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“気象・台風研究”最前線!次世代スパコン開発と共に目指す気象予測の高度化

東京大学 大気海洋研究所 地球表層圏変動研究センター 佐藤正樹教授

スーパー台風やゲリラ豪雨など、かつて存在しなかった気象現象を目の当たりにするようになった昨今。これらの現象に対して、高度なシミュレーション技術を用いて気象メカニズムを解析、気象と地球環境の変化予測に挑む、東京大学 大気海洋研究所 地球表層圏変動研究センター 佐藤正樹教授に話を伺った。

スパコンの能力で温暖化の影響も明らかに?

「われわれが今まで経験したことのない気象現象が起きているという事実は、地球環境変化の影響といっていいと思います。温暖化の影響は遠い将来の話ではなく、現時点ですでに兆候が表れているのです」

このように警鐘を鳴らすのは、気象予測研究の権威、東京大学 大気海洋研究所 地球表層圏変動研究センター 佐藤正樹教授だ。気象予測の現状について次のように語ってくれた。

「これまで気象現象の発生要因については類推でしかありませんでしたが、シミュレーションの進化によってようやく語れるようになってきました」

例えば、シミュレーターにCO2の排出量が少なかった産業革命前の大気を初期値として入力。1年間における集中豪雨の発生頻度や降雨量などを現在の状況と比べてみる。すると温暖化の影響がどれほどあるのかが確率的に分かるのだという。

雨や風、気圧の変化など地球にある大気の動きをコンピューターの仮想空間上でいかに正確に再現するか。それが佐藤教授の研究内容だ。

「地球全体の大気を正確に表現するには、細かなスケールで起きる気象現象の精密な再現が不可欠」と語る佐藤教授

風速や気圧、気温や湿度など観測機器で得た数値を基に、物理法則に従いその変化量を計算し、将来の気象を予測する方法を「数値予報」という。日本では1950年代後半から気象庁が採用を開始し、現代の天気予報では欠かせない技術になった。

そしてスーパーコンピューター(いわゆるスパコン)による計算能力の飛躍的進化が、より複雑で高精度な数値予測を実現。前述したような長いスパン、かつ地球規模の複雑なシミュレートまでが可能になったというわけだ。

現代の数値予報ではアンサンブル予報が使われている。観測誤差の影響を少なくするために、複数の初期値でそれぞれ数値予報を行う手法だ

NICAMによるアンサンブル実験結果。中野満寿男氏による

「日本での数値予報は、気象庁が長年リードしてきました。しかし、2002年に海洋研究開発機構のスーパーコンピューター<地球シミュレーター>、2012年に理化学研究所のスーパーコンピューター<京>が完成したことで、現業の気象機関よりも格段に高解像度の先進的な取り組みを行えるようになりました。数値予報における近年のトピックですね」

およそ100年前、イギリスの気象学者ルイス・フライ・リチャードソンが6時間後の天気予報を手計算で1カ月以上かけて行ったのが始まりといわれる数値予報。コンピューターによる予測が始まったのも戦後になってからであり、近年、進化が顕著な研究分野の一つだ。

小さな気象現象の再現が全球モデル高度化のカギ

数値予報の精度はコンピューターの計算能力に依存する部分が大きく、規模の大きなシミュレーションを行うには<京>のような最高峰のスペックを持つスーパーコンピューターが必須だ。最近では<京>をさらに上回る“ポスト<京>”の開発が期待されているが、完成後の運用を速やかに行うため、ハードウェア開発と共にソフトウェア開発も同時に進める必要がある。

文部科学省による委託事業「ポスト<京>重点課題」はそうした目的の下で始められたプロジェクトであり、佐藤教授の研究グループは重点課題の一つである「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化」の実施機関として、海洋研究開発機構(JAMSTEC)・理化学研究所などと共に研究を進めている。

「私たちの主な研究対象は“大気大循環”と呼ばれる、地球全体の大気の動きです。空間的にも時間的にもスケールの大きな研究ですが、だからといって細かな範囲の気象現象は大ざっぱでいいというわけではありません。kmスケールで生じる積乱雲などの気象現象(メソスケールの気象現象)を詳細に解析することで、地球全体の現象・流れをより詳しく表現しようという試みなのです」

数値予報を行うためのシミュレートモデルでは、地球表面上の大気を“メッシュ”と呼ばれる細かな格子に分けて観測データを反映、未来における気象状況の変化を予想する(天気予報で耳にする「メッシュ予報」と同形式のもの)。従来モデルでは緯度経度に基づきメッシュを区切っていたが、それでは赤道付近と南・北極付近で単位面積に差が生じてしまう。

全球雲解像モデル「NICAM」を用いたシミュレート動画の一例。水平解像度870mという細かなメッシュで台風を捉え、台風の目まで精密に表現されている

宮本佳明他(2013)の計算結果をVAPORを用いて描画、吉田龍二氏による

そこで佐藤教授らは、正三角形で構成される正二十面体の全球雲解像モデル「NICAM」(ニッカム)を開発。5km以下の細かなメッシュで大気を分割し、より精密な解析を可能にした。

