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流すだけできれいな水を生成! ポータブル浄水システムが水不足に悩む世界の人々を救う

国立大学法人 長岡技術科学大学大学院 教授 山口隆司/東京電力ホールディングス株式会社 経営技術戦略研究所 主幹研究員および長岡技術科学大学客員教授 矢嶌健史【後編】

災害復旧時に不可欠となる水を確保する有効な手段として期待されているのが、雨水や生活排水を再利用できるシステムの開発だ。前編では長岡技術科学大学と東京電力ホールディングス株式会社の共同開発に至る経緯と試作機の仕組みを聞いたが、後編では目指すべき性能や実用化までの展望について迫っていく。

1台24時間の稼働で4人家族1日分の生活用水を生成

長岡技術科学大学のキャンパス内にある、ポータブル浄水システムの実用化に向けた試作機。これは山口隆司教授と矢嶌健史氏の指示の下、学生たちが組み上げたものだ。
※【前編】の記事「災害時の水問題解消へ! 長岡技術科学大と東京電力が産学連携で進める雨水浄水システム」

「試作機を作る際、どれくらいの水を作るかを最初に考えます。活用する学習施設『アイデア開発道場』の1日の利用者は平均10人程度。だとすると1日に40リットルくらいの生活用水を作り出すことができるサイズであれば良いと想定しました」(山口教授)

ただ、このサイズはあくまで試作機においての話。

山口教授が目指すのは、24時間で800リットル程度の生活用水を作るポータブル浄水システムとなる。それだけあれば4人家族の1日の生活用水として、十分に事足りるからだ。

ポータブル浄水システム内の浄水の流れ。これは生活排水を再活用する場合で、右下の汚水ポンプでくみ上げてシステム上部から流し入れる。微生物カプセルの中を流れ落ちながら浄化され、きれいな水が下から出てくる

試作機の製作には矢嶌氏も深く関わった。

「作り出す水の量に合わせてまずはポンプの選定から始めました。ポンプが決まれば、次はそのポンプを動かす電気の使用量を賄うことができる太陽光パネルとバッテリー選びです」(矢嶌氏)

矢嶌氏が選んだ機材を組み立てる学生たちは製作過程を撮影し、その動画をリアルタイムで関東にいる矢嶌氏に送付。それを見ながら矢嶌氏が遠隔で指示を送ったのだという。

「面白かったですよ。離れたところにお互いがいて、一つのものを作り上げるという意味では、これからの仕事のやり方を試しているようでした」(矢嶌氏)

この矢嶌氏と学生たちのやりとりにも、今回のプロジェクトの大きな意義があると山口教授は語る。

「通常の共同研究の場合、教員同士の連携がほとんどです。しかし、今回のケースではメールのやりとりが中心とはいえ、矢嶌さんに直接学生を指導してもらいました。指示もすごく的確で、学生にとっても貴重な経験になったと思います」(山口教授)

長岡技術科学大学には留学生も多く、多様な視点で水の課題解決に向けた技術を議論する

順調に連携が取れているように見える一方で、試作機製作中にはポンプが外れたり、パイプが目詰まりしたりするさまざまなトラブルがあった。

「予想外だったのは、関東圏と新潟県の発電量の違いです。理由は天候にあります。新潟は関東に比べて曇りの日が多かったのです。そのため、関東ならこのくらいで十分と思った太陽光パネルのサイズでは、同じだけの電力を得ることができませんでした。これは関東の人間では気付けなかったことで、びっくりしましたね」(矢嶌氏)

2021年、実証実験はいよいよ第2世代へ

2020年4月にスタートした実証実験。約1年の間に3回の設計変更があり、取材時(2020年12月)には早くも2021年度に試す第2世代の準備に取り掛かっていた。

「設計は半分程度終わっています。目標は、第1世代で発生したトラブルを全て解決すること。そして、誰でも簡単に使うことができるように改善することです。そうしなければ普及していきませんからね。災害時だけでなく、いつでも利用できる使い勝手のいいものに仕上げていくことが最終的な目標ですから」(矢嶌氏)

「災害発生時に利用しようとした場合、ポータブル浄水システムをどこに持ち込むかを想定する必要があります。例えば、避難所となる小学校や公民館などですね。その場合、対象は10人どころではありませんし、必然的にトイレの利用頻度も多くなります。今後は、そういった場所へ持ち込むことを前提とした開発アップデートが必要になることでしょう」(山口教授)

