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2019.12.20
学生たちが考え、課題解決に導く“人間教育”のマネジメント術とは?
筑波大学 陸上競技部コーチ 男子駅伝監督 弘山 勉【後編】
現役時代から独自のトレーニング術で好成績を収め、現役引退後も妻である弘山晴美氏をはじめとした陸上選手らを育成してきた弘山勉氏。2015年から母校である筑波大学の陸上競技部コーチ、男子駅伝監督に就任すると、長らく箱根駅伝に出場できずにいた筑波大学を26年ぶりに本戦出場へと導いた。後編では、弘山氏が提唱する選手の自立(自律)心を育むマネジメント術の神髄に迫る。
選手主導の改革で成長した姿に予選会突破を確信
「選手の指導において、これといったポリシーはないですが…」と前置きをした上で、弘山氏は自分で考える“自立”と自分を律する“自律”の2つの重要性を繰り返した。
※前編の記事はこちら
「アスリートが強くなっていくにはやはり自立と自律が大切です。駅伝といっても、学生スポーツの一つなので、アスリートとして育てるだけでなく、一人の人間を育てる意味でもこの2つの要素は欠かせないと思っています」
コーチ就任以来、練習メニューを実業団レベルにまで引き上げ、資金面ではクラウドファンディングを活用した。
そして、迎えた2019年。今でこそ名門復活をかなえた形になったが、弘山氏はその手応えをほとんど感じていなかったという。
「関東インカレでも思ったほどいい成績を残せなかったですし、全日本大学駅伝選考会には出場すらできませんでした。6月末には私が促したことで始まった“学生によるチーム改革”の期間があり、箱根を目指す練習開始が遅れたという事情も重なり、今年の本戦出場は厳しいかなと思っていました」
7月時点での各選手の走りは持久力に乏しく、強度の高い練習は持ち越しに。この時点でかなり苦戦を強いられていたと回顧するが、一方で弘山氏の言う“じりつ”の芽は着実に伸びていた。
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7月のチーム改革時のことを振り返る弘山氏。「この時点では厳しそうだなという思いの方が強かったですけど、選手たちはよく改革したと思います」
「練習に関するミーティングなどを選手たちが頻繁に行うようになったのです。これによって今までできなかった練習ができるようになり、いいサイクルで回るようになっていきました。9月の半ばごろには『もしかしたら予選会に間に合うかも』という思いが出てきましたね」
弘山氏が選手たちの成長を感じたのは9月に行われた合宿だという。昨年までであれば、こなすだけでも苦労するほど練習の負荷を高めたにもかかわらず、選手全員が最後まで崩れることなく走り切ることができた。
弘山氏が感じていた「もしかしたら」という思いが、10月に入って「予選突破できる」という強い確信になったという。
多様性を認め合うことで、チームは強くなる
迎えた10月26日、箱根駅伝予選会。
「恐らく通過するだろう」と自信を持って臨んだ弘山氏だが、「もしもこれで通らなかったら」という一抹の不安もあったという。
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予選会ではチーム2位、総合19位に入った西研人選手。本戦でも重要な区間を走ることになりそうだ
「何せ今まで予選会を通過した経験がないので、もしこれで駄目だったら来年はことし以上の状態に仕上げないといけないわけですから、大変だと思いました。予選会では10人がしっかり走らないといけません。階段で例えると、10人全員が高い位置にいるようにしないといけないわけですから。一段一段ゆっくり上がる選手もいれば、低いところで止まってしまう選手もいます。そんな彼らをどう上に引き上げていくか、そして彼ら自身がどうやって上がってくるかという面もあります」
弘山氏の期待と不安が入り交じった形で迎えた箱根駅伝予選会。
しかし、いざスタートしてみると、10月とは思えない暑さに苦しむ選手が多い中、筑波大学の選手たちは弘山氏の心配をよそに後半どんどん順位を上げて全員がフィニッシュ。結果発表で6番目に筑波大学の名前がアナウンスされ、26年ぶりの本戦出場が確定すると、会場は大いに沸いた。そして弘山氏にもお祝いのメッセージが続々と届いたという。
「電話はもちろんLINEやメールなど、いろいろなコミュニケーション・ツールを介して一気に来ましたね。今もまだ3分の1くらいしか返信できていません(笑)。注目されたことで活動資金も集まりやすくなりそうですし、今後に向けた大きな一歩になったと思います」
