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2020.1.28
日本のインフラはまだまだ問題山積み。未来の電力工学研究者は「まずは基礎を学ぶべき」
横浜国立大学 大学院 工学研究院 大山力教授【後編】
電気が生まれ、送られ、使われる。現代社会の根幹ともいえるシステムについて研究し、「早稲田大学パワー・エネルギー・プロフェッショナル(PEP)育成プログラム」(以下、PEP)でも教壇に立つ横浜国立大学の大山力教授。近年、地震や台風といった災害による大規模な停電が目立つ日本で、どのような電力システムを構築していくべきか。そして「電力工学」を志す若い研究者たちは、どこを目指していくべきか。前編に引き続き、大山教授に聞いた。
※PEPについて詳しくはこちら
「個」ではなく「連系」で電力ネットワークを支える
電力自由化による送配電の分離、そして今後さらに求められていく再生可能エネルギーの利用。「再生可能エネルギーをどのように電力システムに組み入れて安定供給に役立てていくかが重要」だという横浜国立大学 大学院 工学研究院 大山力教授に、災害に負けない電力システムについての考えを伺った。
※【前編】の記事はこちら
「災害に強い電力システムをどのように構築すればいいか。そのために個々の電力設備や機器を強くしていくというのは、必ず限界があります」
大山教授はさらに続ける。
「それが顕著に表れたのが、2018年に発生した北海道胆振(いぶり)東部地震です。地震発生当時稼働していた中で最も大きな発電所だったのが苫東厚真(とまとうあつま)発電所。そこにある火力発電の設備3基のうち、2基がすぐに停止し、その後残りの1基も停止しました。それにより電気の需給バランスが完全に崩れ、北海道エリア全域にわたる大規模停電、いわゆるブラックアウトが起こったのです」
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大山教授は、壊れない設備や機器を目指すのではなく、壊れる場合があるという前提で電力ネットワークづくりを考えるのが重要だと話す
この最後まで残った1基は、実は一番古い設備だった。震度を感知して止まる「フェイルセーフ機能」が唯一付いていなかったため、損傷したものの、地震直後にすぐ停止せず、動き続けていたのだという。
「だからと言って、地震が起こった際に、停止しない設備が求められているわけではありません。あくまで個々の発電所が、停止させるかどうかは個別に判断することが求められています。そして大事なのはその後です。停止した発電所がある中で、ブラックアウトが起こらないように、電力システムで守れるようにすることが大切なんです」
例えば2011年の東日本大震災では、地震後に太平洋沿岸を襲った津波により、多くの発電所が壊れた。
「しかし、津波が太平洋側と日本海側の両方同時に来ることは考えられません。そのため、発電所を両方に分散し、その間の連系を強くしてネットワークで支える。その方向で日本の電力システムを構築していくのがいいと思っています」
そのネットワークづくりも、地域ごとの特徴に合わせる必要がある。例えば、2019年に台風15号によって大規模停電に見舞われた千葉県。千葉県で電気だけが大打撃を受け、ガスや水道はあまり被害を受けなかったのには、理由があるという。
「山の中に送配電線が多く通っていたからです。千葉県には、これまでそれほど強い台風が来ていなかったのですが、来てしまった。そして今後、また来るかもしれない。そうなると、山の中を通っている送配電線を強くすればいいのか、それとも山を抜けた先に発電所を造った方がいいのか、もしくは停電したときのために電源車を多く用意しておけばいいのか。これらを考えるのが、これからの課題になります」
こういった現状に対し、考え方を決め、発電・送配電などの設備の一つ一つは壊れる可能性があるというのを意識して、電力ネットワークを構築していく。それが、大山教授が考える進むべき方向だ。
IT技術の進歩が電力システムを変える
このように、電力工学は社会的な要求や取り巻く環境を無視していては、成り立たない。
コストなど経済的な話も大いに関係してくるうえ、近年ではIT技術の発達により、これまで統計でしか見ることのできなかった一般家庭など需要家(消費者)の動きも、逐一分かるようになってきた。PEPのプログラムコーディネータ―を務める早稲田大学の林泰弘教授たちが開発した「スマートメーター」が、まさにそれだ。
「そういう点で、人文社会系のテーマも取り上げるPEPは有用だと思います。電力工学では、議論の際に純粋に技術だけの話では済まないことも多くあります」