NICAMを使い、水平解像度870mという細かなメッシュで台風をシミュレートした画像の一例

宮本佳明他(2013)の計算結果をVAPORを用いて描画、吉田龍二氏による

2015年には、このモデルを使って台風発生の2週間前予測が可能であることを実証するなど、開発スタートから十数年を経た現在でも改良が重ねられ、最先端の数値予報モデルとして活用されている。

「デモンストレーションをお見せしましょう」

そう言って佐藤教授が研究室の大きなディスプレーに映し出したのは、NICAMで地球全体を俯瞰した、約1カ月分のシミュレーション動画だ。

まるで人工衛星から撮影された映像であるかのようなリアルさで、細かな雲の動きや台風の発生過程、経路などを表現

小玉知央他(2015)の計算結果をマックス・プランク研究所/ドイツ気候計算センターの協力で動画制作

間違えないでいただきたい。これは現実に起きた事象ではなく、あくまで初期入力値からの計算によって生み出されたシミュレーションである。

こうした予測結果が、現実の観測結果とぴったり合致するケースは決して少なくないという。

地球全体の大気の動きを長期間にわたってシームレスに予測できるのがNICAMの強みだと佐藤教授は語る

「大気を均一に覆う細かなメッシュで地球全体を表現できること、かつ非静力学モデルであること、さらに時間スケールによらずシームレスに予測できるのがNICAMの特徴です」

非静力学モデルとは、鉛直方向の対流を正確に表現できるモデルのことで、雲の動きなどメソスケールの気象現象をリアルに表現するには必須の要素となる。

つまりNICAMは、そうした表現精度の高い格子で地球全体を覆い、加えて時間の区切れなく連続的にシミュレートできるモデルなのだ。

無限に思える地球のエネルギーも実は有限?

では今後、温暖化がさらに進行すると気象はどう変わるのだろうか。ストレートに疑問をぶつけてみた。

「一概にこう変わる、というのは難しいのですが、多くの気象現象は温暖化の影響により“強くなる”ということは予測できます。われわれは“wet get wetter”などと呼んでいますが、『雨が降る所ではより強く降り、乾燥する所はより乾燥する。台風についても、より規模が大きく、風や雨も強くなるだろう』と予想されています。

一方で発生頻度については、私たちの予測では少なくなるとのシミュレーション結果が出ています。つまり温暖化が進むと、発生頻度は少ないが、より強力な台風が来襲する可能性がある、ということですね」

より強い台風が発生するが、発生頻度は下がる──。

温暖化によって台風がどんどん発生するのでは?と考えていた(なんとなくではあるが)ところ、なんとも意外な答えが返ってきた。ただし、この点についてはまだ研究者の間でも意見が分かれているそうだ。

「頻度については今、盛んに議論されているところで、他国の研究者には増えると言っている人もいます。ただ地球全体のエネルギー収支を考えると、規模の大きな台風が頻発するとは考えにくい。温暖化が大気のエネルギーバランスにもたらす影響や、スーパー台風など極端現象への影響については、今後さらに解析を進めていきたいですね」

台風やエルニーニョ現象の発生に深く関わっているとされる、赤道上空で対流活動が活発な領域がゆっくりと東に進んでいく現象(マッデン・ジュリアン振動)をシミュレートしたNICAMの画像

三浦裕亮他(2007)による

言うまでもなく、あらゆる気象現象は太陽をエネルギー源としている。光が熱に、熱が気象現象という運動に変換され、収束したり発散したりしながらバランスが取られている。そうであるならば、スーパー台風のように大きな気象現象の発生はそれだけエネルギーの消費量が大きく、発生数が制約されるはず、と佐藤教授は考えている。

また、台風や低気圧の強度が大きくなるということは、上陸したときの被害もその分大きくなるわけだが、そこで佐藤教授の研究が生きてくる。スーパーコンピューターの計算能力を使って、そうした極端現象の発生をいち早く察知できれば、襲来までのリードタイムを稼ぐことで被害を最小限に抑えることも可能だろう。そして、それは“ポスト<京>”時代の気象予測に期待されている性能の一つでもある。

「ゲリラ豪雨は強い雨が突然降るから怖いのであって、事前に分かっていればゲリラではなくなります。“ポスト<京>”で数値予測モデルの解像度やアンサンブル数が飛躍的に向上し、大気と海洋を同時にシミュレートする高解像度の大気海洋結合モデルの開発が進めば、台風など極端現象をより小さな予兆から捉えることができるようになるでしょう」

NICAMに海洋モデルを連結させたNICAM-COCO(NICOCO)の画像。今後、長期的な気象予測には大気モデルだけでなく、海洋モデルとの結合がカギとなる

宮川知己他(2017)による

われわれが普段目にする天気予報に、佐藤教授が研究を進める高度なシミュレーション技術が適用されるのはまだ少し先のことになるだろう。しかし、最先端の研究が広く影響を与え、気象予測全体をベースアップすることは十分に期待できる。

最後に、佐藤教授は気象予測の未来について、次のように語ってくれた。

「台風など、構造や発生要因が未解明な気象現象はまだまだ多く、それを研究することは研究者にとって興味の対象のみならず、科学的にも社会的にも意義があります。『ポスト<京>』で終わりではなく、研究成果を監視に役立てるなど、実社会に貢献していくのが今後の使命ですね」

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