試作機の隣に立つ山口教授。右側に見えるのが太陽光パネル。その下に微生物カプセルの詰まったパイプが見える

例えば、台風などの水害の場合、周りに水があるのに使える水がないという状況が生まれる。

ペットボトルなどで補給ができる上水に対し、最も困るのが生活用水に使う中水だ。泥に漬かった家具を洗うための水や風呂、洗濯、トイレに使う水がないという状況は日本の災害現場において、長く変わらぬ風景として続いてきた。

「このポータブル浄水システムは、そういった被災現場にあふれている汚水をきれいにして、使える水に変えてしまう。その発想の転換がすごいのです」(矢嶌氏)

とはいえ共同開発の先にでき上がったポータブル浄水システムを実用化するためには、まだ越えなければならないハードルがある。

今回の長岡技術科学大学と東京電力の防災・減災に関する共同研究プロジェクトでは、その部分に関する取り組みもスタートしている。

それが、新潟県内にある防災関連企業の産業クラスター化だ。

客員教授として、ポータブル浄水システムの開発はもちろん、学生の指導にも当たった矢嶌氏。インターネットを活用した遠隔指導に「近未来の仕事の仕方を疑似体験しているようでした」と語る

「東京電力はインフラを整備する会社です。メーカーではないので、ここで得られた知見をいずれかのメーカー、あるいはシステムを維持管理するような会社とコラボして、製品化を進めていくことになると思います。そこまで進むことができて、ようやく実用化という最終ステージが見えてくるのです」(矢嶌氏)

きれいな水を作ることで世界に貢献していく

「今回の共同開発では、長岡技術科学大学の持つ技術力と発想に驚かされることばかりでした」と矢嶌氏。

山口教授と共に、本プロジェクトに関わる長岡技術科学大学の渡利高大助教(左)。土木環境システムを研究分野とし、海外でのフィールドワーク経験も豊富だ。その渡利助教が手にしているのは水をろ過する「セラミック製ろ過膜」、山口教授は水源となる雨の「降雨量計測容器」を手に持つ

例えばその一つが、微生物の性質を見極める技術だという。

「微生物の生育状況であるとか、水質の変化は、センサー技術を使えばある程度判断することができます。しかし、何億何兆という種類がいる微生物に対して、これは元気だけど、こっちは元気じゃないというのを判別するのは容易ではありません。でも、その技術がここにはあるのです」(矢嶌氏)

ポータブル浄水システムで利用する微生物は、どこかから持ってきたものでも山口教授の研究室で育てたものでもない。雨水に含まれるものなど、自然由来のものだ。

「世界中のどこであっても、その場所ごとのDNA情報を読み取り、どんな微生物がいるかを判別する技術をわれわれは持っています。例えば、雨水の中にいる微生物の中で、どれが窒素など排気ガス由来で入ってきた汚物を除去できるかといったことを把握できるのです」(山口教授)

このほかにも矢嶌氏が驚愕した技術が、山口教授が生み出したシステムにはある。

それはゴミを出さないということだ。

「通常の下水処理システムの場合、どうしてもカスがヘドロになって残ります。でも、このシステムではカスが出ません。どういうことかというと、システムの上の方にいる微生物は汚物を食べ、やがて死にます。すると、その下にいる微生物が死んだ微生物を食べてしまうのです。この連鎖が下まで続いていくうちに、水が浄化されてしまうというわけです。だから圧倒的にゴミが少なくなります。この浄水システムが半永久的に動くだろうと思っている理由の一つが、これですね」

パイプの中に無数の微生物カプセルが入る。その一つずつにさまざまな特性を持つ微生物が入り、上から順に自分たちが欲する汚物を食べることで水を浄化していく

山口教授は世界を見渡したとき、今後水が足りなくなる可能性は大いにあると言う。また国内を見ても、高齢化と過疎化が進む地方などでは、その規模に合わせた水処理施設が必要になってくるはずだとも語っている。

加えて、毎年のように起こる自然災害は今後も起こり得るし、その復旧には当然ながら水が必要だ。

「東日本大震災時、下水処理場が壊れて垂れ流し状態が続き、新しい施設ができるまで数年単位の時間がかかるという現場を見てきました。そして、水が流れているだけできれいになる技術が必要だと痛感したわけです」

そう語る山口教授に今後の夢を伺うと、“世界制覇”という答えが返ってきた。

これは、水をきれいにするシステムとして今回開発しているポータブル浄水システムが世界中の人から選んでもらえるようになるという意味だ。

水を通じて社会貢献となる技術を長岡技術科学大学と東京電力が協力することで生み出していく。

その夢の実現まで、もう少しのところまで来ている。

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