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AIの到達点は人に愛される生命体!カギを握る日本人の倫理観

慶應義塾大学理工学部管理工学科教授・電気通信大学人工知能先端研究センター特任教授 栗原聡【後編】

人工知能(以下、AI)が徐々に社会に組み込まれていく中で、前編で言及された慶應義塾大学の栗原聡教授が研究する次世代交通システムの効果には目を見張るものがあった。道路交通をはじめ、あらゆる既存システムと換装されていくAIが、これからの社会に与えるインパクトの大きさは誰も否定できないだろう。この状況下で、私たちはどうAIと付き合っていくべきか、栗原教授に見解を聞いた。

脅威か否か……人間が信じることができるAIの思考回路

AIについて多角的に研究開発する慶應義塾大学理工学部管理工学科の栗原聡教授。前編では、研究の一つである“AI信号機”の可能性と実現に向けた取り組みを教えてくれた。数年後に訪れるかもしれないAIによる道路交通制御の世界は、まさに“未来”を感じさせてくれる研究と言えよう。
※【前編】の記事はこちら

チェスや将棋で人間に勝利するなど、一般にもAIの処理能力の高さは知られるところだが、その能力の広がりはどれほどになるのだろうか。栗原教授は言う。

「AIの世界的権威レイ・カーツワイル氏は、全世界約60億人の能力を数値化したとき、AIがその総和を超える処理能力を得るのが2045年だと語っています。現時点でもリアルな加工動画を作製したり、医者が見ても分からない小さな腫瘍を発見したりしていますが、将来的にはAIがAIをプログラミングして育てるということも可能になるでしょう」

AIが人間を置いてどんどんと賢くなっていることを考えると、仕事を奪われる、暴走といったAI脅威論の話題が絶えないのも理解できるだろう。

「事実、進化するAIが社会に与える影響についての議論は世界中でなされています。先の腫瘍発見の話もそうですが、AIが『人間を超える性能を発揮する』ということは、別の言い方をすれば、われわれがAIの内部で『どのような処理をしているのかが理解できない状況になる』ということなのです。」

人間がAIの思考の原理を分かるようになれば、おのずと漠然とした脅威論も薄まっていくという栗原教授

医療の現場なら、医師から「何だか分からないが、AIが病気と言っているから」と診断されても納得できないだろうし、自動運転車が事故を起こしたときに、「何が原因なのか分からない」という言い訳は通用しない。そのため、今後大切なのは“可読性があるAI”の開発だと栗原教授は言う。

「得体の知れない機械ではなく、考えている目的やプロセスが理解でき、さらに場の空気を読む自律性のあるAIを作らなければなりません。自律した存在でないと、AIは人に寄り添うことはできません」

上は実際に撮影された車窓映像。下は上の映像を元に、AIが作成した夜道となった映像

画像協力:栗原聡

究極のAIは「アトム」のような人に愛される生命体

栗原教授は、前編で語ってくれた次世代交通システムのほかにも、そうした自律的な行動を取り、さまざまなタスクをこなす汎用性AIの開発も手掛けている。

「まず作ったのは、ユーザーの行動を先読みする自律型AI『デスクトップ作業支援システムAIDE』です。人の手を借りたくなるような忙しいオフィス作業に着目し、デスクトップの画面表示を見やすいよう切り替えてくれたり、ロボットアームで本や資料など物を適切な位置へ運んでくれたりします」

AIDEは、デスク上の物の位置をはじめ、ユーザーの行動履歴、PC操作画面上のウィンドウ配置履歴などのデータを蓄積している。そして、ユーザーの習慣や癖、行動パターンなどを学習し、センサーで察知する動きや音声をきっかけに、その場でサポートとして適した行動を自動的に取るという。行動を先読みしてくれる、とても気の利くアシスタントのようなものだろう。

人間が書類をそろえる動作を始めると、AIの判断によってロボットアーム(写真中央)が卓上にあるホッチキスを取る気配りをしてくれる

画像協力:栗原聡

そのほかにも、研究者⽤に開発されたアメリカ製の双腕ロボット「バクスター」を利⽤し、ロボットに人間と協同して料理をさせることを通じて、人間と共存するロボットに求められるものを研究しているという。

「料理には人とのコンビネーションが求められ、また今どんな作業が必要かということを自分で考えて動かなければなりません。料理は一つの例に過ぎませんが、自律と協働という大きな目標に向けた第一歩です」

アームの先に指を取り付けたバクスター。自律的に包丁を握ったり、食材をつぶすことなく押さえたりする力加減などを研究している段階。まだまだ研究は始まったばかりだ

画像協力:栗原聡

これは、AIが道具的な役割を超えて、人が愛する新たな“生命体”として認められる存在になることを意味しているという。それには、AI自体が自律して人に寄り添うものでなければならないとも。

「日本には既に、手本とすべきいいモデルがたくさんありますよね。『鉄腕アトム』や『ドラえもん』です。汎用性AIは彼らみたいな存在になるべきなんです」

栗原教授が研究する自律分散型のAIは、個々がそれぞれの規範に沿って情報を処理していくため、部位によって機能を備え、連携し合う脳に近い構造となっている

画像協力:栗原聡

日本にしかできないAI発展への努力

鉄腕アトムやドラえもんのようなロボットができるとしたら本当に大歓迎である。けれども、脅威論ではないが、彼らのような存在ができる前に、AIが人にとって代わるのは目に見えていると栗原教授は言う。

「アメリカでは既に会計・税務ソフトの台頭などIT技術の進歩により、税理士や公認会計士の職が失われているという事例があります。最初に言った通り、プログラミングもAIが得意とする分野なわけで、いつかはAI自身で行う可能性があります。そういう意味では、私も自らの首を絞めているのかもしれません」

それでも、悲観する必要は全くないと言う。実際に産業革命に伴い機械が普及した1800年代初頭、イギリスで根強い機械打ち壊し運動が起こった歴史があるが、今となってはむなしい響きでしかない。また日本においても集団就職の時代、多くの人が農業から正規雇用の会社員へと職業転換を果たした。つまり時代が動けば新たな仕事が生まれ、人はそれに順応するのである。

「もし何もかもAIに取って代わられたとしても、何に価値を見いだすかによって人々の思考や認識は変わります。現段階でもディープラーニングにより、レンブラントの油絵を完璧に再現することが可能になりましたが、それに人が描いた本物ほどの値打ちはあるでしょうか」

そう考えると、“人間らしさ”を内包した人間だからこそできることに価値が移行することは、既に時代が証明してくれているのかもしれない。

これからは直感や創意工夫、臨機応変に対応できる能力を伸ばすことが、人にとって重要になると語る栗原教授

「ですから教育の現場から、もう一度何が大切かを見極めて変革していかなければなりません。受験に向けた知識を詰め込むようなやり方は、これからの時代にはどうもそぐわない気がします。ちゃんと五感を使って多様な経験をし、好奇心を抱き、そのプロセスや自己の意見を大切にできる人間らしい人を育てることが大切だと私は思います」

そして栗原教授は、このAI研究において日本が取るべき態度も示してくれた。

「多額の費用をかけて演算処理の向上だけを張り合うのは、日本の役目ではないと思います。何度も言いますが、大切なことは人と共生できるAIの開発。そして、永久平和を掲げる日本人として、AIの平和利用の倫理規定をいち早く掲げることも重要です」

究極は、新たな生命体となり得るAI。人に愛される存在として、かのキャラクターたちを現実に誕生させるためには、日本人ならではの思考の原理を、AI開発において世界のスタンダードにしなければならないようだ。これから日本発のAI研究の動向から目が離せない。

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