スポーツマネジメントの極意

選手を強くする“自律”と“自立”! 筑波大、26年ぶり箱根駅伝への復活メソッド

筑波大学 陸上競技部コーチ 男子駅伝監督 弘山 勉【前編】

2020年の箱根駅伝予選会(10月26日)で大方の予想を覆し、見事6位で本戦への出場を決めた名門・筑波大学陸上競技部。選手たちの活躍はもちろんながら、その陰には2015年から陸上競技部コーチ、男子駅伝監督に就任した弘山 勉氏の存在があった。スカウトもおらず、活動資金集めにも苦労を強いられる中で、いかにして26年ぶりの本戦出場切符をつかんだのか? 弘山氏ならではのマネジメント術に迫った。

「やりようによっては何とかなるかも」確かな手応えを感じた1年目

ことしのNHK大河ドラマ「いだてん」に登場する主人公の一人である金栗四三(かなくりしそう)の母校・旧東京高等師範学校を前身とする筑波大学。

箱根駅伝では第1回大会の優勝を飾るなど名門校として名をはせたが、1994年の第70回大会を最後に本戦出場から遠ざかっていた。それだけに予選会を6位で通過し、26年ぶりに本戦出場の切符を手にした際には、SNS上で「箱根駅伝生誕100周年に筑波大学が箱根駅伝に復活!」や「『いだてん』の年に筑波大学が箱根路の切符を手に入れるなんて出来過ぎ」など、感動の声が上がった。

そんな名門復活のために手腕を振るったのが、男子駅伝監督の弘山 勉氏だ。

同大学出身で、在学中は陸上競技部に所属。長距離ランナーとして箱根駅伝にも4年連続で出場するなど活躍した。中でも、2年時は9区を担当して区間2位を記録(1987年/第63回大会)、また4年時には長距離部門の主将も担い、“花の2区”を駆け抜けた(1989年/第65回大会)。

2015年に母校の陸上競技部コーチ、男子駅伝監督に就任すると、それまで低迷していた筑波大学駅伝チームをわずか4年にして本戦出場に導くという結果を残した。だが、就任当時のチーム状況を振り返ると「とても箱根に行けるようになるとは思わなかった」と語る。

「筑波大学では『筑波大学 箱根駅伝復活プロジェクト』を展開しているのですが、私がこのプロジェクトの存在を知ったのは監督に就任してからでした。申し訳ない話ですが、就任前は陸上競技部の長距離に関してはそこまで期待していなかったし、このまま箱根駅伝に出ることは一生ないだろうなって思っていました」

就任当時の陸上部長距離チームを振り返る弘山氏。「僕らが子供のころは外で走り回っていたから体の基本ができていたけど、今はそういう時代じゃない」と、ライフスタイルの変化が選手の体質にもつながっているのではと指摘する

弘山氏によると、自身が現役時代のころと現在の選手たちで決定的に違うと感じたのが、“体の強さ”だった。大学時代は故障らしい故障を経験したことがない弘山氏からすれば、今の選手たちには「とにかく体が弱い」という印象があるという。

「多分、時代の変化だと思いますが、今の子たちは昔に比べると圧倒的に外で遊ぶことが少ないですよね。公園を走り回るよりも部屋でゲームをして遊ぶことが多い世代だから、脚の腱や筋肉、そして骨と、全てにおいて弱い感じがします。だから、ちょっとハードなトレーニングをするとすぐにケガをしてしまうんです。最初はそれで苦労をしました」

しかし一方では、選手たちのポテンシャルに驚かされたという。

「就任して選手たちを見ていると、思っていたよりも速く走れる子がいるなという印象でした。正直、もっとひどいと思っていたんですよ。中には、インカレに出場できそうな選手も数人いましたし、これならやりようによっては何とかなるかもしれない、というのは感じました」

名門復活を目指す弘山氏のチャレンジが始まった瞬間でもあった。

結果を出すことが選手たちのモチベーションに

弘山氏は筑波大学を卒業後、資生堂へと入社している。当時の資生堂は陸上競技部ではなく、ランニングクラブとして緩い雰囲気で活動していたそうだ。当然コーチもおらず、トレーニングは全て独学。そんな環境の中で、選手として別府大分毎日マラソンで3位、福岡国際マラソンで2位(いずれも1990年)という好成績を残していた。

自身のトレーニングを通じて得た経験も基となり、指導者としての素質は1992年にプレイングコーチに転身してから開花する。

“トラックの女王”の異名を持ち、アトランタ、シドニー、アテネと3大会連続五輪出場という偉業を達成した妻でもある弘山晴美氏をはじめ、その指導力は日本陸上界に数々の功績を残してきた。それだけに筑波大学での指導にも熱が入った。早速練習メニューを見直して合宿を組んだというが、それには選手たちを奮い立たせる意味もあったという。

「当時の選手たちは箱根駅伝本戦から遠ざかって何年もたっていましたし、“箱根に行きたい”という思いはあっても、具体的に箱根駅伝予選を突破できる練習のイメージはできていなかったと思います。ですので、合宿では“箱根を本気で目指すということは、こういうことだ”ということを教えていきました」