大山教授自身も、学生時代から社会、経済について興味を持ち、自身の研究分野とは別に、知識を蓄えてきた。
「社会と経済は電力工学と密接に関係するものなので、当時から知っておかなければならないという考えでした。時間帯別の電気料金、電源立地、タフな電力システムのつくり方などは、私が学生のころから議論されていましたし、それが今はもっと求められるようになっています」
実は、スマートメーターなどを用いて需要、供給両側から電気の流れを制御して最適化する「スマートグリッド」という今注目を集めている考え方も、発想自体は以前からあった。日本でも20年ほど前、電力工学の研究者の間で、「FRIENDS」という構想があったという。大山教授は、その研究の中心人物だった。
「Flexible Reliable and Intelligent Energy Delivery System(フレキシブル・リライアブル・アンド・インテリジェント・エナジー・デリバリーシステム)の頭文字を取ったのが『FRIENDS』でした。当時は夢物語のような話でしたが、今のスマートグリッドの話を聞くと、当時考えていたこととほぼ同じ部分もあるんですよね」
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日本におけるスマートグリッドのイメージ図
残念ながら当時のテクノロジーでは実現とはいかなかったが、日本という国が構築すべき電力システムは、数十年前から決まっていたようだ。
電力の課題が浮き彫りになった今こそまずは基礎
技術が追い付かなかったとはいえ、時代を先取りするような電力システムの構想に至っていた大山教授。その考え方は、実にフレキシブルだ。停電に関しての考え方も、そうだ。
「日本では、国民が停電しないことを望んできたので、そこにコストが投入されてきました。もしかすると、たまには停電することを前提にしながら、すぐに復旧するようなシステムをつくった方がコストはかからなかったのかもしれません。ただし、その状態を維持するのも、それはそれで難しい。結果として、コストは少しかかりますが、電気が止まりにくい今の方がいいということになっているのです」
当たり前のように受け止められている現状も、コスト面を考えると、あえて少し停電するぐらいの方が安くなるというのだ。
「結局、それらは全て社会的要求なんです。日本では停電を望まない人が多いので、今のようなシステムになっているんです。これらは、社会、経済についての理解なしに分かることではありません」
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大山教授の研究室そばに設置された、太陽光発電のパネル。設置してから30年ほどで既に使ってはいないという。年季の入ったたたずまいが、大山教授の歩んできた道のりを物語っている
IT技術が発達して「スマートグリッド」のような構想が実現しようとしている今、これからの学生は、人文社会系の知識もさらに要求されていくことになる。「電力システムのエンジニアとしては、いろいろなことが見えていないといけません」と、大山教授。電力工学は、あらゆる異分野を学ぶことが無駄にはならない研究分野なのだ。
ただし、と大山教授は続ける。
「電力自由化や再生可能エネルギーなど、現在はさまざまな課題が顕在化してきています。でも、これからの時代を担う学生たちには、課題が分かりやすくなったからといってそればかりに捉われるのではなく、まずは電力システムの基礎技術を大切に学んでほしいですね」
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大山教授によると、東日本大震災以降、電力工学を学びたいという学生が増えたという。「昔は研究室の定員とトントンだったのですが、今は志望者が多いですね」
2011年の東日本大震災以降、「電気は止まる」ということを日本中が強く意識するようになり、問題意識を持った学生たちがより電力工学の門をたたくようになった。大山教授の研究室も例外ではない。
しかし、顕在化してきた課題を解決するためには、まず「基礎」こそが大切。目に見えるものばかりを追いかけると、その裏に隠れた問題に気付けなくなってしまう。大山教授は、そう学生たちに呼びかけている。
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text:仁井慎治(エイトワークス) photo:野口岳彦
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