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スマートフットウェア「ORPHE」で健康寿命を延ばす:菊川裕也が描く「靴」の未来

株式会社 no new folk studio 代表取締役【前編】

人間の全体重を支えている靴の中に、精密機械である高感度センサーを仕込む。そんなミッションを成し遂げ、「スマートフットウェア」という新たな市場を開拓している株式会社 no new folk studio。靴のIoT化が進むことで、われわれの生活はどう変わるのか? 代表の菊川裕也氏が抱く信念と未来へのビジョンを聞いた。

“着地”の傾向を知れば歩行やランニングが快適になる

平成で根付いた“ハイテクスニーカー”という言葉の概念が、令和になって大きな変化を迎えようとしている。

“新しい靴”を開発するno new folk studioが2019年7月にテスト版の販売を開始した「ORPHE TRACK」(オルフェトラック)には、近未来的なデザインや快適な履き心地を掘り下げた従来の“ハイテク”とは一線を画す、正真正銘の“ハイテク”が搭載されているからだ。

すぐに分かる機能で言えば、ユーザーの走りに合わせてソールに埋め込まれたLEDがピカピカと光る。

ランニングシーンのイメージ。着地の仕方によってLEDが青やオレンジに点灯する。ナイトランの気分を盛り上げてくれるギミックだ

画像協力:no new folk studio

もちろん、単なる“かっこいい靴”ではない。実はインソールに6軸モーションセンサーが内蔵されていることが最大の特徴で、走るペースや時間、距離に加え、これまでは大掛かりな設備がないと計測できなかった着地法や足の傾きといったデータも分析できるスグレモノなのだ。

これまでもno new folk studioはLEDとモーションセンサーを組み合わせた「スマートフットウェア」を開発してきたが、ランニングに特化した製品はORPHE TRACKが初となる。その強みについて、同社代表の菊川裕也氏が語ってくれた。

「何よりも、足の動きを左右別々にリアルタイムで正確に読み取れるので、手首や腕などに装着する一般的なウェアラブルデバイスよりもランニングの“着地”に関するデータに深く迫れると思っています。自分がかかとから着地しているのか、爪先から着地しているのか、さらに着地時の足の傾きを示す『プロネーション』も計測できるモノはこれまでにありません」

2014年にスマートフットウェア「Orphe」の製品化をきっかけにno new folk studioを設立した菊川裕也氏。アジアデジタルアート大賞優秀賞、Music Hack Day Barcelona Sonar賞など、受賞歴多数

現在はテスト版を購入したユーザーからランニングデータを集めて製品のアップデートに励んでいる段階。靴の底にLEDや高感度センサーを内蔵しながらも、フルマラソンのレースにも使える耐久性を誇る。

「センサーが壊れづらい理由は単純で、体重が分散しやすい土踏まずの部分に配置しているからです。構造、機構、設計を複雑にして耐久性を確保しようとした時期もありましたが、それだと生産コストが上がってしまう。創業当初から培ってきたノウハウを生かしながら、シンプルに解決する手段を模索してきました」

昨今はフルマラソンの日本記録保持者である大迫傑選手の活躍によって、ランナーの間で足の指の付け根から着地する「フォアフット走法」が脚光を浴びている。より速く走るため、足への負担を軽減するためにも、自分の着地を深掘りすることが多くのランナーにとって課題となっていた。

とはいえ、素人が自分の走り方を客観視するのは難しい。自分の感覚に頼った結果、不自然なフォームになってしまい、膝や腰を痛めてしまうケースも少なくない。普通に履いて走るだけで自分の癖を知ることができるなら、「ORPHE TRACK」は悩みの解決手段の一つになるだろう。

「ソールに仕込んだLEDもただ光るだけではありません。ユーザーの走り方に応じて光るということがポイントなんです。フォアフット(前足部)からミッドフット(中足部)で着地できると青色に、ヒールから着地するとオレンジ色に光ります。フォアフット走法を体得しようとしている人にとっては便利ですし、コーチングもしやすいのではないかと。子どもに履かせれば、きっと楽しみながら勝手に足が速くなるかもしれませんね(笑)」

ORPHE TRACKの使い方は至ってシンプル。専用センサー「ORPHE CORE」を専用シューズのインソール内部にセットして、Bluetoothでアプリとつなぐだけで準備OK。片足約30gのコンパクトなセンサーモジュールは装着感を感じさせない。サイズは24.0~28.0の5種類で、価格は32,780円(税込)。一部のランニング施設では試し履きも実施している

