2020.7.30
地球と宇宙の食料資源は共通する? 宇宙×食の開発構想が地球の食料問題を解決に導く
SPACE FOODSPHERE 代表理事 小正瑞季【前編】
人類が直面している食についての課題を、広く宇宙に向けた視点で解決しようと真剣に取り組んでいる人たちがいる。月や火星において持続的に暮らすことを前提とした、宇宙食を開発する上で生まれる技術や知見を、地球の食課題解決にも役立てようというアイデアだ。JAXA宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)の一環の共創プログラムとしてこの事業を推し進める「SPACE FOODSPHERE(スペースフードスフィア)」を立ち上げた小正(こまさ)瑞季代表理事にインタビューした。
宇宙時代の到来が地球を救う可能性
人類は今まさに「食」の危機にひんしている。
国連が発表した「世界人口展望」によると、2019年現在で既に約77億人いる世界人口は、今後30年間でさらに20億人増えると試算されている。世界に目を向ければ十分な食料がまかなえているとは言い難い現状、人口の増加は一層の飢餓拡大を招くトリガーになりかねない。では、農地を拡大すればいいかといえば、そう単純な話でもない。安易な農地開発は温室効果ガスの排出によって地球温暖化を招くとされ、海水面の上昇や砂漠化などの気候変動を進めてしまうなど自然が受けるダメージがあまりにも大きく、人類が暮らす地表面積が狭まることにもつながってしまう。
こうした問題の抜本的な解決を目指して“地球外に活路を見いだす”、つまり、他の星への移住が夢物語ではなくなってきているのをご存じだろうか。それも、かつてのように大国主導の宇宙開発競争ではなく、民間企業による計画がスタートしているのだ。
「先日も、米国の宇宙ベンチャーSpace Xが民間企業として初めて国際宇宙ステーションへの有人宇宙飛行を成功させて話題になりました。宇宙開発は今、新しい時代を迎えています。月や火星で人間が暮らす未来が、本当にやって来る。しかもそれは遠い将来でなく、10年、20年先の近い未来です」
にわかには信じがたい未来展望を語るのは、SPACE FOODSPHERE代表理事の小正瑞季氏だ。
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学生時代は遺伝子工学を研究していたという小正氏。「いつの日か他の星で生命の起源のカギを見つけるのが夢」と語る
小正氏は、地球や人類の課題解決に貢献し得るベンチャー企業への投資育成を専門に行う「リアルテックファンド」でグロースマネージャー(ベンチャーキャピタリスト)を務める人物。主に宇宙ベンチャー、宇宙開発に役立つ先端技術を持つスタートアップ企業への投資育成を担当してきた。
「誰もが宇宙に行ける時代をいち早く到来させたいという思いで、宇宙ベンチャーを支援する仕事に携わってきました。ただ、これまでは宇宙に行くための技術開発が中心で、行った先で暮らすための技術、特に『食』をどうするか?については包括的な議論や技術開発が十分進んでいなかったように思います」
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法人名の「SPACE FOODSPHERE」は、宇宙時代の食生活について、周辺を取り巻く環境ごと考えるというコンセプトから名付けられた。SPHEREは「球体」の意
「また近年、さまざまなフードテックやアグリテック(農業技術)が誕生していますが、それぞれが先鋭化し、部分最適で進んでいる状況でそれらを統合する場が限られています。このまま各社個別に支援を続けても宇宙時代の到来を加速させることはできません。そのため、何か新しい取り組みをしなければいけないと感じていました」
昨年、リアルテックファンドとJAXA(国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構)は、コンサルティング企業の株式会社シグマクシスと共に、宇宙と地球の食の課題を解決するためのプログラム「Space Food X(スペースフードエックス)」を始動。小正氏はその代表として活動してきた。1年間のプログラム実施を経て、より本格的に活動するため立ち上げたのがSPACE FOODSPHEREだ。
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宇宙空間での究極的な資源循環社会を目指しながら、その技術や知見を地球の食の課題解決にも生かしていくことが、SPACE FOODSPHEREが考えるサイクル
空気のない場所で暮らすことへの挑戦
