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商業化への道筋が見えた? 日本が海底鉱物資源開発のパイオニアになる日

独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構 金属海洋資源部長 五十嵐吉昭【後編】

現状では、責任ある調達が難しい金属と言われているコバルト。そんな中、コバルトを多く含む海底資源・コバルトリッチクラスト(以下、クラスト)の掘削試験に、独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下、JOGMEC)が世界で初めて成功。日本が資源国になれる可能性を示したことは前編で紹介した。後編ではその実現可能性、商業化に向けた課題について、JOGMECの五十嵐吉昭氏に話を聞く。

国内消費量88年分ものコバルトがEEZ内に期待される

日本で使われる鉱物資源は、銅や鉛、亜鉛、鉄などのベースメタルと、リチウムをはじめ、マグネシウムやマンガン、コバルトなどのレアメタルのいずれもほぼ全てを輸入に依存している。

もし何らかの理由で輸入ができなくなり、国内備蓄分を消費してしまえば、金属を使うあらゆる産業がストップしてしまう。

自国での鉱物資源採取を望む声が多いのは当然といえる。

「豊富なクラストが日本のEEZ(排他的経済水域)内にあるということは、1980年代からの調査である程度分かっていました。今回、それを実際に掘削し、ある程度の量を揚鉱できたことが重要なポイントです」と五十嵐氏は言う。
※【前編】の記事「日本を資源大国に導く?海底に眠るコバルトリッチクラストが秘める大きな可能性」

今回の掘削試験は本州から約2000km離れた南鳥島沖の拓洋第5海山で行われた。平頂部の面積は約2220km2となっており、これは東京都全体の面積に相当する

出典:International Seabed Authorityホームページに加筆

今回のクラスト掘削実験が行われたのは、南鳥島の基線(領海などの範囲の基準になる海岸線)から200海里以内にあるEEZの中。

この範囲において、日本には海洋科学調査などの管轄権があるだけでなく、天然資源の探査、開発、保存及び管理等を行う主権的権利が認められている。そのため、世界初のクラスト掘削試験に成功したと発表した際には、多くの反響があったそうだ。

ちなみにJOGMECではEEZの外にある公海の海底(法的深海底)でも、国際海底機構(ISA)と契約し探査権を得ている。しかし、そこで探査する権利を有しているのは日本だけではない。中国、ロシア、韓国も同じ権利を有しているのだ。もしも将来的にそこから資源を採掘することができたとしても、それは人類の共有財産として発展途上国などと利益を分配することになるだろう。

「もちろんEEZ内だからといって何をやってもいいわけではなく、環境に配慮したり、国際機関の決めたルールを尊重する必要はあります。ですが、そうしたルールを守りさえすれば、他国に干渉されることなく、自由に探査等を行うことができます。本格的な開発に向けたルールはまだ決まっていませんが、自国の経済水域内に鉱物資源があるということは、将来の日本にとって有利な条件となるでしょう」

クラストは北西太平洋域の海山に分布しているとみられ、EEZ内の他、公海の海底にあることも確認されている

JOGMECがこれまでに行ってきた調査を基に試算すると、今回の試験を行った拓洋第5海山だけでも日本の年間消費量約88年分のコバルト、約12年分のニッケルを含むクラストの存在が期待されるという。

そうであれば、すぐにでも開発を始めたら良さそうに思えるが、実際のところ産業化に向けた道のりはまだまだ遠い。

メタンハイドレートや海底熱水鉱床など、海洋エネルギーおよび鉱物資源ごとに定められている工程表。コバルトリッチクラストは2028年までに商業化の可能性を追求することが求められている

出典:海洋エネルギー・鉱物資源開発計画(2019年2月策定)

日本政府は2019年に改訂した「海洋エネルギー・鉱物資源開発計画」におけるコバルトリッチクラストの開発に向けた工程表で、「資源量調査」「採鉱・揚鉱」「選鉱・製錬」「環境影響評価」それぞれの研究を同時に進め、2028年までに商業化の可能性を追求するという計画を打ち出している。

