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音を体感!次世代デバイス「Ontenna」が伝える多様性の受け入れ方

富士通株式会社 Ontennaプロジェクトリーダー 本多達也

2019年7月、音を振動で感じられる「Ontenna(オンテナ)」という新しいデバイスのサービスが、富士通から提供開始された。プロジェクトを一任されている本多達也氏は、足掛け7年でようやく社会に提示できる段階にたどり着いたという。多くの時間を割いて生み出したOntennaが持つ価値、その先に見据える思いを聞いた。

耳が不自由な人に音と触れ合う喜びを与える「Ontenna」

世界的に多様性が重視される現代。性別、国籍、人種、障害の有無を問わず、どんな人でも平等に幸福な人生を送れる世の中を目指すべく、社会全体が歩みを速めている。

そんな中、富士通から2019年7月にサービスの提供が開始された「Ontenna」は、理想社会の実現を後押しする次世代デバイスとして、多方面から注目を集めている。発案者であり、28歳にしてプロジェクトを統括する若きリーダーの本多達也氏は、Ontennaの強みをこう語る。

Ontenna開発プロジェクトを統括する本多達也氏。2016年に富士通に入社後、現職。2017年には、フォーブス誌によるアジアを代表する30歳未満の30人に選出された

「Ontennaは、声など何かの音を拾えば振動し、光ります。例えば、ドアの開閉音やインターフォンの音、背後から近づく救急車のサイレン音など、周囲の音を肌で感じることができたり、聴覚に障がいがある方であれば、自分の声がちゃんと音として出ていることを認識できたり。つまり、“音の存在”に気付けるようになるんです」

Ontennaは日常会話レベルである60~90dB(デシベル)の音を拾い、256段階のパターンで振動する。8月1日から以下サイトで個人向け販売も開始した

画像協力)富士通株式会社「富士通WEB MART」

Ontennaは、内蔵マイクによって音を検知し、即座に振動や光で知らせることができるというシンプルな装着型機器だ。端的に言えばそれまでだが、応用の幅は想像以上に広い。サービスの提供開始までに、本多氏はさまざまな場所でOntennaを使ったテストを行い、価値を実感しているという。その一つが、ろう学校での実証実験だ。

「聴覚に障がいを持つ子供たちは、打楽器をたたくとき、楽器から出る音の反響が聞き取れないため、リズムを一定に保つことが難しいんです。そのため、中には楽器に全く興味を持てない子もいます。ですが、その子たちにOntennaを使ってもらうと、振動を頼りにテンポが保てるようになったり、興味がなかった子が夢中になって打楽器をたたき始めたり。実証実験で、楽器をたたくということに楽しみを見いだす姿を見ることができました」

音が聞こえる人にとっては気に留めたこともないかもしれないが、楽器は演奏すると、“音が出て”、“聞こえる”ものだ。最後の「聞こえる」がないのであれば、興味を抱けないのも想像に難くない。Ontennaは、音を振動と光に代替して、“伝わる形”にしているのだ。それは、従来困難であった耳が不自由な人同士の合奏も実現させたという。

「一般的には、指揮者がいたとしても、演奏の強弱や反応速度の差で、音を合わせることは難しかったんです。そこで、複数のOntennaを操作できるコントローラーを作りました。指揮者が操作することで、合奏するメンバー全員に同じタイミングで合図を送ることができるようになり、テンポや音の大小が伝わって演奏がまとまるようになったんです」

教育の現場以外でも、本多氏の実証実験は展開された。今後、力を入れていきたいというエンターテインメント業界だ。

「Jリーグ・川崎フロンターレの試合では、スタジアム中に歓声が湧き起これば振動し、PKで静まり返ると止まる。Ontennaを装着していただいた方々からは、音が聞こえなくても試合の臨場感をものすごく感じられたという反応がありました。また、狂言の舞台では、音の聞こえない方にも、振動の強弱や有無によって、台詞(せりふ)で表現される独特な抑揚や間というものが存在していることに気付いてもらえたんです」

さらに、予想外なところからも、うれしい反響があったという。映画鑑賞やタップダンスのイベントでは、同時に耳に不自由のない人たちにもOntennaを装着させた。すると、効果音やタップ音と同時に振動が感じられることで、「体の芯にまで音が響くような迫力を感じた」「初めての体験だった」と、多くの賛辞が集まったそうだ。

一大決心!Ontenna製品化に向けて転職

本多氏が、Ontennaを構想し、開発に着手したのは大学生時代のこと。人間の体や感覚の拡張に思いをはせる中で聴覚障がい者と知り合い、聞こえないことの不便さを解消してあげたいという思いから始まっている。

その後、個人でOntenna開発を進めながら、経済産業省などが主催するプロジェクトへ参加するなど、本多氏のアイデアは社会から高い評価を受けることになる。大学院卒業後に別企業へと就職していたが、その最中に出会った富士通の執行役員常務・阪井洋之氏から同社への入社を勧められたという。

「当時はベンチャーキャピタルから出資の話もありましたし、起業するという選択肢もありました。ですが、もし1人でやっていたら、現状には遠く及ばなかったと思います。機能面でも量産面でも、富士通が持つものづくりのノウハウや優秀な人材なくしては、きっとここまでのクオリティーに仕上げることはできなかったはずです」

Ontennaのサイズは、クリップと突起部を除いて約65×24×15mmと親指ほどの大きさ。重さも約18gと軽く、髪や耳、服などにクリップで挟んで使う

富士通に正社員として勤めているものの、今日に至るまで、本多氏が従事しているのはOntenna開発のみ。そこには、声を掛けた阪井常務との約束がある。

「入社時に『ちゃんと社会問題を解決できるような価値を持ったものを作りなさい』と言われたことがとても印象に残っています。僕自身その言葉に応えたいという気持ちもあって、絶対に妥協したくありませんでした」

