを構想したとき、空を飛ぶことはどんな体験なのかを実感するために、実際にハンググライダーに乗ってみたという福澤氏。そこには「初めて三輪車や自転車に乗ったとき、世界が変わったように見えた」のと同じような感覚があったそうだ。
速く、便利に移動できるだけでなく、毎日の生活が楽しくなる。
そんな新たな乗り物を彼らは今、作ろうとしている。
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text:田端邦彦 photo:安藤康之