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クリーンなエネルギー、液体水素の普及に「磁気冷凍」は光明をもたらすか?

国立研究開発法人 物質・材料研究機構 液体水素材料研究センター 副センター長 兼 磁気冷凍システムグループ グループリーダー 神谷宏治【後編】

次世代燃料として期待されている水素──。ただ可搬性・貯蔵性を高めるために気体から液体へと変換するには、-253℃以下という極低温にまで温度を下げなければならない。その問題に、“磁力”という武器で挑んでいるのが国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)の神谷宏治氏らの研究チームだ。既存の技術では太刀打ちできなかった課題をどのようにクリアしたのか? 前編に続いて神谷氏に聞く。

小さな力を集めて大きな冷却力に

磁性体を磁場から引き離すことで周囲が冷却される「磁気熱量効果」。

しかし、その原理を単純に利用しただけの装置では、わずか5℃程度の温度差しか生み出すことができない。水素液化の実用的なモデルを作るには、作動温度域の拡大が不可欠だった。

その課題を解決した技術が、神谷宏治氏らの研究チームが実験に用いた「能動的蓄冷式磁気冷凍(AMRR:Active Magnetic Regenerative Refrigeration、以下AMR)」だ。

AMRは磁性体に冷凍作業と合わせて蓄熱作業を担わせることで大きな温度差を生み出すもの。家電領域では研究が進んでいるそうだが、家電と水素液化の極低温では求められる要件が全く異なり、そのまま応用することはできなかった。

今回、磁性体には水素液化温度近くの極低温で高い冷却効果を持つHoAl₂ (ホルミウムアルミニウム金属間化合物)を採用。この化合物を粒子状に加工した上で容器内に充てんさせた。
※【前編の記事】磁石に秘められたパワー! 水素の液化効率を向上させる「磁気冷凍」とは?

磁性体として採用されたHoAl₂の粒子。さまざまな材料候補の中から検討し選定した

「磁性体の粒子一つ一つが磁気熱量効果を発揮すると考えてください。磁性体に磁場をかけると磁性体全体の温度が上昇します。磁性体の周囲は熱交換ガスで満たされており、ガスが磁性体の熱を吸収した後に、ガスを低温側から高温側へと流します。すると磁性体全体の中で温度ムラが生まれ、高温側はより高い温度になります。

続く冷却過程では、磁性体を移動させて磁場から引き離します。すると磁性体全体の温度が低下しますが、このときガスを先ほどと逆方向に流すと低温側の温度が一気に下がるのです。粒子一つ一つの温度変化は5℃程度ですが、熱交換ガスによって熱をヒートポンプすることで大きな温度変化を生じさせることができます。これがAMRサイクルの効果です。例えるなら、粒子とガスによる熱のバケツリレーのようなイメージになります」

また、HoAl2は摩耗に弱く微粉化しやすい性質があるため、破砕紛をスタンプ状に加工して微紛化を防ぐ工夫もされた。

磁性体に粒子を使用するアイデアは以前からあり、材料についても吟味された上での選択だが、この仕組みで水素液化を実現したのは今回が初となった。

AMRサイクルを構成する4つの過程を表した図。磁性体容器内は磁性体と熱交換ガスが充てんされており、磁気熱量効果の蓄積により冷えたガスが別室の水素を冷却し、液化させる

「AMRサイクルによる水素液化が成功したことで、磁力を使った水素液化が実験室の技術から現実の世界へと一気に飛躍した」と神谷氏は自負する。

極低温下では室温も高熱に

AMRサイクルは磁性体に磁場をかける、磁場から解放する、という過程を繰り返すのが特徴だが、その方法にも工夫がある。

磁性体を磁場から出す方法として、これまではそれぞれの位置関係を動かさずに超伝導磁石に流す電流を変える「パルスマグネット方式」が実験的に採用されてきた。

だが、水素液化に必要なエネルギーを得るためには磁場を1秒で最大1テスラ(磁束の方向に垂直な面の1㎡につき1ウェーバの磁束密度)程度変化させる必要があり、その際に発熱してしまうことが問題となっていた。