デザインは富士通デザイン、設計・製造は富士通エレクトロニクス。プロジェクトチーム結成後、本多氏が入社前に1人で製作していたプロトタイプは、あらゆる面で改良された。さらに、実証実験で得られた声などを基に、製品化に至るまで携帯性、デザイン性、使用感などを磨き続けた。

「商品として仕様を最終決定した後に、思い付いてしまったアイデアもあったんです。使いやすいように充電器に磁石を入れたいと・・・。チームのみんなには、かなりわがままを聞いてもらいました。でも、それをかなえてくれるメンバーは心強かったですし、感謝しかありません。念願のサービス提供にこぎつけることができて、本当に良かったです」

もともと抜き差しするコンセント型だった充電器は、使い勝手を考え、ギリギリのタイミングで磁石入りの置き型に変更された

妥協しないという姿勢からは、昼夜を問わず、ストイックに開発のことだけを考えていそうにも思えるが、実はそうでもないらしい。もちろん頭の中はOntennaのことでいっぱいなものの、普通に生活し、働き、遊ぶことで得られた体験などが、機能や形状の中に生かされているという。富士通入社から3年、構想から数えると7年を経て、本多氏は夢実現のスタートラインに立ったのだ。

パーソナライズされて進化する一人一人のOntenna

1人で始めたOntenna開発は、いつからか多くのメンバーを抱えるチームになった。この数年で自身の役割も大きく変化していったという。

「以前はアイデア考案や設計、製造まで全て自分が主体でした。でも今は、社内に僕より優秀なデザイナーさんやエンジニアさんがいるので、その力を多分に借り、妥協点のない製品が完成するよう統制するのが役目です。それに、実証実験の現場に赴いたり、イベントやプロジェクトに参画したり、さまざまな場所に顔を出すことに積極的になりましたね」

「使用者の声や新しい情報などは現場でしか得られません。それをチームにフィードバックするのも重要な任務ですね」

なかでも特筆すべきは、メディアアーティストの落合陽一氏が代表を務める「X DIVERSITY(クロスダイバーシティ)」への参加だろう。AI(人工知能)や機械学習を用いて社会課題を解決し、個性を生かせる社会を生み出すことを目的としたこのプロジェクト。UI(ユーザーインターフェース)デザインの専門家として、主要メンバーに名を連ねている。

「現在のOntennaは、マイクが拾う全ての音を一緒くたに振動で伝えているので、救急車のサイレンやアラームといった音の種類を判別することができません。また、掃除機のコンセントが抜けているのにOntenna が別の音に反応して振動し続けたら、掃除機が動いていないことに気が付かない、なんてこともありえます。その課題を解決する方法をプロジェクト内で話し合ってみたら、AIや機械学習が使えるのではという話が出たんです」

2018年に発足したX DIVERSITY。Ontennaのほか、自動運転車椅子や網膜投影装置、身体拡張のための義肢などのプロジェクトが進められている

出典)X DIVERSITY公式サイト

AIなどを用いれば、内蔵するコンピューターに特定の音を学習させて、その音だけに反応させることができる。しかし、あらゆる音を識別して、それぞれ別の振動で伝えるのは、技術的にかなり難しいのだという。

「個人的には、Ontennaでこうした課題を全てクリアしたいのですが、あらゆる種類の音をカバーできるほどの機能を搭載することはできません。ですが、個人個人が必要とする音だけを学習させて、自分好みにカスタマイズできればいいのではないかと考えています。例えば、子育て中のお母さんなら赤ちゃんの声を、料理が好きな方なら天ぷらがおいしく揚がるタイミングの音を覚えさせる。そんな使い方ができるかもしれません」

もちろん、現行機器には未搭載の機能だが、今後、デバイスをアップデートさせることでAIや機械学習の機能を搭載することも検討しているという。

「今は1人1台、スマ-トフォンやPCを持つような時代になっていますから、これからは従来の量産型よりパーソナライズされた製品が重宝されてくると思います。それにエンターテインメントの領域で、健聴者にも Ontennaで楽しんでもらえることが分かったので、IoT(モノのインターネット)の観点でもっと機能を追加して価値を高めれば、より多くの人に使ってもらえるようになるはずです」

現状でも聴覚障害とは全く関係のないところからコラボレーションのオファーや、面白いアイデアを提案される機会が増えたそう。開発のきっかけこそ耳の不自由な人たちのためだったが、本多氏は今、Ontennaをあらゆる人に使ってほしいという。

「障がいのあるなしにかかわらず、いろいろな人に気に掛けてもらえることは本当にうれしいですね。Ontennaは言語に依存しないので、世界中の人にも使ってもらえると思っています」

「障がいがあるというのは、ある部分の感覚がない分、他の感覚が鋭くなっています。それは優れた感覚の持ち主ということだと思うんです。それはOntennaの開発を通して、たくさんの方々と接してきたことで気が付きました。同時に、人間の感覚の不思議や無限の可能性も感じたんです。これにテクノロジーを組み合わせれば、ささやかながら誰かの人生を楽しく、豊かにできるのではないかと思うんですよね」

性別、国籍、人種、障害の有無など、人と人の間にある見えないバリア。それを少しでも軽減できるように、モノのUIをデザインし、使ってもらうことで、人を隔てる何かを取り去る。機能性だけを語っては、Ontennaの能力をきっと見誤るだろう。これから先、多様な個性を受け入れるためには、本多氏のような視点が不可欠かもしれない。

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