画像協力:no new folk studio

センサーで記録したデータをアプリに同期すれば、安定性や左右のバランスなどのデータが簡単に確認できる

画像協力:no new folk studio

平均寿命が延びて「人生100年時代」が到来したと言われているものの、誰もが元気に歩き回る高齢者になれるわけではない。菊川氏は、人間の健康寿命を延ばすことこそ、スマートフットウェアの役目だと考えている。

「人間の足は50歳ぐらいから疲れやすくなったり、傷みやすくなったりするそうです。100年も二足歩行に耐えられるように作られていないのかもしれません。とはいえ、歩かなくなると病気になるリスクが高まってしまう。今、僕たちには、人がどのように歩いているのかを詳細に記録できるテクノロジーがあります。今後は歩き方と痛みのビッグデータを集めていくことで、それぞれに合ったインソールや靴の提案をAI(人工知能)でやることも視野に入れています。テクノロジーの力で、みんなの健康寿命を延ばすような試みをどんどん実践していきたいですね」

スマートフットウェアが当たり前の時代を作りたい

ORPHE TRACKの開発を進める過程で、no new folk studioは2018年に、創業以来の拠点としていた秋葉原からスポーツ分野のスタートアップが集まる渋谷のシェアオフィスに移転した。

2019年11月には「渋谷スクランブルスクエア」でポップアップストアを開催するなど、新たな文化の発信地という渋谷の利点を生かしながら積極的に認知度の拡大を図っている。

「トレッドミル(ルームランナー)で2分間ランニングするだけでフォームを分析し、結果をシェアするという展示を行ったのですが、建物自体の注目度が高かったこともあってたくさんの方々に集まっていただきました」

人間と社会の両方に接している「靴」というプロダクト。その価値を進化させる課題に取り組む菊川氏にとって、どんな場所に身を置くかは重要なテーマだった。

「創業当初は『靴の中に入れても壊れずに動き続けるセンサー』を開発することが中心の課題だったので、試行錯誤しやすい秋葉原の環境が最適でした。それが次第に、壊れないモノを作ることよりも、そのモノによってどういう価値を生み出せるかに、主題が変わっていって。スマートフットウェアだから実現できる価値やカルチャーにきちんと取り組むため、渋谷に移転したんです」

ORPHE TRACKのソールは、渋谷~新宿エリアの地図をトレースしてデザインされている。多くのランナーが集まる代々木公園や、東京五輪の中心地となる国立競技場も近いエリアであることも、オフィスの移転を決意した理由の一つだとか

画像協力:no new folk studio

今後は市場の拡大が課題となるが、ORPHE TRACKは開発初期からアシックスと提携しているため、多品種・大量生産が可能な環境が整いつつある。

「僕らのようなスタートアップには、試行錯誤できるという優位性があります。どんどん試作品を披露してユーザーに体験してもらいながら開発を進める手法は、大きなメーカーにはリスクが大きいので。そして、大手メーカーと組み、これからは、もっとたくさんのモデルを開発・販売していきたいなと。人間の足にはさまざまな形がありますから、誰もが気軽に自分に合ったスマートフットウェアを選べるような社会を作っていきたいですね」

菊川氏にとって、アシックスの創業者である鬼塚喜八郎氏は同じ高校を卒業した大先輩。鳥取県出身という共通点も、共同開発が決まる前から親近感を抱いていたという

誰もが日常的に履いている靴だからこそ、自然な形で人間の生活を変えられる可能性がある。

「新しいテクノロジーを利用すれば、いろいろなことが便利になります。かといって、それまでの生活自体をほとんど変えなくてもいいものとなると、そう多くはないと思うんです。腕時計ですら、そもそも身に着ける習慣がないなら、きっと着けませんよね。でも、靴は、たいがいの人が履いている。これまで通り、靴を履くという生活は変えなくていいんです。今を変えずに、健康が維持できたり、豊かな生活を送れるようになったりできることが僕の理想です」

後編では、菊川氏のルーツをさかのぼることで、新しいモノを生み出す難しさや、IoTデバイスが目指すべき未来に迫る。

<2020年1月9日(木)配信の【後編】に続く>
テクノロジーが自然と生活になじむ世界に! ORPHE開発者が語る原点とこの先

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