2019.2.7
水中ドローンで水深1000m到達!海の底から見えた水中調査ビジネス
株式会社FullDepth 代表取締役 伊藤昌平【前編】
空を飛ぶイメージが強い「ドローン」が水中調査に革命を起こそうとしている。これまで水中を調査するには、潜水士や大型潜水機などで実施することが大半で、コストや労力が大きなネックとなっていた。そこに風穴を開けようとしているのが、株式会社FullDepth(フルデプス)の代表取締役・伊藤昌平氏。伊藤氏が手掛ける“水中ドローン”が水の中に何をもたらすのか、開発の原点からひもといていく。
“諦める”が基本だった水中調査を激変させる水中ドローン
地表の約70%を占め、陸地の約2.5倍という膨大な広さを有する海。その中でも水深200mより深い水域、つまり深海と呼ばれる海の深奥部は、太陽の光も届かない暗闇の世界が広がり、地上では見たこともないような異形な深海生物がすむ人跡未踏の地となっている。
そんな未知の世界を自由に探ることを夢見て、「水中ドローン」と名付けた小型の遠隔無人探査機(通称ROV;Remotely Operated Vehicle)を独自開発したのが、株式会社FullDepthの伊藤昌平氏だ。現在は、国内唯一の水中ドローン専業メーカーとして、機器の開発製造、および海中や水中の調査サービス、取得データの解析などを行っている。
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伊藤氏は、自社製品となる水中ドローンのハードウェア設計から制御回路などソフトウェアまでの全てを独自で開発した
伊藤氏が定義する「水中ドローン」とは、撮影用カメラを内蔵した潜水機で、人が搭乗せず、遠隔操作ができる機器を指す。その中で差別化を図ったのが、バッテリー搭載型で、楽に持ち運びができ、誰でも簡単に操作が行える点だ。
「現在、水中調査事業で使用しているのは『FullDepth DiveUnit300』という水深300mまで潜ることができる水中ドローンです。重量は約28kg程度。大人が2人いれば容易に持ち運ぶことができます。既存の大型ROVですと、運搬時や水中投下にはクレーンが必要で、輸送費が高く、また海でも専用の調査船を手配しなければならないなど、何かと出費と労力がかかっていました。このような大型機を使った調査費用はおよそ1日1000万円ほど。一個人が利用するのは現実的ではなく、国や自治体でさえ容易には使えません」
従来からROVは存在する。深い水域を調査できる大型機は、一度で最大限の調査ができるようたくさんの機能・機器を搭載しており、利用するには高額。また、海外では製造メーカーも多い小型機は、操作が難しく、もし購入するにもそれなりの費用がかかると、気軽に使えるものではなかいようだ。
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小型ROV「FullDepth DiveUnit300」の実機。海やダムで既に稼働しているため、よく見るとフレームには成果の証も
もちろん、調査にROVを必要としない場所もある。伊藤氏によると、海に限らず水深の浅い場所では潜水士の目視に頼ることが多いそうだが、人間が潜ることのハードルは、機械よりも高い。
「当然ながら水中では人間の活動は限定的になります。潜水時間には規定があり、潜れる深さも限度がある。それでは、じっくり調査することはなかなかできません。また一つ間違いが起これば重大事故につながります。そのため、十分な計画と安全対策、各所への許可申請が必要で、かなりの時間と労力がかかっているんです」
いずれにせよ、海の中、水の中を調査するにはコストと労力と時間が多大にかかるということ。
「ダムや河川など、本当は毎月、毎週、毎日の頻度でやりたくても、数年に一度だけの定期検査のみ、と調査自体を諦めていることが多いようです。水中ドローンを使えば、時間も労力もかけず、深海調査の場合でコストは従来の10分の1程度まで圧縮できるようになります」
水中ドローン誕生のきっかけは愛する深海魚との再会
伊藤氏が事業立ち上げに至った根本には、“ある深海魚を見たい”という欲求があった。話は大学生だった2009年にさかのぼる。
「子供のころに図鑑で見ていた三脚魚(ナガヅエエソ)という深海魚に、テレビ番組で“再会”しました。すると、どうしても三脚魚を自分で見にいきたい気持ちに駆られてしまって。水中調査ロボットを作って深海を見ようと思いついたんです」
