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エネルギーの革新者

人と社会を元気づける革新者を!早稲田大学PEPから始まるエネルギーのイノベーション

早稲田大学パワー・エネルギー・プロフェッショナル(PEP)育成プログラム プログラムコーディネータ― 林泰弘教授【後編】

これからの社会のためには、プロジェクトマネジャーの役割を果たす研究者も必要と話す林泰弘教授。前編で語られたとおり、そのための新しい人材育成を行うというのが卓越大学院プログラム「早稲田大学パワー・エネルギー・プロフェッショナル(PEP)育成プログラム」(以下、PEP)の目的だ。では、PEPでは一体どのような教育が行われているのだろうか。前編に引き続き、林泰弘教授から話を聞いた。

エネルギーの未来を担う学生にPEPが教えること

研究環境における従来の課題を克服する――林教授がそう表現したPEPの育成プログラムとは、どのようなものなのだろうか。

※【前編】の記事はこちら

前編でも少し触れたが、目標として掲げる人材育成のため、PEPでは「パワーリソース・オプティマイズ」という新しい学理が軸に置かれている。

「パワーリソース・オプティマイズ」とは、日本語にするなら「エネルギー資源の最適化」。つまり、どのようにエネルギーを作り、運び、社会でうまく回していくかを考え、実装する新しい概念を考案するために、専門力と融合力と俯瞰力を養う学問だと言える。

そのためにまず必要となるのは、発電・送電や蓄電といったマクロ視点の電力工学分野に加え、エネルギーの創製・貯蔵や変換輸送などミクロ視点のマテリアル分野への深い知識と技術力。その先に、制度や経済性など、現状の仕組みを理解し、アプローチできる社会的な視点が必要になる。これらを束ねれば、新たな研究開発と利活用方法が両輪で回り、社会のエネルギーシステムを最適化に導くことができるということだ。

電力、エネルギーやマテリアルといった理工系のアプローチ、社会制度や経済といった人文社会系のアプローチを束ねていく新しい学理、それが「パワーリソース・オプティマイズ」だ

資料協力:PEP

「例えば、電気自動車(EV)を見てください。蓄電池の技術が発達したおかげで、昔では考えられないほどの距離を走行できるようになりました。充電のタイミングなどを考えて、充電ステーションを適切に配置し、エネルギーを最適利用させる仕組みをつくれれば、自動車を超えた新たな価値を提供することが可能になります。これは、その要請を満たすような蓄電池の研究開発だけを行っていても、たどり着けない発想なのです。電気を専門とする学生、マテリアルを専門とする学生が協力し合えば、実現できるかもしれません」

EVは「走る蓄電池」とも呼ばれる。その性能をさらに高められれば、大規模停電が発生した際には、各自治体が保有するEVを現地に送り込んで非常用電源にするという解決策も現実的になるだろう。

家庭の「蓄電池」としての役割を担い始め、開発競争も進むEV。研究棟のそばには実験用EVも

また、「ネガワット」もその一つだ。節電して余った電力を発電したことと同じとみなす考え方で、電力消費のピーク時に行えば、節電は発電と同等の価値がある。これを日本では従来、「節電にご協力ください」という標語を掲げ、ボランティアで行っていたが、節電した電力をきちんと測り、それに応じたインセンティブを付与することができれば、節電も発電同様の「市場」となる。

このように、節電した電力を市場で売買することを「ネガワット取引」と呼ぶ。ネガワット取引は、まさにパワーリソース・オプティマイズの考え方を分かりやすく示すものだ。節電という目に見えないものの価値をどうやって測り、表し、価値として供給側企業や需要家・消費者に示し、市場を形成するか。

ネガワット取引を現実のものとするためには、節電した電力を計測する必要があったが、「スマートメーター」の開発・導入により解決された。林教授たちの研究チームが大学という中立の立場で、電力会社とネガワット取引事業者、スマートメーターを具備した需要家とをつなぐ役割を務め、ネガワット取引は実現した。

「スマートメーター」は、既に国内各エリアの電力会社で導入、あるいは数年後までに導入予定となっている

既に広く設置が進められているスマートメーターは、家庭などの使用電力をデジタル計測し、通信機能によって電力会社にデータ送信、時間ごとの使用量が逐一分かるようにできるシステムだ。林教授が着想したのは、東日本大震災後の節電時。「節電の価値を数値で表し、対価が支払われるようにしたい」と思ったのがきっかけだったという。電力だけではなく、マテリアル、システム、デバイスの全てをつなげる研究の先駆者だったからこそ思い描けたことだろう。

ただし、エネルギー資源の最適化を目指していく上では、課題解決のための切り口、プロセス、答えは課題の数だけあるとも言える。

例えば、前述のスマートメーターは、確かに今までできなかったことが可能になった。だが、これを海外に売り込もうとすれば、その国の制度や経済状況に合わせなければならない。

