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冷たいエネルギーの価値

排雪利用型データセンター実現へ! 雪に価値を与える北海道・美唄モデル

企業誘致や食品ブランド開発につながることで厄介者だった雪が街の資源になる可能性

「冷熱エネルギー」といえば、真っ先に思い付くのが「雪」だろう。古くから豪雪地帯では貯蔵庫などで活用されており、近年ではサーバーや通信機器などを設置するデータセンターを冷却するためにも使われ始めている。そして今、北海道の小さな街で、世界初となる廃棄していた雪の冷熱を利用するデータセンターが誕生しようとしている。その壮大なプロジェクトから見える、雪の冷熱エネルギーの可能性に迫った。

小さな街で生まれた冷熱エネルギー最先端プロジェクト

人口およそ2万人。札幌市から電車で35分ほどのところにある小さな街・美唄市(びばいし)で、冷熱エネルギーを活用したある大きな構想が生まれたのは今から13年前のこと。

発端は、地元企業の経営者や大学の研究者らで構成される「美唄自然エネルギー研究会」のメンバーが集まった際に、当時IT企業に勤めていた一人が、「データセンターを冷やすのに排雪(道路上などに積もって廃棄される雪)のエネルギーを使えないか」と漏らしたことにさかのぼる。

美唄自然エネルギー研究会とは、雪を用いた冷熱エネルギー研究(雪氷熱利用)の第一人者として知られる室蘭工業大学の媚山政良(こびやま・まさよし)名誉教授を技術顧問に迎え、1997年に発足させた有志の研究団体。雪の活用方法について、研究と実用化を地域一丸となって進めている。

現在は美唄市が事務局となり、定期的に産学官連携での勉強会も開いている美唄自然エネルギー研究会

美唄自然エネルギー研究会の会長を務める本間弘達氏は、その背景について次のように話す。

「美唄市では排雪、つまり“捨てられる雪”が年間約8万tあるのですが、この除排雪作業に自治体の税金が毎年約4億円も使われています。人口2万人の美唄市では、1人あたり年間約2万円の税金が雪を捨てるためだけに使われていることになります。特に今年は例年よりも降雪量が多く、除排雪の費用が10億円を超えてしまいました。生活の利便性を考えれば仕方がないのですが、それだけのお金を使ってただ運んで溶かすのはもったいないですよね」

本間氏は、雪屋 媚山商店という雪の冷熱エネルギーを利用して冷却する「雪冷房」の設計・コンサルティング会社に所属している。そうした事業知見も生かしながら、美唄自然エネルギー研究会としてさまざまなプロジェクトに取り組んできた。今回紹介する排雪を利用したデータセンターも、そうした中で持ち上がった構想の一つだ。

オンラインで話を聞かせてくれた本間氏。研究会には「飲み会の場で言ったことはやらなければならない」というおきてがあり、数多くのプロジェクトを手探りながら進めてきたという

10年以上前に立ち上げてから今日に至るまで、多くの実験を積み重ねてきた。まず、2008年に雪冷房を活用したデータセンターを市内工業団地に造るという「ホワイトデータセンター構想」を提唱すると、2010年には雪でデータサーバーを冷却する世界初の実証実験を実施。2015年にはNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託研究によって小型の実証用データセンターが設けられた。

そして2020年7月、ついに事業化に向けた大きな一歩を踏み出す。実証実験を進める中で美唄市と相互連携の協定を結んだ株式会社共同通信デジタル(一般社団法人共同通信社の子会社)が、工業団地の一区画について譲渡契約を結び、さらにデータセンター開設だけでなく、廃熱利用の陸上水産養殖や植物工場設置、バイオマス発電やソーラー発電などにも乗り出す、と発表したのだ。

世界初の排雪利用のデータセンター建設

この排雪再利用の壮大な構想を生み出すに至った「ホワイトデータセンター」とはどのようなものなのか。仕組みの根幹をなす「雪冷房システム」について、本間氏が解説してくれた。

