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2019.12.27
エネルギーマテリアルが社会を変える! 求められる研究者は「イノベーティブなオタク」
首都大学東京 都市環境学部 環境応用化学科 川上浩良教授【後編】
水素を用いた燃料電池の分野で世界をリードし、「早稲田大学パワー・エネルギー・プロフェッショナル(PEP)育成プログラム」(以下、PEP)で学生たちに、知識だけではなくそのマインドを伝える首都大学東京の川上浩良教授。水素燃料電池において、川上教授がブレイクスルーを起こせた秘密はどこにあるのか。その背景について聞いた。
※PEPについて詳しく知りたいならこちら
水素燃料電池でブレイクスルーできた研究者の意識
水素を用いた燃料電池研究で、従来の10分の1ほどとなる厚さの電解質膜を作ることに成功した川上教授。秘訣は何だったのだろうか。
※【前編】の記事はこちら
「私は昔から、自分の興味のあることしか研究対象にできないんですよ」
若き日から水素のことしか考えられない、というタイプだったか聞くと、「いえ、私が興味を持っていたのは『物質移動』についてです」と、笑顔で即座に否定された。
物質移動といっても、物流や輸送のロジスティックのことではない。
「目に見えない分子や電子、そういったものの動きに興味を持って、研究の対象にしてきました。水素を用いた燃料電池の研究に行き着いたのは、せっかく研究するなら、自分の興味がある分野で、世の中を変えられるような研究をしたかったからです」
燃料電池は水素の移動によって充放電する。新しい電解質を開発し、進化させれば、世の中を変えられる。そう考え、電力・エネルギーの分野に足を踏み込んだ。そして出した答えが、ナノファイバーを用いた、これまでにない薄さの電解質膜だった。
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川上教授の研究室にある、ナノファイバーを積み重ね、高分子ポリマーで固めて膜状にする装置。これで電解質膜を生成する
つまり、川上教授はそもそも電力・エネルギー系の研究者ではなかった。その背景の違いが、発想の飛躍に結び付いたのかもしれない。
「私はエネルギー一本でやってきた人たちとは、バックグラウンドが全然違うんです。しかも、本当は水素自体へのこだわりはありません。水素で結果が出ないと思えば、それを捨てて全く別のものに研究対象を変えることでしょう」
それを物語る、興味深い話がある。脱炭素社会実現の天敵ともいえる、二酸化炭素(以下、CO2)についてだ。
前編でも少し触れたように、水素を水から生み出すには、その前段でCO2を発生させてしまうのが現状の課題だ。また、石炭や石油を使って火力発電を行う際にも、当然のことながらCO2は排出される。
しかし、CO2が発生しても、大気に排出されないように捕まえて、どこかに閉じ込めておければ、そのCO2は地球温暖化に影響を及ぼすことはない。
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ナノファイバーの研究開発などのため、川上教授の研究室内にはさまざまな化学物質が所狭しと並ぶ
マテリアル研究が群雄割拠のエネルギー競争で飛躍
この考え方は、水素生成と対を成す技術として、世界中で研究が進められている。「CO2の回収・貯留(Carbon dioxide Capture and Storage:以下、CCS)」と呼ばれる、CO2を捕まえて地中深くに埋めてしまうというものだ。
地球環境への適合性、つまり温室効果ガスの排出量が何よりも重視されるようになった現状の電力・エネルギー関連の世界では、石炭や石油などを持つこれまでの資源大国は、このままだと負の資源を大量に抱えることになってしまう。
しかし、CO2を排出せずに済むのなら、火力発電はこれからも利用価値が高いまま。仮にCCSが広く浸透し、世界中の火力発電所が取り入れたとすると、今、世界で排出されているCO2が約30%も削減できるのだという。
しかも、地中深くに埋められたCO2は、いつか大きな「資源」になる可能性もある。現状でも飲料の炭酸ガスや植物の育成に利用されているが、今後は植物由来バイオ燃料の生成やコンクリートなどの製品材料にも利用できると目されており、さらに、CO2から直接、天然ガスのメタンやさまざまな原料となるメタノールを作る研究も進められている。
もし、それが実現できれば、CO2を中心とした循環型社会が作られることになる。つまり、現代にどれだけCO2を自国に貯留できるかが、数十年、数百年後の未来で資源国になる方法の一つとも考えられているのだ。
