1. TOP
  2. トップランナー
  3. CO2排出削減に救世主! アンモニア、メタノールの“低温生成”実現が示す大きな可能性
トップランナー

CO2排出削減に救世主! アンモニア、メタノールの“低温生成”実現が示す大きな可能性

東京工業大学 国際先駆研究機構 元素戦略MDX研究センター 教授 北野政明【前編】

二酸化炭素(CO2)の削減は地球規模の課題として、世界各国で研究者が頭をひねらせている。東京工業大学 国際先駆研究機構 元素戦略MDX研究センターの北野政明教授と研究チームは、農業用肥料をはじめ化粧品や冷感素材、プラスチックに用いられるアンモニア(NH3)やメタノール(CH3OH)に着目。それらを低温で生成し、生成時に発生するCO2を削減する研究で世界から注目を集めている。今回は同教授に研究の詳細、期待できる効果について話を伺った。

アンモニア活用に寄せられる期待

北野政明教授は大阪府立大学、同大学院で応用化学を専攻し、博士課程では水素を光触媒を使って水から抽出する方法を研究。その後、東京工業大学の原 亨和(みちかず)教授による表面酸性点に基づく触媒作用を示す固体触媒=固体酸触媒の研究プロジェクトに2年間携わる。

「固体酸触媒の研究プロジェクトでの成果を足掛かりに、2009年より原教授が所属される東京工業大学応用セラミックス研究所(現・フロンティア材料研究所)の特任助教として触媒研究に取り組んできました」

2013年、北野准教授(当時)は原教授とアンモニア合成の共同研究を行っていた細野秀雄教授(当時)がセンター長を務める元素戦略※1研究センター(現・元素戦略MDX※2研究センター)に転籍、細野教授の下で、准教授としてアンモニア合成を研究することに。

「アンモニアは農業用肥料のほか化粧品、殺虫剤、ロケットエンジンの推進剤の原料など幅広く用いられ、近年は化石燃料に代わる発電用燃料への活用(燃料アンモニア)も期待され、需要増が予想されています」

化石燃料は燃焼時に大量のCO2を排出する。一方、水素とアンモニアは燃焼時にCO2を排出しないという特性から注目されている。中でもアンモニアは水素よりも保存・運搬が容易で、化石燃料との混焼など実用化へ向けた動きが加速している。
※水素混焼・アンモニア混焼を3分で解説

しかしアンモニアは、その製造方法で長年悩ましい課題を抱え続けている。

「アンモニアの製造方法『ハーバーボッシュ法』は、鉄(Fe)を触媒に水素(H)と窒素(N)を反応させ、アンモニアを効率よく合成できるのですが、400~600℃の高温、高圧下で反応させる必要があります。高温、高圧が必須な製法が低温・低圧下でも可能になれば、アンモニアの有効範囲、可能性が広がっていくはずです」

※1…文部科学省主導の事業。元素の役割・性格を研究し、それらで構成される物質・材料の機能・特性の発現機構を解明。希少元素や有害元素を用いず高機能な物質・材料の開発を目指す
※2…Materials Digital Transformationの略。材料(マテリアル)の研究・開発をビッグデータ、AIなどデジタル技術を用いることでDX化。データ入力・予測による研究速度を上げる

燃料アンモニアの製造方法。1906年にドイツで開発されたハーバーボッシュ法に代わる製造方法の確立は、燃料アンモニア需要拡大への大きな課題だ

出典:資源エネルギー庁

また、ハーバーボッシュ法で使用する水素を作る際、大量の炭酸ガスが副産物として発生する問題もあり、風力や太陽光などの再生可能エネルギーを利用し、CO2を排出しない方法で生成した水素の利用も課題となっている。

こうした背景の中、北野氏はアンモニアの低温生成を可能にする触媒、その材料の研究を続けている。

安定的、高性能の触媒を求め試行錯誤

触媒は、例えば物質の燃焼による酸化、炭化など物質間で起きる化学反応を促進・加速させる仲介役のようなもの。触媒となる材料の研究は、研究対象が触媒として利用できるか試行錯誤の繰り返しだ。

