エネルギーの革新者

世界で通用するエネルギー人材を育成する!早稲田大学PEPの挑戦

早稲田大学パワー・エネルギー・プロフェッショナル(PEP)育成プログラム プログラムコーディネータ― 林泰弘教授【前編】

脱炭素社会の実現やSDGs(持続可能な開発目標)の達成など、地球環境への配慮が不可欠となるこれからの時代。電気・エネルギー系の研究者にとっても、これまでとは異なる能力が求められるようになりつつある。そのような風潮の中、いち早く次の時代を担う研究者を育成しようと立ち上がったのが、「早稲田大学パワー・エネルギー・プロフェッショナル(PEP)育成プログラム」(以下、PEP)だ。その狙いや、現状の課題は何か。PEPの船頭役ともいえる、プログラムコーディネータ―の林泰弘教授に話を聞いた。

未来のエネルギー分野を担う理想の研究者像とは

マニアック。一人。研究室にこもる。

「理工系研究者のイメージは?」と問われると、このように答える人も多いかもしれない。確かに一昔前、研究者といえば自分の専門分野の研究を深めるのに没頭し、どこか浮世離れしたイメージもあった。しかし、今求められる人物像は違う。

「これからの電力・エネルギー系の研究者は、企業との共同研究を通して研究成果をいかに社会実装して世のために役立てられるか、いかにマネタイズ(収益事業化)するかという、プロジェクトマネジャーの能力も求められています」

早稲田大学理工学術院 教授の林泰弘教授は、そう語る。

これからの電力・エネルギー系の研究者は、研究室に閉じこもっていてはだめだと言う林教授

その林教授がプログラムコーディネータ―として旗振り役を務めるのが、電力・エネルギーインフラ分野の卓越大学院プログラム「早稲田大学パワー・エネルギー・プロフェッショナル(PEP)育成プログラム」だ。卓越大学院プログラムとは、国内外の大学や研究機関、民間企業などが連携しながら構築する5年一貫の博士課程学位プログラムで、文部科学省が2018年から公募を開始したもの。PEPは昨年、私立大学として唯一採択されている。

PEPができた背景にあるのは、テクノロジーの進歩と環境への配慮。AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)など、情報通信技術が大きく進展し、生活がより豊かになっていく反面、環境問題も大きくクローズアップされるようになった。二酸化炭素など温室効果ガスの削減、いわゆる脱炭素社会への移行や、持続可能な世界を実現するための開発目標である「SDGs」という言葉もよく耳にするようになった。

電力・エネルギー分野の研究は、こういった社会の流れに密接に関係している。

火力発電所などでの一極集中から、さまざまな電力源を用いてエネルギーを生産し、効率よく消費していこうというのが今の社会の流れ。これを後押しするように、約60年ぶりの制度改定も行われる

資料協力:PEP

例えば電気自動車(EV)。林教授が学生だった30年ほど前は、「電気はためることができない」というのが常識だったという。もちろん蓄電池の技術はそのころからあったものの、コストがかかり過ぎるため、実用化は夢のまた夢だった。

ところが今は蓄電池の性能が飛躍的に上がるとともに価格が下がり、EVなども一般的なものになってきている。太陽光発電などの再生可能エネルギーに関しても同様だ。

社会がこのような流れになってくると、自らの研究分野を極めるため1人で研究室にこもっているだけでは、世の中を変えるインパクトを生み出すのはなかなか難しい。多くの人や企業を巻き込み、まとめ上げ、イノベーションを起こして社会の課題解決や新しい価値、事業の創出に結びつけるという能力が研究者自身に求められる時代になっているのだ。

しかし、従来の大学院の修士、博士課程は、専門が細分化した「縦割り教育」。同じ大学内でさえ、他分野を専門とする研究者とのつながりも薄く、企業と共同研究をしようという研究者も限られる。ようやく共同研究ができても、研究成果を社会実装するための問題点にまでは考えが及ばず、実用化されないということも少なくない。

「博士」じゃないと世界では活躍できない

林教授は以前より、誰かがこのサイクルを変えていかなければならないと感じていたという。自身は電力、ガスといったインフラ系の企業と連携して共同研究し、受け持った学生たちにはプロジェクトマネジャーとしての意識を強く持たせるための教育を長らく行ってきた。

しかし、「このままでは、私が引退したときにこの流れは終わってしまう」と危機感を募らせるようになっていった。

「なんとかして、このノウハウを次の世代に残したい」。そう考えている間に、蓄電池などの技術革新が起こり、社会も環境への配慮を重視する方向へと変わってきた。そこに、卓越大学院プログラムの登場もあった。

