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建築設計がより自由に! 新機軸のコンクリートが作り出す建造物の未来

太平洋セメント株式会社 第2研究部 高機能コンクリートチームリーダー 河野克哉【後編】

流し込み成型のコンクリートにおいて、世界最高強度の記録を打ち立てた太平洋セメントのPFC(無孔性コンクリート)。前編の記事では内部の空隙(くうげき)をなくすために中間粒子を加えた材料や製法について話を聞いた。後編では今後の活用が期待される現場、さらにコンクリートの将来性について聞いた。
TOP画像:topic_qa / PIXTA(ピクスタ)

日本一過酷な現場にPFCが供された

太平洋セメント株式会社が無孔性コンクリート・PFCを開発したのは、2014~15年のこと。

近年、セメントメーカーだけでなく大手建設会社も加わり、開発競争が激しくなっている高強度コンクリートの世界。日進月歩で新たな技術が誕生する中で、開発から今日まで強度記録が破られなかった事実は驚異的だという。これは素材と製法の両面で最密充塡(じゅうてん)の技術を追求したたまものだろう。
※【前編】の記事「世界最高強度コンクリート「PFC」が都市の姿を変える!」

開発から既に5~6年の月日が経過しているが、太平洋セメントは焦って市場拡大しようとは考えていない。より少ないエネルギーかつ簡易な設備で製造する方法や、繊維を混合することで特性を変化させる研究などを続け、将来的に幅広く普及させるための土台作りを行っているところである。

そんな中でも、実際にPFCが試験適用された現場がある。2016年、北海道にある国道336号線、通称・黄金道路沿いにある護岸擁壁で行われた施工だ。

岩石の落下や波の作用、過酷な気象条件によって激しく侵食されていた黄金道路の護岸擁壁。一部をPFCパネルで表面を覆う補強工事が行われた

「ここは大変過酷な環境で、海沿いの断崖絶壁を切り開いて造られた道路です。断崖から落ちてくる岩が打ち付ける波によって戻され、激しい衝撃と摩耗によって擁壁が著しく侵食されていました。その部分を補強する工事にPFCを適用したのです」

ある意味、“大自然の巨大なエネルギーvs人類の英知”ともいえるこの実証試験。

まず2016年に従来の超高強度繊維補強コンクリートパネルの一部にPFCを埋め込むという方法で検証。効果を確認した上で、2018年にPFCのみのパネルを製作して擁壁に適用した。

侵食された擁壁の表面をPFCパネルで覆い、隙間に通常のコンクリートを流し込む工法だ。工場で製造されるプレキャスト工法を採用するPFCは、このように特に強度が求められる部分にのみ使用することでコスト上昇を抑え、工期を短くすることができる。パネルの厚さは10cm程度だが、それで十分な耐久性が得られるそうだ。

「すり減り抵抗性」を測定する試験でも、従来の超高度繊維補強コンクリートと同等以上の性能が繊維補強PFCで確認された

「黄金道路の擁壁では、PFCにステンレス鋼繊維やザイロンというスーパー合成繊維を混ぜたものを使用しています。あらゆる部材について言えることですが、強度を高めるほど特定の衝撃に対してもろくなる性質があるため、それを補強することが目的です」

擁壁への適用前に行った実験では、圧縮強度だけでなく曲げ強度、すり減り抵抗性においても、従来の超高強度繊維補強コンクリートを上回る性能を発現。繊維を混合することによって扱いやすい特性が得られること、混合する繊維の種類によって特性が変化して幅広い用途に適用できることが確認された。実際の擁壁においても良好な経過をたどっているそうだ。

コンクリート製つり橋の実現が業界の夢

さて、ここで改めて確認しておきたいことがある。

太平洋セメントをはじめとする素材メーカーや建設会社が、こぞってコンクリートの強度向上に取り組んでいる。その最終的な目的とは一体何なのだろうか?

「一つには、同じ断面積の構造物でより大きな荷重を支えることが目的です。端的に言うなら、同じ太さの柱で今よりももっと高いビルを建設することができるようになるでしょう。また同じ荷重を受け持つなら、構造物をより小さくすることができます」

従来品との違いを分かりやすく説明するために、100トンの荷重に耐えられる断面積の違いを比較したサンプルを見せてくれた。圧縮強度35N/mm2の一般的なコンクリートでは直径18cmほどの面積が必要なところ、PFC(圧縮強度464N/mm2)なら3分の1以下の直径5cm程度で足りている。もちろん、実際の建造物において柱の太さが3分の1になるわけではないが、設計によっては既存の建物よりも内部の空間をずっと広く取ることができるだろう。

100トンの荷重に耐えられる断面積を、製品ごとに比較したサンプル。左からPFC、従来の超高強度コンクリート、普通コンクリート

メリットはそれだけにとどまらない。

より薄い部材で荷重に耐えられるため、構造物を軽量化することができる。高い圧縮強度を利用してプレストレス(ケーブルなどのPC鋼材によってあらかじめ圧力を加え、引っ張り強度を高める工法)をかけるなど、工法次第で水平方向に長いコンクリート構造物を造ることも可能だ。

「究極の目標は、コンクリート製のつり橋を地球上に存在させることです。現在、明石海峡大橋のような長大なつり橋の橋桁はいずれも鋼製となっていて、これまでコンクリートで造ることはできませんでした。つまり、そこにコンクリート技術の限界があったということです。

ところが、私たちが開発したPFCではプレストレスを加えることで、鋼と同等以上の耐荷重性を得られることが分かりました。この技術を使えば、コンクリート製のつり橋を造れるということです」

世界最長を誇るつり橋・明石海峡大橋(兵庫県)。橋桁は鋼製だが、将来、コンクリートでこのような長大橋を造れる日が来るかもしれない

画像:Adobe Stock

これまで、鋼でできた建造物は強度、耐荷性能に優れているものの、耐久性ではコンクリートに劣るため、定期的なメンテナンスが不可欠というデメリットがあった。

これがコンクリートに置き換われば、人的エネルギーやコストを大幅に削減できる可能性がある。さらに、型枠さえあれば、どんな形にでもできるというコンクリートならではの長所により、設計やデザインの自由度も高くなるだろう。

PFCが大規模建造物に採用される未来が訪れたとき、都市の形が大胆な変貌を遂げる可能性は大きい。

「流し込みによって任意の形状にできることはコンクリートが持つ最大の長所です」と語る河野氏

都市の動脈と静脈を担うセメント産業

そして最後に、河野氏からコンクリートにまつわる意外な真実が告げられた。

「今回お話ししたPFCは、コンクリート業界の中でも最も先進的な技術開発の分野です。これまでになかった高品質な製品を提供することで、より一層の安全、安心をもたらすという、いわば社会の動脈的な機能ですね。でもコンクリートが受け持つ役割はそれだけではありません。

コンクリートを作る材料の一つであるセメントには、多くの産業廃棄物や副産物、都市ごみが原燃料として使われているという話をご存じでしょうか? 実は日本の全産業から排出される廃棄物の約1割もの量を、セメント産業が受け入れています。こちらは社会を浄化する、いわば静脈的な機能といえます。どうしても先進分野ばかりが注目されますが、動脈と静脈、どちらの領域も同じように大切に育てていかねばならないと感じています」

街を形作るだけでなく、資源を適切にリサイクルする重責も担ってきたセメント業界。

社会を健全に循環させる産業として、今後のさらなる発展に期待したい。

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