スポーツマネジメントの極意

日本バスケット界の大改革と飛躍を支えたマネジメント術とは?

日本バスケットボール協会(JBA)会長 三屋裕子【前編】

開幕が目前に迫ったFIBAバスケットボールW杯2019中国大会。NBA入りを果たした八村塁選手(ワシントン・ウィザーズ)や渡邊雄太選手(メンフィス・グリズリーズ)など、新たな世代の活躍に期待が寄せられている。また、ことし3月には男子代表、女子代表ともに五輪東京大会への出場権も獲得。国内リーグのB.LEAGUE(Bリーグ)を含め、いま日本バスケットボール界は大きな盛り上がりを見せている。2016年、日本バスケットボール協会(以下、JBA)会長に就任し、改革に尽力してきた三屋裕子氏にこれまでの苦悩や組織マネジメントの極意について聞いた。

混迷を極めていたバスケ界を治めるリーダーに抜擢

「ホッとしてなんていられないですよ。出場が決まった瞬間は、“ようやく肩の荷を下ろせた”という思いもありましたが、今はプレッシャーを感じています」

五輪東京大会の出場権を獲得できた現在の心境を尋ねると、三屋氏から間髪を入れず返ってきたのがこの答えだった。

1980年代前半の女子バレーボール界で大活躍した名選手であり、1984年の五輪ロサンゼルス大会では日本代表として、銅メダル獲得に大きく貢献した輝かしい経験を持つ。バレーボール界きってのスター選手だった彼女は今、バスケットボールの世界で改革を進めるリーダーとして組織を引っ張っている。

背筋をピンと伸ばし、はきはきと快活に語る姿は現役選手時代と変わらない

きっかけはサッカーJリーグ創設の立役者であり、“初代チェアマン”としておなじみの川淵三郎氏からかかってきた一本の電話だった。

「“僕が今度、日本バスケットボール協会の会長をやるから、副会長をやってくれない?”というお誘いでした。私は当時、東日本大震災で被災した地域を訪れ、子どもたちのスポーツ環境を復興するためのボランティア活動をしていました。“でも私、バスケットボールには詳しくないですよ”と申し上げたところ、“その方がいいんだよ”との返答が。また、“1年間という期間限定で構わない”というお話でしたので、少しでも川淵さんのお役に立てるならという思いで引き受けました」

事の発端は2014年に起きた、国際バスケットボール連盟(以下、FIBA)によるJBAへの制裁だ。FIBAはJBAの組織統治力欠如などを理由に国際資格の停止を通告。それにより、すべてのカテゴリにおいて、日本代表チームは国際試合への出場権を失った。

三屋氏も当時、こうした状況はもちろん把握していたが、副会長就任前は「バスケットボール界が大変なことになっているな」と、いわば“対岸の火事”として見ていたという。

ところが、協会入りして約1年後。川淵氏が自ら制度化した定年に達して退任。三屋氏は新会長に選出される。火の粉が飛んでくるどころではなく、火中に自ら飛び込んでいくことになったのだ。

失われたガバナンスはいかにして回復したのか?

FIBAが制裁を下した理由は主に3つ。

中でも、最も大きかったのが、男子のトップカテゴリーに「ナショナル・バスケットボールリーグ(NBL)」と「日本プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)」という2つの異なるリーグが並立していたこと。これは川淵会長時代に、ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ(Bリーグ)を発足することで解決した。

「近くで見ていても川淵さんの手腕は実に見事で、長年にわたって擦ったもんだを繰り返してきたトップリーグ問題をあっという間にまとめてしまいました。あれは川淵さんにしかできなかった断行でしょう」

2つ目の理由が、JBAに傘下の組織をまとめるガバナンスの欠如。その解決のために、日本のバスケットボール界を、JBAを頂点とする一つの組織にまとめる作業に着手した。

「これら2つの改革には大変な労力を伴うことは分かっていましたが、すべきことは“バスケットボール界全体を組織として再構築する”と明確でした。問題はFIBAから提示された3つ目の課題。男子日本代表チームの強化、レベルアップです。女子は五輪に過去4回、ワールドカップ(旧世界選手権)は1964年の初出場以来、1986・2006年を除き全て出場していましたが、それに比べて男子は近年、世界大会に出場すらできておらず、低迷期にありましたからね。この課題は私にとって最もハードルが高く、本当に重い責任を感じていました」

