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災害時の水問題解消へ! 長岡技術科学大と東京電力が産学連携で進める雨水浄水システム

国立大学法人 長岡技術科学大学大学院 教授 山口隆司/東京電力ホールディングス株式会社 経営技術戦略研究所 主幹研究員および長岡技術科学大学客員教授 矢嶌健史【前編】

台風などの大規模災害によってライフラインが遮断されたとき、早期復旧が求められる一つが水だ。上下水道が壊滅的な被害に遭った場合、雨水や排水を再利用できれば生命維持の大きな一助となることは間違いない。そんな浄水システムの研究開発を進め、2020年に運用テストをスタートさせた、長岡技術科学大学大学院の山口隆司教授と東京電力ホールディングス株式会社 経営技術戦略研究所主幹研究員で同大客員教授でもある矢嶌(やじま)健史氏に、プロジェクトの経緯と浄水システムの概要について聞いた。

途上国の水問題解決を目指したところからのスタート

2020年2月、長岡技術科学大学と東京電力ホールディングスは防災・減災に関する共同研究プロジェクトについて包括的に連携する協定を締結。4月から具体的なプロジェクトをスタートさせた。
※防災・減災に関する共同研究についての記事→「適切な⼼構えで防災意識に変⾰を︕ 災害対策を⾃分ごと化する“防災ワクチンTM”とは」

今回、話を伺った山口隆司教授と矢嶌健史氏が行っているのはそのうちの一つで、太陽光エネルギーと微生物を活用したポータブル浄水システムの開発を目指している。

プロジェクトの中心人物である山口教授は、水のスペシャリスト。自身の水圏土壌環境研究室では省エネ・低コスト型の水処理技術や水処理に関わる微生物の解明、さらに世界の水環境問題を五感で学ぶことをテーマとしている。

学長補佐(産学教育担当)、学長プロジェクト企画室長、テクノインキュベーションセンター長、技学イノベーション推進センター長、技学イノベーション部門長、技術開発センター長などさまざまな顔を持つ山口教授は、「水」をテーマに環境負荷低減技術の研究開発を続ける

今回のプロジェクトも、山口教授がアフリカ・ケニアへフィールドワークに出掛けたことがきっかけでスタートした。

「ケニアの中でも、水道も電気もないところに出掛けていったのです。そこで子供たちの教育施設を造ってほしいという依頼を受けました。元々水道と電気がないような場所でも稼働する水処理技術を確立させたいと思っていたので、それならトライしてみようと。今回の東京電力さんとの協定の中でこの話をさせていただいたところ『それは防災関係でも使える技術ですね』ということで一緒に研究することになりました」(山口教授)

山口教授と東京電力の最初の会話は2019年晩秋。とんとん拍子で共同での研究開発が決まり、矢嶌氏が登場することになる。

台風15号が知らしめた浄水システムの必要性

「東京電力としては新潟本部と私が所属する経営技術戦略研究所が連携する形でこの研究に取り組むことになりました。立ち上げの際、所長に『水は好きか?』と聞かれたので、『はい』と答えたらいつの間にか担当になっていました(笑)」(矢嶌氏)

同研究所技術開発部でSDGs(持続可能な開発目標)につながるヒートポンプをはじめ、排熱回収などに携わっていた矢嶌氏と山口教授は、すぐに意気投合したという。

「矢嶌さんを含めて、今回のプロジェクトでまずはどんな試作機を作ろうかという話をしていたときだったと思います。僕らが当初考えていたのは、“雨が降る力だけできれいな水ができないか”ということでした。それは実現可能ですが、そこに『若干の電気があるとポンプを動かして水を循環できるので、その方がいいな』と言ったところ、矢嶌さんが鞄の中から太陽光パネルを出してきたんですよ。それでどれくらいの電気が作れますかと聞くと、『5Wです』と。もう、それだけあれば水を流す力としては十分なのです。そうやって意見交換をする中で、どんどん仕様が決まっていきました」(山口教授)

重工業メーカーを経て、東京電力での研究職に就いた矢嶌氏。長岡技術科学大学では客員教授として実際に学生の指導も行っており、今回のシステム構築も遠隔で学生に指示しながら組み上げた

そのときのことを矢嶌氏もしっかりと覚えていた。

「大学関係者の方から頂いた資料で、山口教授の水浄化システムは動力を必要としないことは分かっていました。でも、われわれが参加するからには電気の力を活用した方がいいだろうと思い、太陽光パネルを鞄に忍ばせておいたのです」(矢嶌氏)