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CCSの仕組み一例。発電所で発生したCO2を回収設備で集め、地中深くに埋める
現在の資源を使いながらCO2排出削減ができるため、オーストラリアやサウジアラビアといった現資源国は、既に国家プロジェクトとしてこのCCSの研究を進めている。クリーンエネルギー開発競争は、さまざまな国の思惑も絡み合う、群雄割拠の状態だ。
そして、川上教授も参加する日本の研究レベルは、このCCSの研究においても世界のトップレベルを走っている。
「CCSをはじめ、新たなエネルギーマテリアル研究が世界中で競うように行われていて、最初にブレイクスルーを起こして拡大できたエネルギーマテリアルが勝つ、というような状況です」
水素なら電気を使わずに水から水素を作る方法、石油や石炭なら燃焼させてもCO2を発生させない方法、もしくは完全に捕まえて地中深くに埋める方法、他にもナトリウム電池やカリウム電池など、水素以外でも数多くのマテリアルを用いた新たな蓄電池開発が進められ、実用化、汎用化を目指している。
優秀な研究者が多いほど、こういった競争に勝てる確率は上がる。そのために、次世代の研究者育成は、国の根幹を支えるための最も大事な要素の一つと言えるのだ。
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川上教授の研究室にあるCCS用の実験装置。「物質移動」がテーマなだけに、研究対象は水素を用いた燃料電池だけではない
研究者はイノベーティブなオタクになるべき
自身の研究にまい進する川上教授は、首都大学東京だけでなくPEPでも教鞭を執る。
研究者ではなく教育者として今気掛かりなのが、「日本の学生は学力ではなく、イノベーション力を高めていかないと、世界では戦えない」ということだ。
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川上研究室があるのは、首都大学東京の南大沢キャンパス。なお、首都大学東京は2020年4月より東京都立大学に改称される
経済協力開発機構(OECD)という国際機関が義務教育終了時点の15歳生徒を対象に実施している、学習到達度調査(PISA)という学力調査がある。その結果を見ると、日本より順位が低いにもかかわらず、生産性とイノベーション力では日本より上位になる国がいくつもあるという。
「つまり、学力=生産性・イノベーション力ではないんです。これからの時代は、知識の中に問題を解決する答えはありません。知識は使うものであって、知識を使って何を生み出すか、ということが求められます」
エネルギーマテリアルに置き換えると、ただクリーンなエネルギーマテリアルの研究をするだけではなく、そのエネルギーを使うことによってどれだけ環境問題や社会問題に貢献できるのか。生み出した技術に無形の価値を付け、それを認知されて初めて世界に広がっていくということになる。
現実にそれを実践するには、これまでの日本の教育では難しい部分もある。だからこそ、エネルギーマテリアルだけではなく、電力工学、そして人文社会科学と、さまざまな分野の考え方を取り入れ、それを自分が専門とする研究にフィードバックできるPEPのような環境は貴重だ。
ただし、それぞれの分野をかじっただけでは、話にならない。川上教授は学生に対し、常々「オタクになれ!」と言っている。
「自分の専門分野に関してどれだけ深く追求できているか。それが海外で戦っていく上では大切になります。自分の専門分野で、オタクになってほしい」
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「学生がのめり込んで勉強できる環境を整えるのも私の役割の一つです」
目に見えないほど小さい“物質移動”の研究に明け暮れていた川上教授。その研究が実を結び、液体化した水素がタンカーに積まれ、大陸を越え、海を渡り、地球規模での“エネルギーマテリアル移動”に結び付こうとしている。
その姿は、後に続く学生、研究者にとっても、目指すべき一つのロールモデルになるだろう。
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text:仁井慎治(エイトワークス) photo:野口岳彦
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