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月や火星移住時に何を食べる? 究極の閉鎖隔離環境が新たな食のソリューションを生み出す

SPACE FOODSPHERE 代表理事 小正瑞季【後編】

来るべき宇宙時代の食課題を解決するプロセスから得られる技術や知見を、現在、地球と人類が直面している飢餓や環境問題などの課題解決に還元する。そうした共創を目指して設立された「SPACE FOODSPHERE(スペースフードスフィア)」。後編では閉鎖空間でのQOL(生活の質)向上などについて、同法人代表理事の小正瑞季氏に展望を伺った。

植物も肉も工場で作る時代へ

火星や月などの宇宙で人類が暮らすための食料生産技術。あるいは閉鎖的環境の中で健康的に暮らすための知見。

それらは全く環境の異なる地球で、どのように役立てられるのだろうか?

前編で触れた6つのソリューションを例に、小正氏により具体的なイメージを語ってもらった。
※【前編】の記事「地球と宇宙の食料資源は共通する? 宇宙×食の開発構想が地球の食料問題を解決に導く」

「イラストで描かれている技術は、決して夢物語ではない」と語る小正氏

「宇宙において使用できる空間と資源、労働力をはじめとするエネルギーはごく限られています。ですので、単位面積当たりの生産量をいかに増やすか、いかに少ない資源とエネルギーで食料を生産するかを考えなければなりません。工場設備内で完全自動化により多様な植物を生産する超高効率植物工場は、まさにそうしたコンセプトになっています。これは人口が増え、人間が暮らせる土地や農地が減りつつある地球においても、極めて有効な技術です」

農地のための開拓は現在、地球の自然環境にとって大きなダメージとなっている。食物生産を少ない土地面積の建物内に集約できれば、人口が増えても農地を拡大せずに済むというわけだ。さらに完全自動化が実現すれば、主に先進国で起きている農業従事者不足の問題まで解消できる。

完全自動化、完全資源循環を実現する密閉型植物工場のイメージ

「畜産については、生産過程で多くの二酸化炭素やメタンガスを排出する現在のスタイルを踏襲したまま、畜産業を拡大し続けていいのかという議論があります。培養肉や微細藻類などを製造するバイオ食料リアクターは、既存の畜産で賄いきれない栄養源を補いつつ、温室効果ガス排出量を減らすための技術になり得るでしょう」

人口増や温暖化による海水面上昇、砂漠拡大などによる地球上の居住可能面積の不足を補うため、将来的(2050年が目標)には高度循環型の海上都市、砂上都市建設も構想しているそうだ。スケールの広がりはとどまるところを知らない。

こちらは細胞培養肉、微細藻類などを生成する装置群のイメージ。タンパク質となる食料を育てるのではなく、製造するという時代が来るかもしれない

食料課題を解決しつつ生態系も守る

一方で、限られた空間内で地球にあるような食物連鎖を成り立たせる“拡張生態系”は、上記の2つのソリューションと少し意味合いが異なるようだ。

「地球では膨大な種類の食材から栄養素をごく日常的に取ることができますが、宇宙空間では違います。植物プラントなどで食料生産の効率化やモノカルチャー化を突き詰めていったときに、本当にそうした食べ物だけで人間が長期的に健康を維持し続けられるのかはまだ分かりません。そこで地球と同じような生態系を作り、食のバリエーションを増やす必要があるだろうと発想し、ソリューションの中に拡張生態系を組み込みました」

拡張生体系は多様な生物の営みを宇宙空間で再現した空間。生産可能品種を多様化しつつ、人間の健康にも寄与する

本来、食物連鎖が成立するような生態系を狭い空間内で実現することはできないが、ロボティクスやセンシングといった先端テクノロジーがそれを可能にするのだという。このソリューション、実は多様な食材を手に入れるためだけでなく、「種の保存」も目的の一つとしている。

小正氏は宇宙開発の最終段階として他の星を人間が住める環境に変える、いわゆるテラフォーミングが現実になったとき、生態系をつくる技術や知見が必要になると予測。これは荒廃してしまった地球環境を復活させるプロジェクトでも役立つ可能性がある。現代版ノアの方舟とも言えるユニークな発想だ。

こうしたテクノロジーを宇宙空間で実現するには、完成までにまだ少し時間がかかるかもしれない。だが、現代はイノベーションが目覚ましい発展・進化を遂げているのも事実。小正氏の見立てではあと10年から20年とのことだ。

しかし、現在の地球上であればそこまでのレベルがなくても事足りる。宇宙開発の過程で得られた技術を段階的に地球へとスピンオフしながら、ベンチャー企業のキャッシュフローを生み出そうという狙いもある。民間企業が長期的に宇宙開発を担おうとする以上、短期的にもビジネスとして成立させなければ企業として存続できず未来がないからだ。

食回りのサービス設計を根底から変える

ところで、われわれが食事に求めるものは、カロリーや栄養だけではないだろう。食事の時間は、人とのコミュニケーションを育む場であったり、生活の中で豊かさを感じる時間でもあったりする。

制限の多い宇宙空間をはじめ、飢餓や環境問題に直面している地球での食事は、一体どうなるのか?

「もちろん、たとえ制限のある宇宙空間であっても食のQOLを犠牲にすることはできません。最低でも現水準のQOLを今後も維持する。そうでなければシステムとして崩壊してしまいます。そして、より豊かにする方法を探求していかなければなりません。それは地球でも同じことです」

“日常の食卓”“特別な日の食体験”“単独の食事”と3つのシチュエーションごとに提案される食のQOL向上。上図は、特別な日の食体験ソリューションを表したもので、心の健康をケアするほか、閉鎖空間で失われがちな時間の節目を与える目的もある

SPACE FOODSPHEREでは、“日常の食卓ソリューション”“特別な日の食体験ソリューション”“単独の食事ソリューション”と、3つの異なる解決策を提案している。食に求められる要素を明確化し、場面と目的ごとに最適化したものだ。日常は3Dフードプリンターを使った料理などで効率的に、特別な日はシェフを招いてアバター(ロボット)がパーティーを盛り上げる演出をするなど、TPOではっきりと切り分けているのがユニークだ。

「宇宙開発で得られるのは、テクノロジーだけではありません。究極の食を開発する過程でもたらされる知見は、住宅、レストラン、宿泊など幅広い分野のサービス設計に役立てられるでしょう。これまで何となく経験や肌感覚でやってきたことを、きちんと科学的に分析し、情報として整理する。そんなことも私たちの使命だと感じています」

小正氏は「日本の最先端ではなく、世界の最先端・最前線にいる専門家、企業に集まっていただくことができた」と自負する

閉鎖空間内で、いかにして心の健康を保つか?

そのテーマは宇宙開発だけでなく、地球における災害時の避難所、さらに昨今のコロナ禍で注目されているパンデミック発生時の隔離環境を設計する上でも応用できるだろう。

日本人は古来、限られた国土と食材の中で食生活を豊かにするすべを得意としてきた。また、フリーズドライなどのインスタント食品を作るのもしかり。さらに最近では、フードテックやアグリテックなどのベンチャー企業が世界の最先端を走りつつある。こうした背景から小正氏は「未来の食分野において、日本は世界一を取れる!」と確信しているそうだ。

食が地球・宇宙をつなぐ未来──。

小正氏の脳内にはそれが具体的なビジョンとして描かれている。

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