箱根駅伝本戦出場の大願はかなったが、「筑波大学 箱根駅伝復活プロジェクト」は今後も継続されるという。
その理由を、弘山氏は次のように語ってくれた。
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弘山氏は「同じ駅伝であっても、ただ強ければいい実業団チームと学生スポーツである大学駅伝とでは、当然、指導内容も変わってきます」と目的の違いにも言及した
「このプロジェクトの本当の意味は文武両道という名の人材育成なのです。筑波大学では、たとえインカレがあっても教育実習中であれば出場はできないというルールを設けていますし、合宿中であっても集中授業があれば合宿先から戻って受講しなければなりません。体育学群の学生だけでなく、いろいろな学群の学生が所属しているチーム、もっと言えば、拠点を一つにする総合大学ならではですが、選手たちの教育には相乗効果があると思っています」
筑波大学駅伝チームは他大学のように、文系の学群だけでなく、医学群や理工学群などの学生も所属しているのが特徴的だ。同じ学群同士の集団だと物事を考察する視点や観点が似てしまい、部員同士の考え方や監督の指導方針の捉え方が一定の方向に偏ってしまいがち。
だが、さまざまな学部の選手がいれば、一人一人の視点や考え方が異なるので、疑問や衝突、そして議論へと発展することが期待できる。こうした多様性を認め合っていくのも、チームにとって強みになると弘山氏は語ってくれた。
能動的に動いてこそ、人は成長する
箱根駅伝予選会を終えて、26年ぶりとなる本戦に向けて準備が進められる中で、弘山氏は作戦やデータベースの収集を選手に任せているという。
「選手たちには“学び”の意味でやらせるようにしています。具体的には学生対策チーム、箱根駅伝サポートチームという形で、過去のラップタイムや気象条件などのデータを集めたり、当日の行程の確認などを他大学の知り合いに聞くなどの対策や準備をさせていますね。夏のチーム改革から4カ月。組織化を図ってきたことで、こうした対策チームがつくれるようになりました」
ここまでの話を聞けば、弘山氏が言うように“特に何もしていない”ように見える。しかし、これも管理が行き過ぎるとそこには弊害が生まれるという弘山氏のメソッドがあればこそだ。
「私自身が管理されるのが嫌いでしたし、そもそもそうやって育ってきていません。管理やルールが厳しいと独自性や創造性、工夫する力の芽を摘んでしまう。つまりは、自立と自律が育たない気がしています。管理されないとできないのであれば、別に無理してやらなくていいんじゃないか、とも思います。それに、自分が管理したように選手たちができないと“何でできないんだ”ということにもなるし、結果的に選手たちのストレスを増長させてモチベーションを下げる形になり得ます。であれば、最初から自分たちで考え、律した方がいいですよね。ただ、これも選手たちが“当たり前のことをちゃんと当たり前にできる”ところまでのレベルに成長しているからこそですけどね」
受動的でなく、能動的に動いてこそ人は成長していく──。
これこそ弘山氏が持つ信念の一つだ。加えて、“単に選手を育てるだけではなく、一人の人間を育てている”という弘山氏の思いも指導方針に反映されている。これは結果のみならず、その過程も問われる学生スポーツならではといえるだろう。
最後に箱根駅伝本戦の意気込みを弘山氏に尋ねてみた。
「当然、シード権の獲得が目標になります。そのためには、駅伝の鉄則である、前半から流れに乗って上位につけるようにしたいですね。区間としては1、2、5区がカギになりそうですが、幸い予選会では3人が予選上位20位以内に入っているので、本戦でも十分通用すると思います。予選を通過した大学の中ではチャンスがあるのでは、と感じています」
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肉体的にも精神的にも成長を遂げた選手たちの箱根駅伝での活躍に注目だ
26年ぶりの箱根駅伝本戦出場を目前に控える筑波大学。
自分たちで考え、行動することで成果を上げてきた選手たちが、正月の風物詩のダークホースとなる可能性も高そうだ。
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text:福嶌 弘 photo:安藤康之
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