これは磁気熱量効果による冷却と発熱が相殺してしまうためである。

そこで神谷氏らが思いついたのは、磁場そのものは変化させずに磁性体の入っている容器を物理的に移動させ、磁場から離すというシンプルな方法だった。

「磁性体を動かすということは、周囲の熱に影響されやすくなるということでもあります。磁気熱量効果を最大限に利用するためには磁場のピークとゼロ磁場の間を往復させるのが理想ですが、1テスラを発生する装置の場合には約70cmも移動させなければなりませんでした。この移動は室温と極低温を結ぶ支柱の出し入れで行うため、せっかく冷えた磁性体が室温に近づく過程で温まってしまいます。そこで今回採用したのが、超伝導磁石を3つ設置し、それぞれを影響させ合うことで磁場のピークからゼロ磁場までの距離を短くする方法です。これにより移動距離を約20cmにまで短縮することができました」

このメカニズムについては、下図を見た方が理解しやすい。

メインの磁石が発生する磁場が濃い青の点線、補正磁石が発生する磁場が薄い青と薄い緑の点線、最終的に形成される磁場が赤の実線だ。メイン磁石だけの場合よりも、3つの磁石で同時に磁場を作った方が、ピークからゼロ磁場までの距離が格段に短くなっている。粒子状磁性体の採用とともに、磁場を短縮するメカニズムの採用も今回の実験を成功に導いた大きな要因だ。

超伝導磁石は、メインの超伝導磁石の両サイドを補正用の超伝導磁石が挟む構成となっている

磁気冷凍機自体が創意工夫の塊

ちなみに、強力な磁場を発生する超伝導磁石や熱交換器など、液化水素用磁気冷凍装置に採用されている部品の多くは研究チームの手作りによるもの。

「例えば今回採用した熱交換器はガスを10秒に1回のペースで往復運動させながら、途中で数秒間休むという間欠的なサイクルで運転するのですが、そのような動作に最適化された熱交換器は市場に存在しません。市販の熱交換器ではガスなどの冷媒が一方向に流れる仕組みが一般的です。ガスを循環させながら熱を効率よく放出し、かつ外部からの熱をシャットダウンする。そのような熱交換器を開発するのがとても大変でした」と神谷氏は苦労を振り返る。

超伝導磁石のモックアップを前に、今回の実験成功で液体水素の製造コスト削減に大きく近づいたと語る神谷氏

NIMSが磁気冷凍装置で水素液化に成功したのは今回が初めてではない。

2007年の時点で既に成功していたが、そのときの装置はAMR以前の温度範囲が狭い磁気冷凍方式で、冷えた磁性体に直接水素をさらして液化させるという構造だった。

今回採用されたアイデア自体はNIMSで長年研究されてきたものだが、実際の装置として駆動させるには十数年の時間を要したということだ。

2007年に開発された初期の磁気冷凍装置。この時点ではまだAMRサイクルは採用されていなかった

今後はシステムの高効率化、大型化に取り組み、最終的には未来社会創造事業「磁気冷凍技術による革新的水素液化システムの開発」のターゲットである、液化効率50%、1日で100kg以上の液体水素が製造可能な磁気冷凍機の開発にチャレンジしていくという神谷氏。

NIMSでは神谷氏らの研究チーム以外に、極低温下で最適な特性を表す磁性体材料の探索、水素脆化(水素を金属容器に貯蔵すると金属素材が脆くなる現象)を防ぐ素材開発などに取り組んでいるチームもある。

現在、液体水素はまだ限られた場面でしか利用されていないが、こうした技術が確立されれば、液体水素の大幅なコスト削減につながり、その普及に大きく道が開かれることだろう。

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