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体験共有で経験値を得る!未来のノーベル賞候補が作った触れるVRの効果

H2L株式会社 玉城絵美

東京都内に体験施設ができ、今年11月にはアメリカの某有名テーマパークにも新アトラクションが登場する予定のVR。視覚的な没入感のすごさはよく知られているが、その先をいくのが“触れるVR”だ。多くのデバイスが開発される中、世界的に注目される研究者の一人、H2L株式会社の玉城絵美氏に話を聞いた。

ストレス解消!VR世界で破壊体験

ゲームや映像作品などエンタテーインメントコンテンツを中心に急速に広がるVR。先日行われた「東京ゲームショウ2017」ではスマートフォンと組み合わせてVRアプリを腕で操作する「FirstVR(ファースト ブイアール)」が大きな話題を呼んだ。体験ブースに設置されたゲーム「母ご乱心」が人気を博したのだ。

「母ご乱心」は、まずFirstVRのコントローラーであるUnlimitedHand Lite(アンリミテッドハンド ライト)を腕に装着。VRの画面上に現れる「手」で台所に置かれた皿やビンを投げたり、なぎ払ったりと、とにかく破壊しまくるゲームだ。

ゲーム上の「手」を操作するのは体験者自身の手。つまりVRの効果により、まるで自分で周囲のモノを壊しているような感覚になれる。実際にはなかなかできない行為だけに、想像しただけでも爽快感は抜群だ。

「母ご乱心」のプロモーション動画。狂気に満ちた母が次々と台所にあるモノを破壊していくが、そのオチは…

「FirstVRのコントローラーはベルト部分に加速度センサーやジャイロセンサー、光学式筋変位センサーといったさまざまなセンサーを内蔵しており、筋肉の動きを感知して、つかんだビンなどを投げられるようにしています」

そう語るのは、VRや電気刺激を利用して、身体動作を伝達、体験させる事業などを手掛けるH2Lを創業した研究者、玉城絵美氏だ。年々進化しているVRの一つの到達点かと思ったのだが、そうではないらしい。

「VR自体はかなり昔から研究されているんです。一番有名なヘッドマウントディスプレーは1964年からプロトタイプがありますから。今はグラフィックをはじめとした周辺機能の研究やデバイスなどの応用先が充実し始めているんです」

VR自体が格段に進化したわけではなく、時代がVRというモノを使えるように追い付いたのだ。つまり「FirstVR」は、あくまでも玉城氏が研究した技術をVRに反映させて使っているだけということ。厳密にはVRやARの技術というわけではないようだ。

FirstVRのコントローラーだけを装着し「母ご乱心」をプレイする玉城氏。VR用のヘッドマウントディスプレイは使わず、画面に映し出された映像でプレイしているのだが、「よっこらしょ!」と言いながら皿を投げるほど、体験者本人は本当に投げているような感覚が味わえるそう

入院生活で求めた体験共有

玉城氏の専攻研究はHuman-Computer Interaction(ヒューマンコンピュータインタラクション、以下HCI)。HCIとは人とコンピューターの関係性を深く結び付け、その利便性を高めるというもの。

玉城氏は「コンピューター」を使って「手」の動きのデータを共有させる研究をしている。FirstVRのコントローラーも“コンピューター”が装着者である“人”の筋肉の動きを読み取り、そのデータをVR上に出力して再現しているのだ。

「私が目指しているのは“身体の体験共有”です。科学技術的に実現したことがほとんどないので言語定義ができていないのですが、技術的な言語から定義すると『Body Sharing(ボディシェアリング)』と呼ばれているものです」

体験共有とは、あるヒトが行った動作や行動を、デバイスを介して別のヒトが全く同じように体験できるというもの。動作を伴う記憶や経験を別の場所に結び付ける、“メモリーリンク”といったところだろうか。

そもそも玉城氏がHCI研究を始めたきっかけは高校生時代の入院生活にある。入院生活自体は快適だったものの、外の社会と直接関与できなかった。そこでそれを解決しようと大学へ進学したのだ。

「体験を共有したいと思ったのですよ。入院中、テレビ電話やメールで外部との言語コミュニケーションは取れたとしても、病室にいると物理的な作用ができない。すると、フィードバックが返ってこないのです。お互いに作用し合ってインプット・アウトプットがあり、フィードバックが返ってくることは、生物が得られる初期の快楽なのですよ。だから手の動きを伝達するものを作ろうと思ったのです」

人間が一番使うのは「手」だ。当時、すでに世の中にあると思って探してみたがなかったため、自分で作ろうと思ったのだ。

PossessedHandを装着し箏を演奏。28個の電極パッドが筋肉の動きを捉え学習するため、個人差も関係なく、そして専門知識も必要なく誰でも使用できる

そして2011年、玉城氏は「PossessedHand(ポゼストハンド)」を開発。PossessedHandはコンピューターによって自由に手を動かす装置だ。PCの基盤につながったベルトを腕に巻き、そこに電気を流して刺激を送ることで筋肉を動かすもので、PC上で指示した通りにヒトの手指の16関節が動くようになる。

