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スポーツマネジメントの極意

褒め過ぎ厳禁! ラグビー名門を復活へと導いた“8割満足”マネジメント術

ジャパンラグビートップリーグ(TL) 三菱重工相模原ダイナボアーズHC グレッグ・クーパー【前編】

昨シーズン、12季ぶりのジャパンラグビートップリーグ(TL)昇格を決めた三菱重工相模原ダイナボアーズ。その原動力となったのは、2018年4月に新ヘッドコーチとして就任したグレッグ・クーパー氏の存在によるところが大きい。低迷するクラブを変えるべく、アシスタントコーチやFW、スクラムコーチらも再編し、まさにゼロからのスタートとなったチームをどのようにまとめ上げ、導いたのか──。クーパー流のマネジメント術に迫った。

チームを変えるために必要な3要素

グレッグ・クーパー氏といえば、現役時代はラグビー強豪国の母国・ニュージーランド(以下、NZ)代表で7キャップを誇る名プレーヤー。指導者としてもスーパーラグビーのハイランダーズやU─21NZ代表監督を歴任し、2017年にはスタッド・フランセ・パリ(フランスラグビーのプロクラブ。一部リーグのトップ14)を率いて、ヨーロピアンチャレンジカップを制するなどの輝かしい実績を収めてきた。

また、過去にはジャパンラグビートップリーグ(TL)のNECグリーンロケッツでヘッドコーチを務めるなど日本にも所縁のあるクーパー氏は、2018年4月、当時トップチャレンジリーグ(トップリーグの第2部に相当)に属していた三菱重工相模原ダイナボアーズのヘッドコーチとして3年ぶりに日本へカムバック。そのシーズン終了時には、11年もの間、下部リーグに甘んじていたチームを2度目のトップリーグへと導いた。就任後すぐ結果を残したわけだが、当時のチームをクーパー氏はどう感じていたのだろうか。

「(ダイナボアーズは)親会社が三菱という大きな会社で、しかもスター選手もたくさんいます。それなのにチームはお世辞にも強いとはいえない状態だったことに疑問を感じました。そのため、まずは自分の中にあるこの疑問を解消すべく課題を見つけることから始めました」

チームを再びトップリーグの舞台に押し上げるべく、クーパー氏はとにかくチーム全体を隅々まで見渡した。そして“チーム全員がビリーブ(自信)をしっかり持てる環境づくり”こそが自分の仕事だと気が付いた。

ラグビーで重要な3要素を、ジェスチャーを交えながら説明するクーパー氏。ベースとなるフィジカルの上にスキルやストラテジー(戦略)が乗る、というのがクーパー氏の描くイメージだ

クーパー氏はこれまでの経験から、指導者としてのモデルを持っていた。そしてラグビーにおいて勝てるチームを作るためには、円グラフのように3つの要素が密接に絡み合っていると語る。

「1つ目が全てにおいてのベースとなるフィジカル面。2つ目がスキル。そして最後の大切な要素はストラテジー(戦略)です。この3要素を高いレベルで持っていないと強いチームにはなりませんし、この3要素を兼ね備えることでメンタルも強くなります。メンタルが強くなるとダウト(不安 ※本来は「疑い」の意ではあるが、ここでは「不安」と意訳)はなくなっていくのです」

“どんなにいい戦略を持っていても、その戦略に自信が持てなければ結果につながらない”というのがクーパー氏のポリシーだ。

そのために日々の練習は欠かせないが、単にスキルを上げるだけではなく日ごろから準備を怠らないことで戦略に自信を持たせる効果もあるという。これはラグビーに限らず、どんなスポーツでも大切なことだとクーパー氏は自信を持って語っている。

忌憚のない意見こそ、チームを強くする礎

クーパー氏は、元々ダイナボアーズに対して“タックルが強いチーム”という印象を抱いていた。その反面、ディフェンス面に弱さを感じていたという。

通常の指導者ならば、練習メニューを決める際、弱点を穴埋めするべくディフェンス練習を中心に組みがちだが、クーパー氏はディフェンスの強化以上に長所であるタックルを徹底的に磨き上げた。

