2024.5.8
まさに“現代の錬金術師”! 触媒研究がクリーンエネルギー社会を醸成する
東京工業大学 国際先駆研究機構 元素戦略MDX研究センター 教授 北野政明【後編】
アンモニア(NH3)やメタノール(CH3OH)の低温生成により、生成時に発生する二酸化炭素(CO2)を削減する研究に取り組む東京工業大学 国際先駆研究機構 元素戦略MDX研究センターの北野政明教授。今回は同教授に成果の実用化への課題と、研究者、教育者として意識していることなどを詳しく伺った。
メタノール室温生成、実用化へ高まる期待感
2023年5月、北野政明教授、細野秀雄栄誉教授らの研究グループは、レアメタルのパラジウム(Pd)とモリブデン(Mo)の金属間化合物が、CO2と水素(H)を原料とするメタノールの室温合成を促すことを突き止め、新触媒を開発した。
「CO2を水素化する研究で、パラジウムを触媒に用いると良い反応が得られることをグループの杉山博信院生が発見し、さらに調べることでパラジウムとモリブデンの金属間化合物がメタノール合成の触媒として機能することが突き止められました」
この化合物でメタノールを常圧(約1気圧)で合成したところ60℃以上で反応が進み、25℃の室温では約9気圧の圧力下で継続的にメタノールが合成された。
※前編の記事:CO2排出削減に救世主! アンモニア、メタノールの“低温生成”実現が示す大きな可能性
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研究で得られた新触媒。パラジウムとモリブデンの酸化物前駆体を混ぜ、アンモニア中にて数百℃で燃焼させることで、2つの物質の元素が積み重なる構造になる
画像提供:東京工業大学元素戦略MDX研究センター
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メタノール合成速度の温度依存性を表したグラフ(a)。25℃でも約9気圧(0.9MPa)をかけると生じ、温度が高くなると速度が増した。25℃での⻑期活性試験(b)では50時間継続的な生成反応が示された
資料提供:東京工業大学元素戦略MDX研究センター
「室温での合成はまだまだ生成量が少なく、実用化への課題となっています。ですが触媒としての耐久性が高く容易に作れることから、課題解決の研究を継続させ、CO2排出を抑えるメタノール合成を実用化できたらと考えています」
新触媒へのメーカーの期待は高く、北野教授の元へは国内外から多くの反響が寄せられ、さらなる研究への後押しとなっている。
「問い合わせの多くは、やはり製品の製造時に発生するCO2の削減に悩まれている企業からです。CO2の他にも(高温での生成で生じる)廃熱の削減方法、または有効利用を大きな課題感として捉え相談してこられます。こうした私たちの研究と企業の取り組みが、メタノール、そしてアンモニアの合成によるCO2削減をより推進させていくでしょう」
工業メタノールの製造は、天然ガスを部分酸化させて得た一酸化炭素(CO)と水素を、200~300℃の高温下で亜鉛銅触媒と反応させるのが一般的であり、室温合成の実用化は企業の製造環境とコストを大幅に見直し、自然環境へも配慮したゲームチェンジャーとなり得るため、今後の研究の進捗(しんちょく)、さらなる展開を期待したい。
“好きを突き詰める”研究の楽しさを広めるために
CO2を用いたメタノール室温生成の研究も含めて、こうした試行錯誤が新たな発見につながる研究を学生と共に進めることを、北野教授は「大学教授の醍醐味(だいごみ)です」と話す。
「大学教授は極端に言えば“自分が好きなことを仕事にできた人”です。私も研究が大好きなので、時間的制約がある中で忙しく、しんどいと思うことはありますが、嫌だと思うことはありません。同時に、学生たちの成長過程が見られることも大学教授の魅力だと感じています。この魅力的な仕事を学生に知ってもらうことも、私の個人的な課題の一つです」
昨今、日本の大学は研究者の海外流出、少子化による学生の減少などから“研究力の低下”が懸念されている。こうした背景から、北野教授は研究者であることはもちろん“教育者”としての意識もとても強い。