トレーニング内容はそれまでのメニューと比べて数倍ハードなもので、その内容は実業団の練習に近いものになった。それだけに選手たちから「自分たちは今まで甘かった」といった声も出たという。

本気で目指さない限り、箱根のチャンスはやってこない──。

これは就任当時、弘山氏が選手たちに語った言葉だが、そのまま体現するように選手たちも本気になって練習に取り組んでいった。

「合宿では鬼と言われましたね」と笑って話す弘山氏。その裏では活動資金を節約するために廉価で利用できる青少年施設を利用するなどの工夫をこらしていた

そうした中で迎えた1年目の箱根駅伝予選会は22位に終わった。予選通過ラインとなる10位の大学からは約25分近く遅れてのゴールという事実だけを見れば、散々な結果にも思えるが手応えはあったという。

「結果こそ予選通過はなりませんでしたが、選手たちの多くが悔しくて号泣したのです。中には、『試合で負けて泣いたのは生まれて初めてです』という学生もいました。男が泣くというのは本気の証。この過程を経験できたことは大きな一歩で、今後に繋がるだろうなと感じました。案の定、予選会後の記録会では、ほとんどの学生が自己新記録を更新しました。だからこそ、“本気でやればできる”“弘山の言うことを聞いていれば間違いない”という選手との信頼関係を早い段階で築くことができました。今、振り返ってみてもこれは大きかったと思います」

どんなにしっかりとした理論があっても、結果が伴わなければ選手たちも練習に身が入らない。そのために成果が出ないという悪循環に陥ってしまうことはよくある話だ。しかし、予選通過こそならなかったが、男が涙を見せるまで本気で取り組めたこと、そして、自己ベストをたたき出すという目に見える成果を出したことで、選手たちはより熱を入れて練習に取り組むようになっていった。

そうした変化が見えたことこそ、弘山氏が監督1年目で得た最大の収穫だったのかもしれない。

2020年箱根駅伝予選会のスタート直前に最後のアドバイスを選手たちに送る弘山氏

「自立」と「自律」が選手たちを強くする

練習メニューも変わり、ハードな合宿も行うなど、さまざまな面で改革に取り組む筑波大学陸上競技部長距離チーム。

さらに2011年に発足した「筑波大学 箱根駅伝復活プロジェクト」もあり、大学側との連携も進んでいくと、活動資金やスカウティングの面でハンディを抱える国立大学でありながら、徐々にその成果が出てきた。こうした相乗効果が生まれてきた中で、弘山氏は選手たちにこういう話をしたという。

「プロジェクトの中でクラウドファンディングを利用して活動資金を募っているのですが、これには単に資金を集めるだけでなく、応援者を増やすという意味がありました。当時は、筑波大学の箱根駅伝出場なんて、誰も期待していないわけですよ。自分たちが本気になって箱根を目指していく中で、それを支援してくれる人たちがいるという力は大きい。自分たちだけのためでなく、“支援してくれる人たちのためにも頑張ろう”という責任感を選手たちに持たせるには効果的だったかなと思います」

インタビューの中で、“私は言葉で引っ張っていくタイプの指導者ではない”と語った弘山氏。だが、こうしたエピソードを聞いていると、さまざまな場面で選手たちを奮い立たせているように思える。

「選手が強くなっていくには、選手自身が“じりつ”できないと駄目なのです。自分で立つ“自立”と、自分を律する“自律”の両方を併せ持つ。この2つの“じりつ”を選手たちの中に、どう育むかですね」

弘山氏の信念である「自立と自律」の重要性。「この2つがアスリートとして成長していくためには必要だと考えています」

自分で考え、自分を律する──。

「チームにおいても、この2つを備えた選⼿が集まることが重要。⾃した選手にとって、自立していない選手がそろうチームで活動する場合は⾯倒なことが多いのです。⾃⽴していない選⼿を指摘したり指導する必要があり、その回数が多いほど自立している選手に嫌気がさすようになっていきます。仕舞いには、⾒放してしまうことだってあり得ます。それを我慢して何とかしようとすると、当然、選手同士が衝突することもあるでしょう。レベルの低い衝突が繰り返されるチームが成長することは考えにくいですよね。

駅伝というチーム競技の特性上、自分だけ強くなればいいというものではないので、仲間の自立や成長を促す言動が必要になってくるのです。“自他共栄”という嘉納治五郎先生の考えそのものです。自律も同じ。競技の面だけではなく、チームという組織で、どう自分をコントロールするか、どう振る舞うか、そしてどう見せるか。結果を出そうとするほどに、一つの言動に思慮が必要で責任も伴います。個と集団という両面で、自立と自律をどう育むかです。指導者が介入しないほうがいい場合が多いと思っています」

これは自身の大学時代、実業団時代の経験を基にした弘山氏のポリシーだが、この考えが選手たちの成長を飛躍的に促していった。

そして、弘山氏の指導が実を結ぶ2019年を迎えた。



<2019年12月20日(金)配信の【後編】に続く>
生徒たちが考え、課題解決に導く“人間教育”のマネジメント術

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