そう笑顔で語る矢嶌氏だが、その胸の内には強い思いがあった。

「2019年の台風15号の記憶がとても強いのです。実際に千葉県内の停電エリア支援に出向いたのですが、そこで『電気が使えないから地区の浄化設備が止まっててトイレにも行けない』という声をかなり頂きました。そして、きっと同じような状況は今後も発生し得るということで、太陽電池を動力にするシステムがあったらすごくいいなと思い始めたのです」(矢嶌氏)

そんな体験をした矢嶌氏が山口教授に出会うのは、その直後のことだった。

「資料を拝見すると、長岡技術科学大学には電気すら必要としない浄水技術があるというのです。そこにわれわれが培ってきた技術を合わせれば夢の浄水システムができるはず。それを作ることはインフラに携わる東京電力の使命の一つとさえ感じました」(矢嶌氏)

雨水はもちろん、生活排水まで微生物が浄化

長岡技術科学大学と東京電力が共同で開発を進めるポータブル浄水システムの試作機は、同大学のキャンパス内に設置されている。

その構造について、山口教授の研究室に所属し、途上国の水問題にも取り組む渡利高大(わたりたかひろ)助教に解説してもらった。

「雨水を使って生活用水を作るシステムと、できた生活用水を使った後の排水を再生するシステムの2つがここで稼働しています」(渡利助教)

キャンパス内にある、ポータブル浄水システムの試作機。向かって左側が雨水を、右側が生活排水を再利用する役割を担う

仕組みとしては至ってシンプル。

雨水の場合、システムが格納された小屋の屋根で回収され、それを浄水システムの中に流し込むだけで生活用水が作られる。

でき上がった生活用水は隣接する学習施設「アイデア開発道場」のトイレや洗面所で利用し、利用後の排水はポンプでくみ上げ、もう一つのシステムに流し込んで再度活用される。

試作機に隣接する学習施設「アイデア開発道場」。洗面所の水などは試作機で作られた生活用水が活用される。そして、ここで使われた水が再度試作機に流れ、生活用水として再利用される

つまり雨水と排水があれば、ほぼ永久的に生活用水を循環させることができるわけだ。

試作機を使ってシステムを説明する渡利助教。透明のパイプの中に微生物カプセルが格納され、この中を雨水や生活排水が上から流れることで微生物が汚物を食べ、下から浄化された水が出てくる仕組みだという

ではなぜ、このようなことができるのか?

「システムのポイントは微生物です。これはわれわれの研究室が得意としている分野なのですが、特殊なスポンジ(微生物カプセル)をパイプの中にランダムに入れ、上から雨水や排水を流します。すると2~3週間のうちにスポンジ内に微生物が付着し、それが汚濁(おだく)物質を食べ始め、排水をきれいにしてくれるのです。メンテナンスもほとんど必要とせず、水をどんどん流すだけできれいな水が生まれます」(渡利助教)

実際に使用している微生物カプセル。特殊なスポンジでできており、汚水を浄化する作用がある微生物を固定化する。1台につき700個程度の微生物カプセルが搭載されるという

微生物はスポンジの中に仕込まれているわけではなく、雨水や排水の中に元々入っているゴミのようなものに含まれている。その微生物を増やしていくことで自然の生態系を使ったシステムが完成する。

例えばそれは、「山に降り注いだ雨水が地中を通過していく中で浄化され、きれいな湧水になるのと同じようなシステム」と渡利助教は言う。

システムには太陽光パネルが設置されていたが、電気はどこで使われるのか?

「天井に集まった雨水はいったん集められて、システムの中を上から下に流れていきます。ただ、もちろん雨が降らない日がありますよね。するとシステムの中のスポンジが乾いて、微生物にとってあまり良くない環境になってしまうのです。そうならないように太陽光発電によってポンプを動かし、水を循環させる必要があります。また、生活排水を再利用する場合もポンプでくみ上げるので、その動力も電気ということになります」(渡利助教)

雨水や生活排水があれば、大きな電力がなくとも生活用水を確保できるこの画期的なポータブル浄水システム。

後編では、実用化に向けた今後のロードマップと展望にフォーカスする。



<2021年3月30日(火)配信の【後編】に続く>
実用化まであとどのくらい? ポータブル浄水システムの目指すべき性能や道のりに迫る

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