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ルーツは音楽。スマートフットウェアORPHE開発者が語る原点:菊川裕也が描く「靴」の未来

株式会社no new folk studio 代表取締役【後編】

靴にLEDとモーションセンサーを組み合わせた「スマートフットウェア」を開発する株式会社no new folk studioの菊川裕也氏。前編では最新モデル「ORPHE TRACK」の機能や将来性を紹介した。後編では、菊川氏が靴のスマート化に着目した背景と創業当初からブレずに抱いてきた信念にフォーカスを当てる。

楽器から靴へ…実現に向けてとにかく試行錯誤

走るペースや時間、距離だけでなく、着地法や足の傾きも計測できるシューズ「ORPHE TRACK」を開発する株式会社 no new folk studio。前編で語られた通り、履いているだけで自分の歩き方やランニングの癖を知ることができるため、痛みを回避しながら長く走る術を習得することも可能。健康寿命を延ばす可能性も秘めたプロダクトだ。

※【前編】はこちら

ただ、ORPHEシリーズは最初からランナー向けに作られたわけではなく、ヘルスケアに重点を置いていたわけでもない。そもそもはno new folk studio代表の菊川氏が学生時代に抱いていた、「楽器を作りたい」という思いからスタートしている。

「もともと音楽が好きで、学生時代はバンドもやっていたので、大学院で電子楽器のデザインを学べる研究室の門をたたきました。音楽のためのインターフェースを研究している過程で、靴に出合ったんです。最初はタップダンスを踊ったら電子音を出す靴を自己流で作っていたんですよ」

首都大学東京 大学院で、電子楽器などを研究・開発する馬場哲晃氏の研究室に入り、インターフェースデザインやインタラクションデザインを学んだ菊川氏

そこから1人で試作する日々がスタート。試行錯誤を重ねて、既製の靴にLEDやモーションセンサー、音声モジュールを貼り付けたプロトタイプが完成した。足が靴を踏んだことを検知したらLEDが点灯し、同時に音を出すというものだった。

それを留学したスペインの「Music Hack Day Barcelona」という展示会で披露。結果は大好評だった。

「客観的に見たら、変な靴を履いて音楽を鳴らす謎のパフォーマーだったと思うんですけど(笑)。地元のテレビに紹介してもらって3つの賞をいただきました。曲がりなりにも国際的な賞が取れて、実用化への自信を深めることができたので、帰国後に会社を興すことにしたんです」

試作機に手応えを感じた菊川氏は、帰国後も開発を続け、2014年10月にno new folk studioを起業。9軸センサーや100色以上になるフルカラーLEDを搭載し、動きに合わせて光を制御できる「ORPHE ONE」(オルフェワン)を完成させる。

ORPHEシリーズは履くことができる電子楽器として始まったスマートフットウェア。ファーストモデルである『ORPHE ONE』は、ステップやジャンプなど足のあらゆる動きと連動して、さまざまな光や音を発する

画像協力:no new folk studio

靴にセンサーや配線を埋め込むのは、靴本来の目的には必要のない作業。ただ開発の難易度や壊れる可能性を引き上げるだけで、既存のシューズメーカーではなかなか手が出せないリスキーな領域だ。当然、実用化の見通しが立つまでには多くのトライ&エラーが必要になった。

「ソール全体に配線されている靴なんて、本当はやっちゃいけないことなんです。その無茶を実現させて『ORPHE ONE』を完成させるために、かなり苦労しましたね。ある日突然、画期的な方法を発明したわけではなく、ただただ試作機を作っては壊しまくった結果、少しずつノウハウがたまっていったんですよ。あまり格好のいい話ではなくて恐縮ですが、それが現実です」

フルカラーLEDソールと高精度モーションセンサーを搭載したORPHE ONEの斬新なパフォーマンスは、人気ミュージシャンやダンサーがライブで使用するほど注目を集めた

画像協力:no new folk studio

ORPHE ONEの試作品ができてからは、「量産化の体制を作る」という壁に直面した。

「それは明確な壁でした。試作ができている状態から、量産体制を作るのに1年ぐらいかかっています。既存の製品で、型が決まっているものなら、それを経験したことのある工場に頼めば実現できます。でも、ORPHE ONEは靴工場の職人さんが触ったことのないものを扱ってもらう必要があった。誰も経験も答えも持っていないし、聞いても分からないからやってみるしかない。量産化においても、地道に検証を繰り返しましたね」

靴は人間の生活に溶け込むことこそが重要

2016年に一般発売される前から、ORPHE ONEは次世代IoTデバイスとして脚光を浴びる。水曜日のカンパネラ、山本寛斎、AKB48、ケント・モリといった著名アーティストらとのコラボレーションを次々と行ったことで認知度が急上昇したのだ。

「もともと奥田民生さんが好きだったので、ユニコーンさんがライブでORPHE ONEを履いてくれていることを知った時はうれしかったですね。こちらから所属事務所に連絡して、お手伝いに行ったこともありました」

エンターテインメントシーンにおけるプロモーションに成功したことで、no new folk studioは「スマートフットウェア」の礎を築いた。現在はランナーの動きを計測できる「ORPHE TRACK」の開発に力を入れるなど、これまでに培ってきたノウハウを生かしながら“靴”の可能性を広げている。

「僕たちは『日常を表現する』というビジョンを掲げていて、もともと誰もが履いている靴にテクノロジーを注ぎ込めば、たくさんの人を巻き込むモノを作れると思っています。エンタメ用だけでなく、もっとみんなの生活に寄り添えるような表現もあると思っていて。けがをしない走り方の指標を知れる『ORPHE TRACK』なら、人間の健康寿命を延ばすことにつながるかもしれません」

「人間を変えられるかもしれないという領域に踏み込むのは楽しいです。エキサイティングだなって、常々思っています」

ORPHE TRACKは、ユーザーの走り方に合わせて、専用アプリから再生される音楽を変化させる機能も開発中。奏でることで音が楽しめる“楽器”と同じく、ランニングに特化させた靴にも、創業当初からのコンセプトは息づく。

「no new folk studioという会社名も、実は音楽的なルーツがあるんです。僕は学生時代からブライアン・イーノ(英国の音楽家)が開拓したアンビエント(環境音楽)というジャンルが好きで、一方でじっくり自分と向き合うようなフォークソングも聴いていました。そこで、ブライアン・イーノがプロデュースした『No New York』というレコードとフォークを掛け合わせた造語を会社名にしたんです」

人間の生活環境に溶け込み、意識することなくコンピューターを操作することができる。昨今は、そんな「アンビエント・コンピューティング」という概念がウェアラブル端末の開発者の間で重視されている。

「ディスプレイを操作しないとコンピューティングが発生しないのではなくて、靴を履いて歩くという、日常生活の行為自体が意味を生み出すようなことを実現したいと思っています。履いているだけでデータが取れる『ORPHE TRACK』は、その一歩目。蓄積したデータをランニング教室で活用する取り組みも進めていますし、データをフィードバックすることで世界を変えることができると信じています」

もっともっと先の未来には、人間の脳が直接インターネットにつながるシステムが開発されているかもしれない。そうなれば、スマートフットウェアは必要なくなる可能性もある。

「ただ、どんなにテクノロジーが進んでも、人間と情報の間のやりとりが重要であるという部分は変わらないと思っています。そのときに、人間が中心でありたいというか。テクノロジー主導で人間の幸せを制限してしまうようなことはやりたくないんです。僕が作るものは、基本的に人を楽しませてくれる『楽器』と同じスタンスに立っていたい。この先も、人を楽しませるためにテクノロジーを使っていきたいですね」

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