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磁石に秘められたパワー! 水素の液化効率を向上させる「磁気冷凍」とは?

国立研究開発法人 物質・材料研究機構 液体水素材料研究センター 副センター長 兼 磁気冷凍システムグループ グループリーダー 神谷宏治【前編】

今年4月、国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)と金沢大学らの研究チームが独自に開発した「磁気冷凍システム」を使って水素の液化に成功したと発表した。次世代のエネルギーとして期待されている水素だが、石油並みに可搬性を高めるためには液化させる必要があるものの、水素が液化するのは-253℃という極低温であり、いかに効率よく冷却するかが課題だ。「磁気冷凍」とはどのような仕組みなのか。NIMSの神谷宏治氏に聞いた。

水素の代替エネルギー化には液化が不可欠

脱炭素社会の実現に向けたソリューションの一つとして、水素への期待が高まっている。

石油由来の燃料と違い、エネルギーを利用しても二酸化炭素(CO2)を一切排出しないのがメリットだ。

他にも、インフラに頼らずともオフグリッド(送電網につながっていない電力システム、独立電源)で利用可能な点、さまざまな方法や材料から生成可能な点、燃焼や燃料電池によって化学反応させて電力を取り出せる点など多くの強みがある。

普及までにはまだ多くの課題が残されているものの、新たなエネルギー源として有望であることは間違いない。

「水素は液化させると、体積が800分の1にまで小さくなります。特に都市部では水素ステーションに使える敷地面積も限られますから、液化して貯蔵する方法が有効になるでしょう。長距離移動が多く、稼働率が高いトラックなどへのエネルギー供給を考えたときにも有用です」

こう語るのは、NIMS液体水素材料研究センター 副センター長 兼 磁気冷凍システムグループ グループリーダーの神谷宏治氏だ。

「磁気冷凍装置の開発を通して、液化水素の普及、カーボンニュートラル社会の実現に貢献したい」と語る神谷氏

さらに神谷氏は、インフラの整っていない地域での優位性も指摘する。

「離島や僻地などグリッド(送電網)のない場所での電力や自動車などの利用にも、液体水素のような運搬できる燃料が必要になってくるはずです。もちろん全ての代替エネルギーが石油から水素に取って代わるとは思いませんが、適材適所、地産地消のエネルギー源として今後、水素の需要が増えることは間違いありません」

まるで魔法のような磁気冷凍の仕組み

今回発表されたプロジェクトは、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)が推進する未来社会創造事業・研究開発課題「磁気冷凍技術による革新的水素液化システムの開発」の一環として、NIMSと金沢大学、大島商船高等専門学校から成る研究チームで進められてきた。

しかしながら、水素の液化は既存の技術だ。ではなぜ今、磁気冷凍技術が求められるのだろうか。

「水素は約-253℃という極低温で液化しますが、これまで利用されてきた気体式冷凍機での液化効率は最大でも25%程度が限界でした。この液化工程にかかるコストが製造価格の実に3分の1を占めており、液体水素の普及を妨げる大きな障壁となっています。より液化効率の良い冷凍技術を模索する中で、原理的に気体式よりも優れている磁気が注目されることになりました」

気体式冷凍機とは、エアコンや冷蔵庫などにも採用される技術だ。

冷媒(ガス)は圧縮されることで発熱するが、その熱を大気中などに放出したのち、冷媒を膨張させることで冷媒の温度を一気に下げる。すると冷媒が周囲の熱を奪い冷却するというのが気体式冷却の仕組みだった。

現在、水素を液化する際にも同様の技術が使われているが、磁気冷凍ではこの気体圧縮に代わる役割を磁気が担うことになる。

今回の実験で神谷氏らの研究チームが使用した磁気冷凍機とその模式図。超伝導磁石の内部に磁性体の入った円筒容器が出入りする仕組みで、大きさは大人の身長ほどだ

「ある種の特殊な磁性体は、それを構成している原子一つ一つが小さな磁石だと考えられます。つまり磁性体の中に膨大な数の小さな磁石が入っていると思ってください。磁性体は磁場がない状態では小さな磁石がそれぞれバラバラの方向を向き、乱雑さ(エントロピー)が大きい状態です。しかし、磁性体に磁場をかけると、小さな磁石たちの向きが一方向に整列しエントロピーが減少します。磁性体が断熱状態だと全体ではエントロピーを一定に保とうとするため、熱エネルギーをつかさどる格子のエントロピーが増加し、周囲を温めるのです」

小さな磁石が有している磁性はそれ自体がエネルギーとなるが、磁場で整列させることにより熱としてエネルギーを放出するわけだ。

「では、磁場をかけたままの状態で磁性体が熱を放出した後、磁場から出すとどうなるか。今度は小さな磁石が再びバラバラの方向に戻ります。すると先ほどとは逆に周囲からエネルギーを奪い、温度が下がります。これが磁気熱量効果と呼ばれる現象です」

磁気熱量効果の概念図。励磁(れいじ/磁化していない磁性体に磁気を帯びさせること)によって磁性体の磁気モーメントがそろうと排熱し、その状態で消磁すると磁気モーメントが乱雑になり、周囲から熱を吸収する

気体式冷却ではガスの圧縮と膨張の冷凍サイクルによって冷熱を発生するが、磁気による冷却では磁性体に磁場をかけ、磁性体を磁場から出すという冷凍サイクルによって冷熱を発生する。

そのため、多くのエネルギーを消費するガスの圧縮仕事が不要となり、理論的には気体式冷凍機の2倍となる液化効率50%以上も可能と言われている。

課題山積ながら実用化に光が…

磁気熱量効果の発見自体は古く、エジソンやニコラ・テスラが生きていた時代だという。

ただ技術的ハードルは高く、極低温の水素液化用冷凍はもちろん、冷蔵庫・エアコン用などの冷却装置としても研究開発の段階である。

現象の発見から100年以上たった今も研究レベルとなっているのが現状だが、今回の実験成功によって液化水素の分野に関しては実用化にかなり近づいたと言えよう。

「磁気冷凍技術を実用化させるには、磁性体などの材料選定や装置の開発が重要な鍵を握る」と神谷氏

これまで試されてきた液化水素用磁気冷凍では、冷却できる温度範囲の狭さが大きな課題の一つとなっていた。

磁気熱量効果をシンプルに使った装置で冷却できるのは-5℃が限界。つまり水素が液化する-253℃まで持っていくには、-248℃まで気体式冷却など他の装置であらかじめ冷却した上で使用しなければならなかったのである。

今回、神谷氏らの研究グループが行った実験では、その課題クリアに向けて大きく前進。冷却動作温度範囲を大幅に拡大することに成功した。

この課題解決に貢献したのが、「能動的蓄冷式磁気冷凍(AMRR:Active Magnetic Regenerative Refrigeration)」などの新たな技術導入とその改良、周辺装置の開発だ。

後編では、実験を成功に導いた工夫の数々について、引き続き神谷氏に話を聞く。



<2022年11月15日(火)配信の【後編】に続く>
水素液化の実用的なモデルを作るために拡大が不可欠だったものとは?

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