「これは私が現役時代にプレーしたオールブラックス(NZ代表の愛称)のフィロソフィーでもありますが、チームの弱いところばかりを埋めるような練習や指導を続けていると、せっかくの長所さえも殺しかねない。弱いところを補うのも確かに大切ですが、長所を伸ばしていくというのはそれ以上に大切といえます」

“弱点を埋めるのではなく、長所を伸ばす”という信念は、練習面ではもちろんだが、選手たちの起用時にも当てはまる。選手たちの持ち味を生かすメンバーを組むのもヘッドコーチの役割であるとクーパー氏は力説する。

そうした選手起用のためにはチームの状態を正確に見極める必要がある。そのためにクーパー氏は対話を重視した。コーチスタッフとのミーティングに加え、選手と1対1でミーティングを行い、練習メニューの内容や起用法、そしてチームにおける役割などその全てを選手に直接伝えていったという。

「チームの状況によって指導法に強弱をつける」というのがクーパー流。ただし「恐怖で支配するようなチームは選手が伸びていかない」という強い信念を抱いている

「選手たちの性格はそれぞれですから、言い方や対応は一人一人違いますが、現時点での思いを正直に伝えることを心掛けています。例えば、練習メニューに対しては、選手の長所と改善点をハッキリさせて取り組んでいきますし、現時点での能力を正確に把握するようにします。ヘッドコーチとして、選手たちに改善点をちゃんとフィードバックできるか、練習では何がうまくできて、何ができなかったのかをしっかり話していくことが必要です」

昨今、「パワーハラスメント」という言葉が必要以上に浸透しているせいか、ハッキリとした言葉で指示を出せる指導者は減りつつある。時には部下の顔を見ながらご機嫌を取るかのように過剰に褒めておだてるような接し方も見られるが、クーパー氏のミーティングにはそうした“甘さ”がない。

選手を過剰に褒めるデメリットに対して、こんな見解を持っていた。

「もちろん全く褒めないわけではないですが、過剰なまでに褒め過ぎると選手は『自分がレベルアップした』と勘違いしてしまう。勝つためには最良の選手を15人という先発メンバーの枠に組み込んでいきますが、褒め過ぎたことによって勘違いしてしまった選手は『なぜ、自分がそのメンバーに入っていないんだ?』と落ち込み、結果として傷つけることになります。だからこそ正直に伝えないといけません」

ぬるま湯体質を蔓延させない「80:20ルール」

選手たちに今の自分の実力を正確に伝えるとともに、クーパー氏がチームをマネジメントする上で「80:20ルール」というルールを設けたという。

「全員が全員、私のマネジメントに納得しているようではいけない」と言い切ったクーパー氏。チーム内での競争が底上げにもつながると力説する

「このルールをひと言で言い表すと、私のマネジメントに対して“8割の選手が満足する一方で、2割の選手はそうでない状態になる”ことです。今、ダイナボアーズには総勢53人の選手がいますが、現状のチームマネジメントに全員が納得してしまうようだとダメなんです」

取材撮影時、「80:20ルール」についてクーパー氏はメモ用紙に書きながら詳しく説明してくれた

ラグビーで1試合に付きベンチ入りできる選手枠は先発メンバー15人とリザーブ8人の計23人。現在、所属するメンバーのうち、半数以上の選手はベンチにすら入れないという計算になる。その中で先発を外れた選手が「ベンチでもいいや」と思ったり、ベンチ外に終わった選手たちが「チーム方針だから」と納得するチームは、一見するとチームワークがいいように映るが、実際は向上心を失ったぬるま湯体質のチームといった方が適切だ。「控えの選手たちには『悔しい』という気持ちを抱き、その気持ちを鼓舞してほしい」というその思いこそ、クーパー氏が設けた「80:20ルール」の本来の目的だといえる。

選手たちへのアプローチ術、チームマネジメントの際に設けた独自のルールを基に、長年低迷したダイナボアーズは変貌を遂げ、飛躍のシーズンとなる2018年を迎えることになった。





<2019年9月20日(金)配信の【後編】に続く>
チームを変えた4つのカギ! 成功体験を継続させるヘッドコーチ論とは

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