1. TOP
  2. トップランナー
  3. 世界に5カ所だけの謎多き「亜熱帯モード水」! CO2吸収と放出の奇妙な相対関係とは
トップランナー

世界に5カ所だけの謎多き「亜熱帯モード水」! CO2吸収と放出の奇妙な相対関係とは

東京大学 大気海洋研究所 准教授 岡 英太郎【後編】

太平洋の海洋内部にある水温約17℃の巨大な水塊(すいかい)「北太平洋亜熱帯モード水」。前編ではそれが黒潮と季節風によって形成される仕組みと、亜熱帯モード水が大気中にある大量のCO2を吸収している事実について話を聞いた。後編では、その化学的な特性と生態系への影響、さらに10年周期で変動が起こる理由を、引き続き東京大学 大気海洋研究所の岡 英太郎准教授に聞く。

海洋が大量のCO2を吸収できる理由とは

海洋には海水の性質によって大気のCO2を吸収する海域と大気にCO2を放出する海域があり、海洋全体から見ると吸収する量の方が圧倒的に多いという事実について【前編】の最後で触れた。
※【前編】の記事「『亜熱帯モード水』が気候変動の謎を解くカギ? 太平洋にある巨大な水塊の秘密に迫る」

気象庁の「海洋による二酸化炭素吸収量(全球)」によれば、海洋によるCO2吸収量の総量は平均で1年あたり20億トン炭素(炭素の重さに換算した二酸化炭素の量)とも言われている。

さらにその吸収量は変動しながら近年増え続けており、2019年の吸収量は28億トン炭素と1990年以降の期間で最大の数値となった。

海洋のCO2吸収量が増えている理由はどこにあるのか?

「亜熱帯モード水の物理的な循環の仕組みと、化学的な変動を明らかにするのが喫緊の課題、目標です」と語る岡准教授

「産業革命前の世界では、海洋はCO2を吸収も放出もしていませんでした。しかし産業革命以降、大気中のCO2濃度が増え続けているため、海洋が吸収する大気中CO2の量も増え続けているのです。一般的には大気中のCO2濃度が相対的に高まると、海洋がCO2を吸収するように働くんですね」(東京大学 大気海洋研究所 岡 英太郎准教授)

その結果、人類が経済活動によって排出したCO2の量よりも大気中のCO2増加量は大幅に抑えられている。

海洋は私たちの見えないところで、人類が引き起こした温暖化を抑制してくれているのだ。

しかし、これにも少なからず代償がある。

海洋が酸性化することで生態系にも影響

「海水はCO2を吸収すると、酸性化します。海水は元々弱アルカリ性ですが、徐々に中性へと近づいているのが現状です。気象庁が1990年から行っている特定海域における調査結果でも、過去25年間に海水に含まれる炭酸物質の量は確実に増加し、酸性化も進んでいることが明らかになりました」

気温や海水面の上昇、異常気象など地球温暖化にまつわるニュースは毎日のように報道されているが、CO2の排出によって海の酸性化が進んでいるという事実を知っている人はそう多くないだろう。

このまま海洋の酸性化が進むとどうなるのか──。

 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、海洋酸性化によって海水の化学的な性質が変化し、CO2吸収能力が低下すると指摘しており、限界に達すれば地球温暖化が加速度的に進行する可能性もある。

しかし、亜熱帯モード水については「海水中のCO2濃度が高まるほど、冬の冷却によるCO2の吸収しやすさが増す」という逆方向の特性もあるそうで、簡単には予測できないという。

「亜熱帯モード水の変動にはさまざまな要因が複雑に影響しており、その不可解な性質こそ面白い」と笑顔を見せる岡准教授

海洋が酸性化することで、生物にも影響が出るだろう。植物プランクトンや貝類、ウニなどの棘皮(きょくひ)生物、サンゴといった海洋生物は海水に含まれる成分から骨格や殻などを形成しているが、それらの成長を阻害する恐れがある。

食物連鎖の下位に属するそれらの生物が繁殖しにくい環境になると、一帯の生態系全体に影響が及ぶ可能性も否定できない。

「亜熱帯モード水が大気中のCO2を吸収しやすい化学的性質を持っているのは事実ですが、だからといって地球温暖化を防ぐ救世主になるわけではありません。なぜなら、亜熱帯モード水は広大な海洋全体のほんの一部分に過ぎないからです」