「基本的な仕組みは単純で、冬場に降った雪を貯蔵しておき、夏場にその冷熱を使って冷房を行います。例えば、いわゆる『氷室』のように貯蔵物を雪で覆い直接冷却する方法をはじめ、貯雪庫の冷たい空気を送風機で循環させたり、熱交換器で冷熱を循環させたりして冷房用のエネルギーとして使用するのが一般的です。美唄市では、集合住宅や老人ホーム、温泉施設など、さまざまな施設で使われてきました」

冷房用のエネルギーとして自然の雪を利用すれば、当然、温室効果ガスの排出を防ぐことができる。1980年代から貯蔵庫などで利用されており(経済産業省 北海道経済局調べ)、2008年に開催された洞爺湖サミットのプレスセンターで採用されたことで、“省エネルギー技術”として注目を浴びた。経済産業省 北海道経済局の発表によると、雪氷を用いた冷熱エネルギー活用施設は2012年3月時点で全国144カ所を数える。

「データサーバーを安全に管理するためには、稼働による発熱で上昇する室内の温度を、常に25℃程度に保つ必要があります。美唄市の年間平均気温は8℃(最高31℃、最低-25℃)で、夏場でも20℃前後。そもそも環境に優位性があるため、外気温が15℃以上で冷房が必要になると仮定すると、年間平均気温15℃程度の東京に建設した場合と比較して、冷房稼働時間を4割以上減らすことが可能です。加えて、外気温15℃以上になった際に使う冷房を雪冷房で賄えば、空調の電気代をさらに削減することができるのです」

豪雪地帯のため、冷熱エネルギー資源は豊富。さらに、地価が安く広大な土地がある美唄市は、雪の保管場所にも困らない。本来、マイナスにすら働く環境と地理の条件が、データセンター運営にはプラスに働くことになる。

「現在、美唄市のホワイトデータセンターでは2300ラック規模のサーバーを稼働させる予定です。同規模を東京で稼働させた場合、年間15億円かかると予想される空調代は3億円程度に抑えられます」

ホワイトデータセンター構想を模型化したもの。広大な土地に雪山(写真上の茶色部分)の設置が可能なのも、地価の安い美唄市だからこそ

ホワイトデータセンターを冷やす雪山は、木材チップやもみ殻などで全体が覆われる。これらが断熱材として機能し、雪が溶けにくくなって“万年雪”になるという。雪山の下は樹脂パイプが敷き詰められた二重床になっており、冷熱エネルギーのみを別の媒体で回収し、排雪に混じったごみなどによる悪影響を排除する工夫が施される。

「それまで雪冷房には“きれいな雪”を使っていました。泥や融雪剤によって金属配管などが腐食してしまうので、道路の排雪は使えなかったのです。そうなると、道路などで回収される排雪の多くが使い物にならなくなってしまう。それでは“ごみになっていた雪を再利用する”ということにはならないので、どんな雪でも活用できるようにしたのです」

しかし、いくつか課題が残されている。例えば2300ラック規模のデータセンターに対応するためには、年間20万tの雪が必要になるという。美唄市の排雪場に捨てられる年間8万tの雪では、量が足りない。

「足りない雪は、買い取ればいいんです。例えば、雪冷房に利用することで雪1tあたり800~1000円分のエネルギー価値(※冷房にかかる電気代のようなイメージ)になるとします。排雪を運ぶダンプカー1台はおよそ10t=8000円の容量がある。それを私たちが2000円で買うといえば、喜んで運んでくれる人も出てくるでしょう。今まで、お金を払って捨てていたわけですから、排雪費用が浮くだけでなく、もうけが出るとなればウインウインな関係ではないでしょうか」

雪冷房を利用した施設が広がっていけば、排雪場に積み上げられた雪がエネルギーとしての価値を得ることになる

※写真はイメージ (C)写真AC

「また、20万トン規模の雪山を目標に掲げている理由は、札幌市にあります。豪雪地帯でもある札幌市の排雪場は平均規模が20万トン、数も30カ所以上。美唄市のモデルは札幌市でも即座に対応可能です。見方を変えれば、こうした大きな排雪場が冷熱供給基地になるのです」