「酸素を用いたら酸化、水素を用いれば水素化、両方なら水酸化と化学反応もさまざま。触媒となる材料が異なれば、反応を起こす時間や温度、気圧も変化します。物質を構成する元素を一部置き換えた新しい物質を実験…という試行錯誤を繰り返すのが“研究”という仕事です」

時間と根気を要する探求は、アプローチ方法とその予測がカギを握る。北野准教授(当時)を含む原教授、細野教授の研究チームは、既に発見されていた白金族元素の中でも特に硬く、耐熱性・耐食性に優れているルテニウム(Ru)を触媒に用いる製造方法の効率化からアプローチを進めた。

「アンモニアはルテニウムを触媒に用いることで低温生成が可能になりますが、ルテニウムはレアメタルのため実用化は困難です。研究チームは、身近でクリーンな材料を求めて実験を繰り返しています」(北野教授)

2018年、同研究チームはイオン性化合物のカルシウムアミドにルテニウムのナノ粒子を固定化した触媒が、300℃以下で従来のルテニウム触媒の100倍もの効率でアンモニアを生成することを発見した。

翌2019年、北野准教授(当時)と細野教授、修士課程1年(当時)の鯨井 純氏がペロブスカイト型※3酸化物の酸素の一部を窒素と水素に置き換えた新物質を合成。この新物質はルテニウムを用いず低温でアンモニア合成活性を示す触媒になることを発見した。

「2023年にはジャン・イーハオ大学院生らとの共同研究で、アルミン酸バリウムという物質の酸素の一部を水素に置き換え、大気中でも安定性を保持する水素化物※4を開発しました。この新物質はコバルトに固定化すると電子が供与されアンモニア合成を促進し、触媒になることが判明し、今後研究を重ねることで実用化につながればと考えています」

※3…化学組成が“ABX3”の無機化合物に見られる結晶構造の一種。A、Bは正の電気を帯びた金属陽イオン、Xは酸素など負の電気を帯びた陰イオンから成る
※4…水素と他の元素との二元化合物の総称。水素化カルシウム(CaH2)、アンモニア(NH3)などが該当

充てんトリジマイト型構造を持つアルミン酸バリウムの結晶構造(a)。アルミン酸バリウムの酸素の約10分の1をヒドリドイオン(H-)に置き換えると、結晶の中に電子がイオンのように安定して保持される(b)

資料提供:東京工業大学元素戦略MDX研究センター

アンモニアからメタノールへ、広がる触媒研究の可能性

アンモニアの低温合成、その実用化へ着実な成果を上げ、世界各国の研究者からも注目を集めた北野教授は、アジア太平洋地域の触媒学会APACS(Asia Pacific Association of Catalysis Societies)にて、2022年優秀研究者賞を受賞した。

2023年10月30日、APACS 2022年優秀研究者賞の表彰式が行われた(中央が北野氏)。「継続してきた研究が評価されることはとてもうれしく、改めて気持ちが引き締まりました」(北野教授)

画像提供:東京工業大学元素戦略MDX研究センター

こうした研究成果を基に、北野氏はCO2を用いたメタノールの室温合成を可能にする触媒研究に着手。アルコールの中でも分子構造が最も単純なメタノール(メチルアルコール/ CH3OH)は、近年は燃料電池の水素供給源としても活用の機会が増えている。

「炭素(C)、酸素(O)を分子構造に含むメタノールも200~300℃の高温下で反応させる製造方法が一般的で、化石燃料を酸化させて一酸化炭素(CO)を作り、銅-亜鉛系触媒を用い水素と反応させています。そこでCOに代わりCO2を消費し温和な環境で合成できたら、温室効果ガス削減とクリーンエネルギー開発が両立させられます。APACSでの表彰は、こうした研究への期待の表れとも受け止めています」

実際、北野氏はこの期待に応えるべく研究を進め、2023年にCO2を用いた室温でのメタノール合成を可能にする触媒の創製に成功している。

後編では、この画期的な触媒の詳細、今後の展望などを伺っていく。



<2024年5月8日(水)配信の【後編】に続く>
実用化への課題と、研究者、教育者として意識していることとは

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Twitterでフォローしよう

この記事をシェア

  • Facebook
  • Twitter
  • はてぶ!
  • LINE
  1. TOP
  2. トップランナー
  3. CO2排出削減に救世主! アンモニア、メタノールの“低温生成”実現が示す大きな可能性