「実際、私もデモンストレーションでは『PossessedHand』で箏を演奏しました。箏をはじく動きをコンピューターからの電気刺激で、指をどのタイミングでどう動かすか操作しているのです。これを使えば職人が行う伝統的な技術などにも将来的には応用できるでしょう」

この発明は米『TIME』誌の「The 50 Best Inventions(世界の発明50)」に選ばれ、未来の“ノーベル賞候補”とも言われるほど大きな注目を浴びた。これまで筋肉の動きを読み込む仕組みは研究されてきたが、逆にコンピューターから筋肉に作用させる研究はなかったからだ。

「センサーの開発以外にも、筋肉に関わる生理学はもちろん、脳科学や認知心理学などの研究も必要でした。自分で勉強して論文を読んだり1年半研究室に通って修業したり、正直つらかったですよ。どれも基礎的なことしか分からないのですから(笑)」

そう笑う玉城氏だが、それ以上につらかったこともあったという。それは周囲からの“恐怖”だ。

「同業の研究者から『怖い』って言われるのですよ、研究内容が。マッドサイエンティストとか。悪い言い方をしてしまえば、人間が機械に“動かされている”状態ですからね」

奥から、2015年に開発した「UnlimitedHand」のプロトタイプ、「UnlimitedHand」、その改良版。手前はFirst VRのコントローラー。センサーを増やしたり、電気刺激用のゲルの配置を変えたりと改良を加え、精度を上げつつ小型化した

「First VR」のようなデバイスはグローブタイプが一般的で、バンドタイプは珍しい。「装着に時間がかかったり、手を覆ったりしてしまうと現実世界から離れてしまうため、できるだけ普段と変わらない状態で表現するのが大事」だったそう

ゼロから経験値が手に入る世界

玉城氏は2015年にPossessedHandを応用した「UnlimitedHand」を開発。FirstVRの元となっているデバイスだ。これは、現実の手の動きをVR空間に反映させるだけでなく、逆にデバイスから電気で刺激を送ることで手にVR空間上のモノの触感や重さを認識させることもできる。

「『UnlimitedHand』はクラウドファンディングで支援者を募集したのですが、社会が受け入れてくれるのか不安でした。現在はVRが普及して『FirstVR』も一般販売できるまでになりましたが、5年前に発表していたら無理だったでしょうね。ずっと待ってたのですよ、この時代を」

『FirstVR』には、自身が現在持つ技術をだいぶ落とし込めたという玉城氏だが、まだあえて搭載、発表していない部分もあるそうだ。

「かなりジレンマはありますよ。めげずにゆっくり少しずつ発表していきます。ゆくゆくはバーチャルの世界ではなくロボットへ応用できるようになって、最後はヒト。例えば、料理中にみじん切りの仕方を忘れても、料理教室の先生の手の動きを伝達させれば、勝手にできるようになるような世界を目指しています」

玉城氏の最終的な理想は「手」だけでなく、全身の肉体、そして味覚や嗅覚なども“共有”できるようになることだ。

「今の研究段階では腕までですが、全身でできるようになれば、小学生でもF1レーサーの運転ができるようになるんですよ。(映画の)『君の名は。』のように『入れ替わっちゃったー』みたいな(笑)。五感がそろえば、本当に体験したかのような経験値が蓄積されますよね。実際には50年分の体験でも、500年も生きたような感じになるのだと思います」

玉城氏が目指す“体験共有”を認知させるためには、商品として一般消費者に普及させる必要がある。そのため、玉城氏は起業し、エンタメ要素のある『FirstVR』などを発表した

また、“体験共有”の先にはさまざまな社会的な変化も起きると玉城氏は言う。

「例えば、今、世界的に倉庫のピッキング処理を一生懸命ロボットでしようとしているのですが、あれがなかなか難しいようで。いろいろな商品があるので、よくモノを壊してしまうのです。ロボットが成功パターンを学習するまでに時間がかかるようなので、一度人間がやり、そのデータを読み込めば、ロボットでも簡単にできるようになると思います」

さらに人のエネルギーの使い方も変わってくる。

「人類の移動の概念が変わってくるのではないかと思います。一般的には、何かするためには移動しなければならないじゃないですか。テレビ会議ができたからといって移動が減ったわけではない。部屋にいながらいろいろな体験ができて、特定の場所に行く必要がなくなるかもしれないとなると、本人が真に求める体験のためだけにエネルギーが使われるようになるのではないかと思います」

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