データセンターの空調費が削減できれば、利用する企業にとって大きなコストメリットになる。環境などにより異なるが、稼働予定としている2300ラック規模の年間稼働費は30億円程度とされ、大きく比重を占める空調費は15億円ほど。残りのおよそ15億円が、サーバーを動かす電気代だ。

「企業誘致につなげる施策の一つとして、草木を活用したバイオマス発電所の併設も進めています。美唄市は雪だけでなく農業残渣の多い地域でもあるので、それらを活用してサーバーを動かすためのコストも安価に抑えていく予定です」

このように技術を複合させることで、IT関連施設におけるエネルギー効率の指標の一つ、PUE値(電力使用効率)を低い数値(1.1以下)にするだけでなく、年間20万tの排雪利用で二酸化炭素排出量も大幅に削減することが可能となる。

さらに、サーバー稼働時に発生するデータセンターの廃熱は、温風や温水としてビニールハウスの暖房や養殖用の水温調節など、農水産業で利用する試みも検討されている。ホウレン草やアワビなどを生育する実証実験では、空調コストを半分以下に抑えられるという結果も出た。

「いずれは北海道で初めてとなるウナギの養殖や、『恋ベリー』と呼ばれるハート形の高糖度ミニトマト、1万株に1つしか取れないほど希少な白いキクラゲなど、これまで作れなかった商品価値の高い食材の生産にもチャレンジしていく予定です」

現在、美唄自然エネルギー研究会はホワイトデータセンター事業化に向け、共同通信デジタルと新会社の設立を準備しており、4月以降、また大きく前進していくそうだ。

北海道産食品に冷熱エネルギーで付加価値を

冷熱エネルギーを“ハード”利用するホワイトデータセンターと共に、“ソフト”展開するプロジェクトも同時に進められている。それが、雪を利用した食品加工研究施設「ホワイト・ラボ」での食品開発だ。

ホワイト・ラボは、貯雪庫に172tの雪を保存し、隣接する雪室(ゆきむろ/雪温貯蔵庫)で食材を保管する施設。室温約2℃、相対湿度90%を保ち、レンタルスペースとして企業や美唄市民に解放されている。また、雪の冷熱エネルギーを利用したスノーフードの加工・研究室(低温乾燥実験室)を設け、「雪乾燥」が行えるようにもなっている。続けて本間氏が解説してくれた。

「雪乾燥は、日本海側で魚の干物を作るために用いられてきた『寒干し』の技術を応用したもので、雪に水分を集めて周囲を自然乾燥させることができます。氷が入ったコップの表面が結露する原理と同じく、雪の表面が結露すると周囲の空気が除湿され、低温乾燥状態になります」

雪乾燥が行える低温乾燥実験室。低温乾燥は、食材の風味や栄養を損ないにくい特徴がある

「冬場にしかできない寒干しのような低温乾燥が季節を問わずできる上、一般的に乾燥食品を作る際に使うボイラーは不要になります。これで作ったのが甘みの強い干し芋『雪そだち』というブランド食品です」

本間氏は、「北海道は昔から、食材がいい分、加工して価値を付けることが苦手」だという。他地域に目を向ければ、「博多の明太子」として売り出されているタラコも、伊勢名物の「赤福」に使われる小豆やモチ米も、多くは北海道産だ。

冷熱エネルギーによって北海道産の食材に新しい価値を付ける。その方法をホワイト・ラボで日々模索している。

「美唄市は、かつて石炭で栄えた炭鉱の町でした。炭鉱業が廃れてしまった今、『黒いダイヤ(石炭)から白いダイヤ(雪)へ』を合言葉に、ここまでやってきました。豪雪地帯に住む私たちにとっては、雪はごみや面倒なものと捉えがちですが、『見方を変えれば味方になる』、そんな精神で地域に貢献していきたいと思っています」

小さな町で進む冷熱エネルギーの一大プロジェクトが世界を驚かす日は、もうすぐだ。

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