つまり、本格的に開発する価値があるか否かは、それからの判断となるのだ。

「目下のところ、課題は現実的な採鉱技術を確立することです。試験的に削り取る段階までは成功していますが、商業レベルとなると、少なくとも一日で数千tは採らなければなりません。かなり広い面積を掘ることになりますが、クラストは平らな海底面に張り付いているわけではなく、岩場もあれば砂場のある海山の平頂部から斜面に広く分布しているのです。そうした状況で効率良く採掘できる専用機を開発できなければ、商業化は実現しません。仮に試験で使った採掘機の10倍効率が高い機械を作れたとしても、まだまだ十分とは言えないでしょう」

海底で採掘、揚鉱する様子を模したJOGMECに展示されている模型。採掘機には電源や操作するためのケーブルがつながれており、別の船から作業を監視するROV(無人潜水機)も見える

コバルト以外にもある海底鉱物資源開発の可能性

製錬と呼ばれる海底から引き揚げた岩石を溶かし、原料となる金属単体を取り出す方法にも課題がある。

「以前、サンプルとして採取したクラストを試験的に製錬した結果、陸上で採れる鉱石を製錬するときと大きく変わらない方法でできることは確認しています。ただ、市場への供給には鉱石の成分に適した製錬方法を模索して、コストを下げたり、規模も大きくするなど最適化しなくてはなりません」

あくまで競争相手となるのは陸上で採れる鉱物資源。同等のコストで供給できなければ、せっかく開発しても徒労に終わってしまう可能性があるのだ。

ちなみに、同じ海底資源としてJOGMECが調査を進めているマンガン団塊にもコバルトが含まれている。こちらは文字通り、塊の状態で海底に沈んでいるため採掘は比較的容易であるが、水深4000~6000mの深い海底にあるため、さらに耐圧性の高い採掘機を新たに開発しなければならず、今回のクラストよりも商業化のハードルはさらに高い。

一方、同じくEEZ内にあり、深さも500~2000mと比較的浅い海底熱水鉱床は有望視されている。

こちらの成分はベースメタルが中心となるが、JOGMECではこれら複数の海底鉱物資源やメタンハイドレートなどの海洋エネルギーを並行して探査し、今後の開発方法を検討している。

日本は領海とEEZの面積で世界第6位を誇る海洋国家。その海底にはクラストをはじめとするさまざまな資源が眠っているはずだ

「公的機関である私たちの仕事は、海洋資源を調査した上での資源量評価や基盤となる技術開発といった本格的な商業化への道筋を示すところまでです。そのためクラストにおいても、2028年末までの目標を『民間企業による商業化の可能性を追求する』としています」

海洋資源は、深海に潜ってみなければどれだけの量があるのか分からず、また実際に掘ってみなければ利用価値がある鉱物なのかも分からない。

これでは民間企業にとってあまりにも参入ハードルが高く、リスクも大きい。そこで、開発の見通しをつけ、民間企業が参入する基盤を作ることこそJOGMECが担う役割なのだ。

「リスクが高いからこそ海洋鉱物資源開発に挑戦する価値がある」と語る五十嵐氏

ただ一方で、仮にクラストなどの開発が本格化したとしても、大量に掘ればいいわけではないレアメタル特有の事情も存在する。

「ベースメタルのような市場の大きい金属では、新たな鉱山が見つかったからといってマーケットが大きく揺れ動くことはありませんが、コバルトの場合は事情が異なります。たとえばニッケルは年間200万t以上もの消費量がありますが、コバルトはわずか十数万t。供給過多になると価格が安くなり、深海から引き揚げてまで生産するコストに見合わなくなってしまう可能性があるのです。開発に際しては、そのあたりも慎重に見極めなくてはなりません」

しかし、安定したサプライチェーンを構築することができれば、そうした価格の乱高下を防ぐことができるようになるかもしれない。国際社会に対して後ろめたいところのない、責任ある調達を実現できる意義も大きいだろう。

また、自国でのレアメタル産出という手段を持つことができれば、主要産出国や海外の供給企業にコバルト製品生産の生殺与奪を握られている現状から脱却することもできる。

「海洋鉱物資源開発はまだ始まったばかりの分野で、商業化に成功した例はほぼ存在しません。だからこそ挑戦する意味があります」と胸を張る五十嵐氏。

日本が海洋鉱物資源開発のフロンティアとなる日に期待したい。

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