大学ではロボットのソフトウェアを研究開発しながら、趣味の実機製作やインターンシップでの海洋研究開発機構(以下:JAMSTEC)勤務で、見識も広がる。卒業後は、ロボットベンチャーで試作開発をしながら、兼業でロボット製作の個人請け負いも始めた。まさにロボット漬けの日々を送っていた中で、独自に水中ドローンの設計図を作成していった。
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ホームページで公開されているFullDepth DiveUnit300の本体外観図。大型ROVとは相反して、最小限の機能にとどめられている
画像協力:株式会社FullDepth
「しかし、深海調査はかなりハードルが高かったんです。実は、国の研究者でさえ数えるほどしか調査に立ち会えていないのが現状で、一般の個人に至ってはほぼ皆無。深海調査に関わる多くの人が、その機会の少なさに悩んでいることを知りました」
これをきっかけに、水中を調査するロボットにビジネスの可能性を見いだしたという。そして2015年、母校の筑波大学で開催された起業家育成の授業で水中ドローンのビジネスプランを発表し、審査員特別賞を受賞。翌年には、出資企業にも出合い、試作機「Tripod Finder(トライポッド・ファインダー)」を形にしていったという。
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試作機「Tripod Finder」の名前の由来は、Tripod fish=三脚魚+Finder=発見者
画像協力:株式会社FullDepth
小型ROV、世界初の水深1000mに到達
2018年6月4日の相模湾、試作機の実証実験のために開発した「Tripod Finder」と共に伊藤氏は海の上にいた。
「試作機を開発した当時は、数十メートルの水深には目もくれず、とにかく深海に到達できるもの、水深1000mに潜行できるものを完成させることだけを目標としていました」
JAMSTECの協力を得て、試験設備で水圧耐性などの実験も行いながら開発を進めたが、長年計画していた水中ドローンだけに、伊藤氏が練り上げた設計図は大きな軌道修正をする必要がなかったという。
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相模湾で行われた実証実験
画像協力:株式会社FullDepth
「設計上、特に工夫を凝らしたのはケーブルです。本体と船上のPCが通信用ケーブルでつながれているのですが、一般的なROVは、水中での破断を恐れてケーブルを太くしてしまいがちです。それだとケーブルが潮流の影響を受けやすく、本体が引っ張られて浮いてしまうという問題があります。ですので、ケーブルを3.7mm幅にして、細さを補うために150kgの破断強度がある高張力繊維で皮膜しました」
船上から試作機を海に投下してから約30分後、水深981mに着底。「Tripod Finder」は、バッテリー搭載式の可搬型小型ROVとして、世界で初めて(※同社調べ)水深1000mの深海に到達する。同時に、15種以上の深海生物の生態を録画することにも成功した。
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伊藤氏が好きな三脚魚は深海魚の中ではポピュラーな魚。しかし、専門の研究者でも一年に一回見れるかどうかというレアな存在だそう
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動画協力:株式会社FullDepth
「この時は三脚魚には会えませんでしたが、実験は成功。水中ドローンが映した深海の映像を見た時は、船酔いの気持ち悪さも忘れて見入ってしまいました」
思い立ってから9年の歳月を経て、夢の実現に急接近した伊藤氏。後編では、水中ドローンが真に求められる市場と、伊藤氏が思い描く壮大な夢に迫る。
<2019年2月8日(金)配信の【後編】に続く>
水中ドローンの活用方法、今後の広がりは?水中調査ビジネスの壮大なるビジョン
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text:伊佐治 龍 photo:野口岳彦