「私の研究室は中国、韓国の留学生もいます。特に中国は研究者志望の学生が増え、人気も勢いもある職種だそうです。日本も同じように研究者を増やし、研究力を高めていきたいですよね。微力ながら貢献できたらと考えています」
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「大学院生だった頃に、3~4人の後輩を任された経験が教育への興味を持つきっかけだったと思います。現在も学生たちとワイワイ研究するのが本当に楽しいです」(北野教授)
教育者としての北野教授は、学生に挑戦的なテーマを与えることを最も大切にしている。
「研究も思うように進まず頑張りが成果に結び付かなければ、そこで諦めてしまう学生もいるかもしれません。それでも別のアプローチを考え続ける試行錯誤をし続けてほしい。そうして成果を上げて、乗り切る経験を得てほしいという思いが強くあります。もちろん、そのテーマに私も伴走しますし、一人一人に『どんなテーマを与えるか』で、いつも頭をひねっています(笑)」
こうした学生への姿勢は、北野教授自身の経験に大きく基づいている。かつて北野教授へアンモニアを研究テーマとして提示した細野教授は「新物質・新材料」研究が専門。高精細液晶ディスプレーなどに用いる半導体IGZO※1、電気を通す導電体の性質を持つセメントなどを開発し、鉄化合物による高温超伝導を発見したことでも知られる。
※世界で実用化研究が加速! “鉄系超伝導”とは?
北野教授は「細野教授に叱咤(しった)されたことが契機になりました」と振り返る。「当時の私は、固体酸触媒の研究を続けたかったのが本音で、それが仕事ぶりに表れてしまっていたのでしょう。『本気でやりなさい!』と一喝されました。それは触媒研究にも、私がやりたかった固体酸触媒にも『本気で取り組まなければ何も生まれない』というアドバイスだと思いました。その一言で思い直し、今向き合うべき研究に集中するようになりました」
※1…インジウム(In)、ガリウム(Ga)、亜鉛(Zn)、酸素(O)で構成された透明な酸化物の半導体。それら元素の頭文字を組み合わせた呼称。有機ELや高精細液晶ディスプレーの画面の駆動に用いる
あらゆる人、考えとの出会いが、研究の可能性を広げる
北野教授の研究グループでは、この他にも「最近は、低温でアンモニアを分解する研究が進行中です」と話す。
「化石燃料に代わるクリーンエネルギーとして期待される水素は、液体アンモニアにすることで保存・運搬が容易になります。ですが、燃焼時は水素だけを抽出し燃焼効率を上げたいわけです。そのためアンモニアへの変化、水素の抽出が低温で容易にできれば、その活用範囲を広げることができます」
試行錯誤に役立つ情報、取り組みにアンテナを働かせることも欠かさない。北野教授は「最近、ドイツのマックス・プランク固体化学物理学研究所の研究に注目しています」と話す。
「この研究所にある触媒研究室では“メカノケミストリー”に注力しています。これは、衝突エネルギーを利用して化学反応を起こす研究です。大掛かりな装置で、物質に粉砕など機械的応力を作用させ、その際の結晶構造の変化を取り扱う分野で、『局所的に発生する高いエネルギーを活用し新触媒材料ができるかも』など、私たちの研究でも試したいと考えていて、連絡を入れています」
マックス・プランク固体化学物理学研究所のように、自分たちとは異なる手法、異なる考えを持つ研究者との交流から、新たな可能性が見えることも多いという。
「アンモニア、メタノールの合成などは企業との共同研究も進めていますが、企業が持つ技術やポテンシャルから得られる気付きも本当にたくさんあります。同じように、自分たちの実験を言葉で伝えるだけでなく、実際に目で見てもらい、多くの方々に興味を持ってもらう工夫をもっと凝らさなければと常々考えさせられます」
多くの人が頭を悩ませているCO2、化石燃料の削減などの問題解消につながる技術が日々生まれている。
こうした研究を北野教授は“錬金術”と例え、自身も「現代の錬金術師になりたいと日々考えています」と話す。
北野教授と、その教え子たちがこれからどんな“錬金術”で明るい未来を切り開いてくれるのか、楽しみでならない。
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text・edit:大場 徹(サンクレイオ翼) photo:渡邉明音