当然ながら、月や火星に人間が呼吸できる空気はない。そのため、まずはスペースコロニー(宇宙空間に作られた人工の居住地)のような閉鎖的空間を作ってその中で生活することが前提となるが、食料はおろか水をはじめとする資源やエネルギー源、労働力はごく一部に限られる。
調査段階~開拓初期は地球から物資を運び、食料については現在のような携行型の宇宙食を利用することにもなるのだろう。しかし、永続的かつ大規模な移住を前提にするなら、現地での資源調達や資源循環が必然だ。
「宇宙空間での極限的環境と地球が陥っている危機的環境には、“限られたスペースと資源の中で、いかにして人類を生存させるか”という共通する課題があります。人類が宇宙空間で持続的に生活できるようにする究極的な技術や知見を得た上で、それを地球の課題解決のためにも積極的に還元していく。それがSPACE FOODSPHEREの考え方です」
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SPACE FOODSPHEREが描く、2100年までの超長期シナリオ。2040年代には1000人規模での月面基地居住を、そして2050年代には火星基地への居住を想定している
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「宇宙には人を引きつける魅力がある。だからこそ各分野において世界でもトップクラスの技術や知見を持つ企業や研究者の方々に集まっていただくことができた」と小正氏
現在、SPACE FOODSPHEREでは“食分野”“宇宙分野”“資源再生”などさまざまな分野の専門家たちが集まる会合を月に1度開催し、各分野の最新動向や知見を共有している。
それぞれの領域で起きている事象を異分野間で共有することにより、思いも寄らなかった解決策が導き出されたり、シナジー効果が表れたりしているという。
宇宙開発と食、地球環境という、これまでほとんど交わることのなかった分野の人間が集まる場を作ったこと、それ自体に意義があった。
味や栄養だけでなく食文化も守る
小正氏は、SPACE FOODSPHEREが提案するソリューションとして、6つのイラストをモニターに映し出した。
コンパクトな空間で多様、多収穫量の植物を無人で生産する「超高効率植物工場」、バイオテクノロジーを駆使して細胞培養肉や微細藻類などの食料を“製造”する「バイオ食料リアクター」、地球環境の生態系の一部をスペースコロニー内で再現して多種多様な食料を生産しつつ人々のQOL(生活の質)向上に寄与する「拡張生態系」は、SF映画などで見られる未来の社会を表現したかのような世界だ。
※培養肉を研究する東京大学大学院 竹内昌治教授のインタビュー「“牛肉は研究室で”作られる! 「培養肉」研究の第一人者に食の未来を聞いた」
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SPACE FOODSPHEREが制作した6つのイラストについて解説する小正氏。上段が「完全資源循環型かつ超高効率な食料供給システム」を、下段が「閉鎖空間のQOLを飛躍的に高める食料ソリューション」を提案する内容 ※各イラストの詳細は後編で言及
反対に、「日常の食卓ソリューション」「特別な日の食体験ソリューション」「単独の食事ソリューション」については、われわれが現在、地球上で食に求めている要素。栄養価や味だけでなく、人とのコミュニケーション、パーティーなどの特別な体験を宇宙で再現した景色が描かれている。
「これらのイラストはSPACE FOODSPHEREが掲げる2大目標である、『完全資源循環型かつ超高効率な食料供給システム』と『閉鎖空間のQOLを飛躍的に高める食料ソリューション』を表現したものです。単に理想を描いたのではなく、技術的な考証を十分に行い、実際に運用できるのかなどをシミュレーションした上で図示化したものです。近い将来における食の在り方について共通理解を作り、実現を目指すために制作しました」
空気もなく他の生物もすんでいない場所で、人が暮らすための食料をどうするのか? を考えることは人類が初めて遭遇する難問であり、地球と人類の未来にもつながる問い。だからこそ、人生を懸けて挑戦する価値があると小正氏は語る。
実際に多くの専門家やベンチャー企業、大手企業がコンセプトに賛同し、新たなコラボレーションが生まれようとしている。
後編では、閉鎖空間におけるQOL向上など、食のソリューションについて聞いていく。
<2020年7月31日(金)配信の【後編】に続く>
火星や月などの宇宙空間で人類が暮らすための食料生産技術が、地球でどう役立つのか?
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text:田端邦彦 photo:安藤康之