世界に5つある亜熱帯モード水の全てを足しても、全海水の体積の500分1程度にしかならない。ゆえにCO2を吸収できる量にも限界がある。

ただし、そのメカニズムを詳細に分析することで海洋の理解につながり、気候変動などの理由を解き明かすことにつながる可能性はある。

風が吹けば……の格言は本当だった

「亜熱帯モード水をはじめとする海洋の仕組みをさらに解明するには、観測環境を充実させることが不可欠です」と岡准教授は語る。

日本では気象庁が1960年代から東経137度線で船舶による観測を実施し、50年以上にわたって継続してきた。さらに2000年代からは【前編】でも紹介したアルゴフロートによる観測が始まり、海洋物理学の研究が飛躍的に進展。

そうした中、2015年にある興味深い事実が発見された。

「北太平洋亜熱帯モード水の体積が10年規模で規則的に変動することは従来の船舶による観測でも分かっていましたが、その変動が太平洋十年規模振動=PDO(Pacific Decadal Oscillation)の影響であることが判明したのです」

気象庁・東経137度線の冬の観測による、亜熱帯モード水の断面積の長期変化を示したグラフ。約10年ごとに大きな変動がある様子を見てとれる

(Oka et al., 2019)

PDOとは10年規模で北太平洋の海面水温が変動する現象で、それに伴って北太平洋中央付近、すなわちハワイの北側にある海域上空の偏西風が強まったり、弱まったりする。

風が強いと地球の自転の影響で直下にある海面の水位は低下し、その海面変動が波として3~4年という長い年月をかけて日本の東側にまで到達。亜熱帯モード水を形成する黒潮続流(房総半島沖で黒潮から分岐した海流)を不安定化させる。

黒潮続流が不安定だと亜熱帯モード水は形成されにくくなって体積が減少し、逆に風が弱いと黒潮続流が安定して亜熱帯モード水の体積は増加することが判明したのだという。

「それまでは、単に日本付近の季節風が冷たい年には亜熱帯モード水がたくさん形成されるのだろうと予想されていました。それが実は日本から何千kmも離れた場所で吹く偏西風の影響だったとは驚くべき事実でした。これはまさに『風が吹けば桶屋が儲かる』という格言を思い出せるような現象です」

太平洋亜熱帯モード水の10年周期変動については、体積だけでなく化学的性質も変動していることが既に分かっている。

ちなみに現状のフロートでは水温や塩分を観測しているのみで、化学的性質までは分からない。これらの事実は、従来から継続的に行われてきた船舶による観測で明らかにされたことだ。こうした研究ができるのも、東経137度線での観測を長年続けてきた日本だからこそだと岡准教授は言う。

亜熱帯モード水の化学的性質を表す、(d)全炭酸濃度、(e)pHの長期変化を示したグラフ。全炭酸とは、CO2が海水に溶けてできる炭酸物質の総量のこと

(Oka et al., 2019)

ちなみに現状のフロートでは水温や塩分を観測しているのみで、化学的性質までは分からない。これらの事実は、従来から継続的に行われてきた船舶による観測で明らかにされたことだ。

こうした研究ができるのも、東経137度線での観測を長年続けてきた日本だからこそだと岡准教授は言う。

「私が研究を始めた当時、海洋物理学は未解明、不可解なことばかりでしたが、だからこそ面白かった。現在は、地球環境問題への意識の高まりから海洋への関心も高まっていて、メカニズムもだいぶ解明されてきました。それでも、まだまだ調べるべきことはたくさん残されています」

現在、水温・塩分センサーに加え、溶存酸素やpHなどの化学センサーを付けた新しいタイプのアルゴフロートで亜熱帯モード水を観測し、それが大気に及ぼす影響を解明するプロジェクトに取り組んでいる岡准教授。

ことし2月、化学センサーを搭載した新タイプのフロートを携え、大型研究船「白鳳丸」で亜熱帯モード水の観測に挑んだ

この観測が本格化すれば、亜熱帯モード水の循環という物理的変動だけでなく、化学的な変動まで、より正確に把握できることだろう。

海の謎を解き明かす、新たなチャレンジの進展に期待したい。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Twitterでフォローしよう

この記事をシェア

  • Facebook
  • Twitter
  • はてぶ!
  • LINE
  1. TOP
  2. トップランナー
  3. 世界に5カ所だけの謎多き「亜熱帯モード水」! CO2吸収と放出の奇妙な相対関係とは