また、国内でも現状が最終形ではないという。現在は30分ごとの電気使用量しか計量していないが、もっと短時間でのネガワット取引を行うためには、仕様の拡張が必要となる。つまり、使う場所や制度、用途に合わせて、新たな対応を考案し、形にしていかねばならない。

「答えは一つではない」。これからの未来を担う学生、研究者には、より柔軟な思考が強く求められるのだ。

パワーリソース・オプティマイズによる電力やエネルギーの最適化が、この先の社会を変えていくと林教授は力を込める

全国13大学がエネルギーで連携するメリット

では、それをどのように学生たちに浸透させていくのか。そこで生きてくるのが、PEPが国内13大学からなる教育プラットフォームであるということだ。

「社会の変化によって、自分の専門分野だけでは対応できない課題が多くなってきました。そこで、これまで“縦割り”だった博士課程に“横串”を刺そうというのが、PEPのコンセプトの一つです」

大学や分野といった壁を超えた協力、それが林教授の言う「横串」。まさにこれまでの常識を覆す考え方だ。

「私が学生のころは、電気工学系の学生とマテリアル系の学生が情報交換するなんてことは考えられませんでした。だからこそ、そこを変えたい」

例えば、大学の夏季休暇期間中に行われるPEPの合宿では、学生を数人ごとにグループ分けして、課題を与える。重要なのは、このグループ内は、同じ大学の学生が被らないようにすることだという。

「学生は必然的に他大学の学生と関わりを持たざるを得なくなります。そこで、明日の朝までに新しいビジネスプランの提案を行うように、といった課題を与えると、みんな夜遅くまで集まって議論する。これを繰り返していくうちに、次第と壁は取り払われていくんです」

ことし13連携大学の教員が集い、電力工学系とエネルギーマテリアル系の異分野融合科目「パワーリソース・オプティマイズ」が初開催された

写真協力:PEP

林教授がこのような発想に至ったのは、自身の経験からだ。

林教授は若いころから、企業との共同研究を積極的に行ってきた。学会に行く度に、他大学の研究者との交流会もよく開いていた。その交流会は、メンバーが代替わりしながら、今も続いている。そのような付き合いを続けていたのは、他の専門分野の研究者との交流の重要性に気付いていたからだ。

「そのときの仲間が協力してくれたというのも、PEPが実現できた大きな理由です。みんな心のどこかで、今のままじゃ世界に置いていかれるという危機感を持っていて、誰かが立ち上がるのを待っていたのではないでしょうか」

人材育成からエネルギーにイノベーションを

現代社会では、人は電気なくしては生きてはいけない。林教授も若き日にそのように考え、電力・エネルギー分野の研究者としての道を選んだ。それから30年ほどが経つ。社会が変わり、求められる人材の姿も変わってきている。

「私たちの時代ではできなかったことを、これからを担う学生にはやってもらいたいです。今は、米国・スペースX(Space Exploration Technologies Corp.)のCEO兼CTOのイーロン・マスクに憧れているという学生も多い。その人が動けば、何かが起きそうと思わせられる人間。新しい技術だけではなく、新しいエネルギーの市場も作れるイノベーターに育ってほしいですね」

林教授は早稲田大学 先進グリッド技術研究所の所長も兼任。経済産業省とスマートメーターを用いた節電の研究などを共同で行っている

林教授は学生たちに、大きな期待を寄せる。その期待は、PEPという略称にも込められている。海外ではアルファベット3文字の略称が一般的なのでそれに合わせているのだが、実は英語で「pep」という単語は、「人を元気づける」という意味も持っている。

「学生たちには、人を、そして社会を元気づけられるような人材になってもらいたい。その思いを込めました」

50歳を過ぎ、自分にできることは何かと考えた末にできたのがPEP。「覚悟と決意と執念があるので、熱が伝わってみんな助けてくれました」

脱炭素社会の実現、環境への配慮が求められるこれからの時代。安定した社会の根幹をなす電力・エネルギー分野にこそ、さまざまなイノベーションが求められる。PEPは、その革新を生み出す人材の「育て方」にイノベーションを起こす。それこそが、林教授の願いだ。

【EMIRAビジコン2020開催!】
林教授の思いを背景にして、未来のエネルギーを考えるPEPとEMIRAがタッグを組み、学生によるビジネスアイデアコンテスト「EMIRAビジコン2020 エネルギー・インカレ」を開催します!

募集テーマは「SDGs×ENERGY」。
応募の締め切りは2019年11月30日(土)、公開プレゼンテーションで行う最終審査は2020年2月22日(土)。
※募集は終了しました

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