「やるなら今しかない」。大学、企業、研究機関を問わず、持てる人脈の全てに声を掛け、考えを共有する仲間と構想をまとめ上げた結果、2018年10月にPEPは卓越大学院プログラムとして採択。思いの実現にこぎ着けた。

PEPは早稲田大学を含む国内13大学が連携するほか、国内の企業や研究機関、海外の大学とも共同研究のパートナーシップを取っている。注目したいのは、早稲田大学以外の12大学の学生は、自らの大学に学籍を置きながらPEPのカリキュラムを受講でき、その単位は在籍大学の単位として認められるという、これまでになかった取り組みだ。これにより、他大学の学生や企業の研究者など、従来の博士課程の中では難しかった人脈を得るチャンスを手にすることもできる。

プログラム修了に至るまでの5年間でつながる大学、企業、研究機関は幅広い

資料協力:PEP

「これまでは、大学の壁、専門分野の壁、制度の壁、市場の壁といった多くの障壁があり、研究や教育の行く手に立ちはだかっていました。これらを乗り越える取り組みを実践で示したいと思っています」と、林教授は言う。

長らく続いた慣習を変革させる――きっと相当に骨の折れる道のりになるのだろう。この根底には、林教授が抱く危機感がある。危機感とは、研究現場における日本と世界の差だ。

「PEPは“博士”の育成プログラムです。博士にこだわった理由は、世界で戦うためには博士号がないと相手にされないからです」。林教授は真剣な表情で述べる。

日本では現状、学生は修士あるいは学部卒でも就職先に困らないため、博士課程への進学を視野に入れることなく就職してしまうケースがほとんどだ。

しかし、仕事をする中で海外企業と対峙し、共同して研究開発を進めることになれば、博士号を持っていないというだけで議論の壇上に上がれないことに気付くという。合同チームを組む際には、必ずと言っていいほど博士号を持つ人間の下に配置されるそうだ。

「この話は日本であまり知られていませんが、海外では当たり前のことなのです」。このような状況が続けば、日本は後れを取ってしまう。そうならないよう、世界を相手にして互角以上に戦える「知のプロフェッショナル」を育成する。それがPEPの使命なのだ。

脱炭素社会は全世界的な動き。電力・エネルギー分野は、今後世界が舞台になる。そこで後れを取らない人材を育成するのがPEPの目的だ

資料協力:PEP

世界を牽引するエネルギーのプロを育成する

プロフェッショナルとしての人材育成の場である以上、学生たちもプロフェッショナルとして扱うというのも、PEPの流儀だ。

例えば、連携する企業と共同研究を行う際には、PEPから学生にリサーチ・アシスタント費というものが支払われる。ここで注目したいのは、これは奨学金などの類ではなく、研究をすることに対する対価、つまり報酬ということだ。

実は、米国や欧州諸国では学生が企業と共同研究を行うと、対価が支払われるのが当たり前になっている。だからこそ、学生たちはプロフェッショナルとしての意識を強く持つし、世界中から自分の能力を売り込もうと優秀な学生がその地に集まる。それがビジネスモデルとしても確立されている。

一方の日本では、博士課程というと学生の延長線上のイメージを持たれがちだ。実際、自ら学費を払って通う学生がほとんど。

「米国の教授たちにこの話をすると驚かれます。だからリサーチ・アシスタント費を支払うことで日本の学生にもプロフェッショナルとしての意識を持ってほしい。社会にも学生としてではなく、プロフェッショナルと見なして接してほしいのです」

博士課程に在籍しているということは、もはや学生ではなくプロフェッショナル。その思いが、リサーチ・アシスタント費の支給に結びついた

実際、PEPには海外の学生からの問い合わせも増えているという。海外の学生たちは、博士課程に進む前に、どのような企業と連携していて、どのようなプロジェクトを行い、どれだけの予算を持っているのかなどを調べてから問い合わせてくるのだという。PEPが世界標準ということが、海外の学生にも認知され始め、注目し始めているのかもしれない。

では、PEPでは実際にどのような教育を行うのか。

PEPが掲げる新しい学理は、「パワーリソース・オプティマイズ」。日本語にすると「エネルギー資源の最適化」とでもすべきこの言葉は、脱炭素、環境に配慮した未来社会をデザインしていく上で外せないキーワードになる。

「二酸化炭素排出量の削減目標などを達成するには、社会システム全体を最適化していくことが求められます。そのためには社会を俯瞰して、物事を束ね、動かせる能力が必要になるのです」

後編では、そんな林教授の思いを具現化したPEPで、実際にどのような教育が行われているのか、その先にある林教授の願いに迫る。

<2019年11月7日(木)配信の【後編】に続く>
人と社会を元気づける革新者を! 早稲田大学PEPから始まるエネルギーのイノベーション

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