JBAのガバナンス回復は新会長に課せられた重責だったが、それ以上にプレッシャーを感じていたミッションが男子のレベルアップだったという

FIBAはバスケットボールのさらなる普及に向けて、各国代表がしのぎを削る、よりハイレベルな試合の実現を目指している。だが、強化が進まない男⼦代表はその意向に添えているとは言いがたかった。そのため、FIBAにとって頭痛の種になっていた男⼦代表の強化が制裁理由に加えられたというわけだ。

五輪やW杯などの国際大会におけるチーム競技においては、ホスト国にいわゆる開催国枠として予選免除で出場権が与えられる…そう思っている⼈も多いだろう。だが、五輪のバスケットにおいては“絶対的な約束事”ではなく、実力も問われるという。

FIBAによる制裁自体は2015年に解除され、女子代表は同年のアジア選手権優勝、リオ五輪でも決勝トーナメント進出を果たすなど十分に実力を示してきたが、男子代表についてはつい最近まで、東京五輪の出場権獲得自体が危ぶまれていた。

それが、ことし8月31日(土)から開催されるW杯2019への自力出場を果たしたことで、ようやく開催国枠が認められたのだ。男子代表がW杯予選を突破したのは、実に21年ぶりの快挙(開催国としての出場を除き)。制裁通告からわずか5年という短期間で実力アップできた背景には、若手選手の発掘、強化体制の見直し、といった取り組みだけでなく、JBAのガバナンス改革が効いている。

実に21年ぶりのW杯自力出場を決めた日本代表男子、愛称「AKATSUKI FIVE(アカツキファイブ)」。来る東京五輪に向け、着実に実力をつけている

写真提供:日本バスケットボール協会

写真提供:日本バスケットボール協会

「ガバナンスが効いていないと、強くならないのは当然ですよね。各チームの有力選手を代表に出していただくのですから、トップリーグとJBAの協力体制は必須。また、かつては高校生や大学生で期待できる選手がいたとしても、“(学生の)大会があるから代表には出せない”ということがありました。そこで引き下がってしまっては絶対に勝てない。“日本の男子バスケットボール全体のレベルを引き上げるために、御校の選手が必要なんです” と、JBAが強いリーダーシップを発揮しなければなりません」

2015年のアジア選手権優勝、翌年のリオ五輪でも決勝トーナメント進出を果たすなど、安定した成績を残し続けている女子代表

写真提供:日本バスケットボール協会

選手を強くするための土壌づくり

三屋氏がガバナンス改革としてまず取り組んだのは、JBA傘下にある47都道府県協会の法人化と登録料の統一、コーチ・審判のライセンス統一などといった地道な作業だった。それまでの日本バスケット界にはローカルルールが数多く存在しており、統一された基準がなかったのである。事務所も専属の職員もいないという団体も少なくなかった。ある意味、地域ごとの事情に合わせて部分最適化されていたわけだが、それでは日本全体を強くすることができなかった。

「ガバナンスと横文字で言うと何かすごいものを想像しますが、組織として当たり前のことをするだけで統率力は発揮されます。各団体には毎年、決算報告を出していただいていますが、あくまで健全に運営されているかを確認する目的であって管理はしていません。それは彼らの権利を守っていることでもあるのです」

何を残し、何を変えるべきかは悩みどころだったに違いない。「改革に協力してくれた各地域団体に対しては、感謝の念しかありません」と語る三屋会長。理解を得るために最も必要だったのは、コミュニケーションだったと言う。上が決めたから、規則だから、という理由でルールを押しつけるのではなく、一つ一つ変えるべき理由を丁寧に説明していく。地域の代表者を一堂に集め、1泊2日で意見交換する勉強会も開催した。

そうした地道な作業、コミュニケーションの積み重ねが少しずつ実を結び、コーチ、審判のライセンス保有者が大幅に増加。代表選手のレベルアップにもつながっていったのである。





<2019年8月23日(金)配信の【後編】に続く>
Japanバスケをさらなる高みに導く! 改革を押し進めるリーダーに求められる資質とは

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